37話 インドラの雷
石板の下に挟まれていたのは、5枚の羊皮紙だった。
そこには過去の記録が記載されていた。
細かい文字がびっしり詰まっており、眺めていて吐き気がするほどだ。
だが頼まれては仕方がない。おい、リリサ。わざわざ読んでやるんだから感謝しろよ。
とはいっても全部読んだら日が暮れてしまうどころか、深夜になるまで宿には帰れなくなりそうだ。そのため面白そうなところだけピックアップし、ダラダラとした不必要なところは読みとばすことになった。読む部分の取捨選択は、おれの裁量に任された。
冒頭にはこれを著述した人の名前と日付が記されていた。
そこを読みあげたところで、リリサがいう。
「ふうん、書きおえたのが、いまから98年前ってことね」
この世界の年号なんて知らなかったが、ほぼ100年前のことらしい。
「思ったよりも昔の記録なんだな。ところでさあ、普通に最初っから読んでもつまんないんで、記録の終わりの方から歴史をたどるように読んでいくけど、承知してくれ」
誰も反対しなかったので、そのように読んでいく。
まずは比較的新しい部分にざっと目を通す。
近隣から山賊まがいのチンピラがきては、たびたび村を荒らしていたことが記述されている。
おれはそのあたりを読みながら、トサカ族の末裔を騙った大男たちを思いだした。傍若無人に振舞うような輩に、昔っから悩まされていたようだ。
クルス村は過去に遡るほど、発展していくのがわかった。すなわち時の経過とともに衰退の一途をたどっていることになる。
もっとずっと先を読んでみる。記録の終わりから60年くらい前まで遡ると、クルス村が周囲一帯の村々の盟主的存在だったように書かれていた。
そして記録の終わりから142年前、貧村ルークスを滅ぼしている。
長年に渡り、村間の合同市場開催方法や、大河の治水協力など様々な面で、クルス村がわざわざルークス村に不利なるよう図ってきたようだ。ずっと堪えてきたルークス村の怒りは一気に爆発し、クルス村に対して反乱を起こした。しかし貧窮した小村が地域最大の村に敵うはずもなく、鎮静された結果が廃村だった。そのとき多くの人々が、クルス村に恨みを残しながら自害したらしい。
「きょうの自称トサカ族の末裔の大男たちって、実はルークス村の生き残りの末裔だったんじゃないかしら」
リリサの推測であるが、そればかりは確認しようがない。
さらに歴史を遡った。
クルス村は周囲の小さな村々に様々な面で援助をしている。
そして記録の終わりから197年前のこと。なんと、トサカ鬼の集落を滅ぼしていた。周囲一帯の村々の盟主的存在になったのもその頃からだ。
ここでまたリリサが推測する。
「トサカ鬼が集落を作っていたとは驚きね。もしかして彼らは集落を滅ぼされたから、生残りの一部がタシナバンバ渓谷に移っていったのかしら」
読むのを続けた。
ある記載に目が止まる。同時におれは顔をしかめた。
クルス村の周辺について、こんなことが書かれていた。
……近郊の村々では人々が水を求めてさまよい、西の大河に跳びこんでいく光景が見られた。しかし大河の水は干上がっており、跳びこんだものはみな死んだ。各地の村々には黒焦げになった家々と死体の山。どこの村も壊滅状態。ほぼ無事だったのはクルス村のみ……。
「何があったの? もっと先を読んでみて」
「そう急かすな。関係していそうな記述を探してるところだ。あった、ここだ」
ちょうど210年前……。
「ちょうど? これが書かれたのが98年前だから、いまから308年前ってことね。ハイ、続けて」
突然、山の向こうが光った。その明るさは目が焼けおちるほどであり、さながら太陽が千も万も集まったようだった。
山からは炎と煙があがった。周囲の村々からも黒煙が見えた。
大気はまるで炎の中のごとく熱せられ、遅れて届いた轟音もすさまじいものだった。その後もしばらく、肌が焼けるほどの熱風が吹きやまなかった。
「わかったわ。これはきっとインドラの雷よ」
「なんだ、インドラの雷って?」
リリサはこう答えた。
「この世の最大魔法。魔王だけが使えるの。町や村どころか1国を焦土に帰すような、とても恐ろしい光魔法よ。これまでの歴史で3回放たれたって聞いているわ。そのうちの1回がおよそ300年前だった」
記述を読んでみると、クルス村だけが例外的に少ない被害で済んでいた。
クルス村を守ったのは山々だったと考えられているらしい。山陰の村に届いた恐ろしき光は、ほんの僅かでしかなかったのだ。
「だからクルス村の人々が、弱りきったトサカ鬼を放逐できたわけね」
その先も読んでいった……。
クルス村の農地は痩せており、あまり作物が育たなかった。たびたびトサカ鬼の襲来にも悩まされていた。さらには、この地方の中央都市であるルークスから事実上の支配を受けており、その横暴や蛮行によってクルスの村人はみな極貧にあった。
・・・ ・・・ ・・・
読み終えたのち、宿に戻った。
その間ずっとインドラの雷について考えていた。
なんとなく外食する気にはなれなず、晩メシは宿で済ませた。ほかの3人も同様だった。また昼メシが遅かったせいもあり、みな、あまり食べられずに結構残してしまった。
部屋に戻った。ベッドは4つある。実はさっきまで3つしかなかったので、椅子を並べて寝ることを覚悟していたのだ。どうやら食事の間に、宿の主人が人数分を用意してくれたようだ。
リリサは散歩にでかけた。ベッドの上ではトアタラがカード遊びし、案内人が何やら瞑想を始めた。おれは椅子に座ってただぼうっとしていた。
そして深夜。
みんなが寝静まったと思われた頃、おれは名前を呼ばれた。
「佐藤、佐藤、起きてる?」
うとうとしていたものの、まだ眠りには至っていなかった。
「誰だ?」
「リリサよ」
小声が返ってきた。
「なんだ? 眠れないのか」
「ううん。眠れなかったんじゃない。眠らなかったの」
目を開けると、ろうそくの炎に照らされた小さな顔があった。
あれっ、リリサの顔ってこんなに可愛かったっけ。
もちろん、とびきり可愛いのは知っていた。だが今宵はとびきり以上だ。
思わずごくりと唾を飲みこんだ。
「で、なんの用だ」
「一緒に散歩しない?」
散歩? リリサがおかしい。
それにとても甘い香りが漂っている。
さらにはローブの上から胸部のふくらみが確認できた。
「どこ見てるのよ。佐藤のエッチ」
「もしかして今夜は満月だったのか」
「ええ、そうよ。呪いの解けたわたしは、いま正真正銘の女の子」




