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38話 夜の散歩

 ______登場人物______


【佐藤 (Lv.5)】一人称は平仮名の『おれ』。爬虫類が大の苦手。

【トアタラ (Lv.7)】満月の夜は呪いが解け、ムカシトカゲに戻る。

【リリサ (Lv.29)】満月の夜は呪いが解け、女の子に戻る。

【? (Lv.1)】仮面をつけた案内人。

【シン先生 (Lv.99)】謎の占い師。Lv.99というのは自己申告のため怪しい。



 夜空に満月が輝いている。


 とびきりの美少女との夜の散歩に、胸の鼓動が高鳴っていた。

 隣を歩くリリサは、今宵、男ではない。心も体も女の子なのだ。


「きゅ、急になんだよ。散歩ってさ」


 ぞんざいな口ぶりだったが、内心緊張していた。


「さっき1人で散歩してきたんだけどね、とっても綺麗なところを見つけたの」


 彼女に連れられてきたところは、草地を細く貫いた小川だった。

 小さな光が無数に飛び交っている。これはリリサの魔法か?


 いいや、蛍だ。


 さながら星々の散りばめられた小宇宙のよう。幻想的な光景に恍惚となった。

 小川のせせらぎもロマンチックな夜を演出している。


「すっげえー、感動的だ。これほどまでに壮大な絶景を生で見られるなんて!」

「わたしに感謝してよね」


 得意そうになった顔がまた一段とキュートだ。


「おう、感謝するぜ」

「いっぱいいるね、蛍」

「いっぱいいるな、蛍。たぶん村の人口よりずっと多いぞ」


 リリサが手をとった。


 えっ、どうしたんだ?

 おれの心臓がさらに激しくバクバクと音を立てる。


「ねえ、踊らない?」

「踊りって、なんの」

「なんでもいいじゃない」

「でも、おれ、踊れないから」


 リリサが目を細めて、くくくっと無邪気に笑う。


「踊り子のくせに」


 ああ、おれ、踊り子だったな。


 リリサが肩に手をかけた。

 彼女の動きに合わせて動いてみた。

 例の特技を使わずとも、なんとか踊れているようだ。


 リリサが踊りながら歌いはじめる。

 いつもの彼女の声とは少しだけ違っていた。無理のない自然な声だった。


 歌が終わった。静寂の中、踊りはまだ続いている。


「佐藤には話したっけ?」

「何を」

「どうしてわたしがレベルあげに拘っているのか」


 レベル30の壁を越えられないという嘆きは、何度も耳にしてきたことだ。しかし何が彼女をそうさせるのかは、まだ聞いたことがなかった。


 NOと答えると、足が止まった。

 踊りはもう終わりか?


 彼女が顔をあげる。


「ねえ。わたしとまた一緒に踊るとしたら、満月の夜とそれ以外のときではどっちがいい?」

「そりゃ、決まってるだろ。リリサが本物の女の子のときだ。さっきまで、おれ、死ぬほど楽しかったんだぜ」

「死ぬほどって大げさよ、馬鹿。でもありがと」


 照れながら礼をいう彼女を見ていると、思わずギュッと抱きしめたくなる。

 礼をいいたいのはこっちの方だ。貴重な満月の夜に、おれと踊ってくれたのだから。



 じゃあ、教えてあげる。

 わたしがレベルあげに励んでいるのはね――。



 と、リリサは話を戻した。

 ここから話はとぎれとぎれになった。



 いつか話したことがあったけど、歌と魔法でこの世の人々を救いたいの。

 でも実はほかにも理由があるんだぁー。本命たる理由がさ。

 それはね。


 魔王を倒すこと。


 馬鹿にした? そうだよね。他人にいったら笑われる。

 いい歳こいてスーパーヒーロー願望かよって。


 だけど魔王を倒すって、そういうことじゃない。

 どうしても呪いを解きたいの。

 女の子のままでいられるときが、満月の夜だけなんて、もう耐えられない。

 呪いを完全に解くには、かけた相手を葬らなくてはならない。

 だからそのためには……。



 リリサは口をつぐんだ。

 彼女の肩が微かに震えている。


「リリサ?」



 無理よ、無理よ、無理よ。

 いまだにレベル30の壁を超えられない。

 こんなわたしが魔王に勝てるの?


 大聖堂にあったインドラの雷の記述……。

 あの恐ろしい大魔法については、しばしば耳にしてきたことだった。

 そしてきょう、あらためてそれを聞いた。佐藤が読みあげたとき、全身に戦慄が走った。


 わたしはあんなのと闘おうとしている。


 闘わなければ何も変わらない。

 魔王を倒さなければ、いまの状態がずっと続いていく。


 わたし、どうしたらいいの。



 リリサはわっと声をだして泣きだした。

 かけてやる言葉が見つからない。何をいっても嘘になるような気がしたから。


 しばらくして泣きやんだ。

 ごめんなさい、と彼女はいった。


「泣いたらスッキリしちゃった」


 彼女は後退し、おれから距離をとった。

 くるりと背中を向ける。


「でもね、諦めない。愚かだな、わたしって」

「よかった」


 リリサがふり向いた。

 ほんの少し怒りを含んだ顔だ。


「何がよかったの?」

「え、えっと……」


 いつもの前向きなリリサらしいリリサに戻ってくれたからだよ。

 でも口にするには恥ずかしすぎる。


 リリサがくり返す。


「ねえ、何がよかったの?」

「リリサが諦めないかぎり、呪いが解かれる可能性はあるかなって思ってさ」


 これも別に嘘ではない。

 しばらく彼女はおれの顔を怪訝そうにうかがっていた。


「ふうん。佐藤はわたしの呪いが解けることが『よかった』ってなるのね?」

「そりゃ、よかった、ってなるさ」

「どうして」


 小顔を寄せてくる。


「オトコのリリサと踊るより、女の子のリリサとの方が、おれには楽しいからな」


 ふたたびリリサはおれから離れていった。


「佐藤とはもう踊ってあげないけどね」


 そういって1人で踊りはじめた。


 満月の下、少女がとても優雅に、とても楽しそうに舞う。

 無数の宝石(蛍の光)のきらめきが、いっそう彼女を眩しくさせた。


 踊りながら、おれに一瞥を投げる。


「だけど呪いが完全に解けて、永遠無窮の女の子に戻れたら……」

「戻れたら?」

「……やっぱりもう1回だけ、佐藤と踊ってあげる」


 そのきまぐれな笑顔が女神のように見えた。



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