3話 異世界の美少女
今回の話はちょっと短めです。
ヤモックの話では、ギルドはこの村にないらしい。もしそこに用事があるのならば、遠い町までいかなくてはならないとのことだ。ならば諦めるしかない。
仕事を求めて村をさまよい歩いた。畑で農作業にいそしむ農夫を見つけては、声をかけ、バイトをさせてはくれないかと懇願した。しかし誰からもなかなか雇ってもらえない。それが普通だよな。
陽が高くなってきた。また腹が減ってきた。不便な腹だ。
リアカーがすれ違う。荷台からころりとリンゴが落ちた。それを拾う。なんて美味しそうなのだ。荷主はそのリンゴに気づいていない。
ああ、食べたい。大聖堂に忍びこんだときのことを思いだした――消してしまいたい記憶だ。窃盗なんて。そうさ、もし黙って食べたら後悔するに決まっている。このリンゴは他人のものだ。荷主に返そう。
「あの、すみません。落ちましたよ、リンゴ」
荷主はリアカーを止めた。
おれは荷主に近づき、リンゴを差しだすが、その手を止めた。
「ボク、無一文で空腹なんです。どうかこのリンゴをゆずってくれませんか」
荷主はおれの手から強引にリンゴを奪った。しかし荷台からひと回り小さなリンゴをとり、おれに投げてきた。ふたたびリアカーが進む。
「ありがとうございます」
荷主の背中に向かって低頭した。
ひと口かじった。甘くて酸っぱい。
ガサガサっと音がした。なんだろう。
音のもとを探す。路傍の大樹に目をやると、その陰に人がいた。少女だ。儚げで幸薄そうな容貌だが、びっくりするほど美しかった。こっちを見ている。おれが首をかしげると、彼女の口が開いた。
「おなかがとても空いています。そのリンゴをいただけませんでしょうか」
空腹なのはおれも同じだ。しかしこっちは今朝、ヤモック家でメシを食わせてもらっている。彼女の空腹はどの程度なのだろう。もしかして、もう何日も?
「いつから食べてないんだ?」
「最後にものを口に入れたのは昨晩です」
「昨晩って。それじゃ、おれとあんまり変わんねーよ」
「ですが、ミミズ2匹だけでしたので、この体にはとても足りません」
「ミミズ!?」
おいおい、ミミズを食うって、そんなに飢えていたのか。
その綺麗な顔立ちからは、ミミズを食す姿が想像できない。
「このリンゴ、おれの食いかけだけどいいのか?」
「はい」
彼女にリンゴを渡した。
「感謝します」
彼女はリンゴにかじりついた。至福の喜びが表情にでている。空腹だったのは嘘ではなさそうだ。ふと、思った。これって間接キスじゃね?
ああ、こんなことで喜んじゃって、おれは小学生かっ。
彼女にくるりと背を向けた。さて、もう用はないはずだ。ふたたび仕事探しを始めねばならない。
彼女がおれの背中にいう。
「あなたはいい人ですね」
「そんなことはない。ぶっちゃけ、大富豪の家へ盗みに入ろうとしたこともある」
うちあける必要なんてなかったか。
「でも、さっき見ていました。あなたは空腹にもかかわらず、落ちたリンゴをもとの持ち主に返しました。さらにはわたしにリンゴを与えてくれました」
「たまたまだ。いつもそんな行動ができるとは限らない」
「どうか、お礼をさせてください。わたしに何かできることはありませんでしょうか」
彼女に向いた。お礼をさせてくださいって?
美しい彼女の姿を見ながら、0.005秒ほど不謹慎なことを考えてしまった。すぐさま反省した。
「気持ちだけでじゅうぶんだ。仕事探しを手伝ってくれ、なんていっても無理だろ? もしそれができるくらいだったら、キミが仕事しているだろうし、他人のリンゴなんて欲しがらなかったもんな」
「お仕事をお探しですか。それでしたら向こうの森に小屋があります。そこには優しい人が住んでいます。きっと相談に乗ってくださることでしょう」
なんか妙だぞ。
「優しい人がいるんだったら、どうしてキミが頼らない? ミミズなんて食べずに済んだんじゃないのか?」
「わたし、その人に嫌われていますので。それにわたしが近づいたら、食べられてしまうかもしれません」
何をいっているのだ? さっぱりわからん。
いや、わかったかもしれない。その人はとても優しいのだが、唯一の欠点があるのだ。つまりドスケベ親父というわけだ。食べられてしまうとはそういう意味に違いない。でも嫌われているって、どういうことなのだろう。何かあったのか。
彼女とはそこで別れた。
そして彼女のいうとおり、森の小屋を目指して歩いた。
彼女はのちにメインヒロインになります。