33話 愚兄
______まえがき(登場人物のおさらい)______
【佐藤 (Lv.4)】一人称は平仮名の『おれ』。職業は踊り子。爬虫類が大の苦手。
【トアタラ (Lv.5)】呪いによって人間に変えられてしまった少女。
【リリサ (Lv.29)】ロリっこフェイスの歌女。呪いによって体を男に変えられた。
シン先生に別世界からきたことを告げた。
その傍らで、トアタラとリリサがおれの顔を静かに見つめている。
なおも話を続けた――。
向こうの世界で死んだことや、あの世に向かう途中で透明な乗物から落ちたこと。そして気づいたらこっちの世界の馬小屋にいたことなど。
シン先生はふたたび茶をすすった。
「そんな経緯があるからといったって、何故、インドからきたという人物を探しているのだ?」
「おれはどうしてもインドにいかなくてはなりません。インドからきた人なら、その地にいく方法を知っているのではないかと思います」
「では、インドへいく理由とは?」
ぎょろりとした眼がおれを見据える。
シン先生に兄の話をすることにした。
ある日、在印大使館から外務省の担当部署を通じて、両親のもとに悲報が届いた。兄がインドで死亡したのだと。
いままで海外にいったことのない両親は、慌てるように現地へ飛びたった。英語なんて全然しゃべれないくせに。
確認の結果、死体は兄のものだと断定された。両親は泣きながらそれを日本に持ちかえってきた。
葬式から2ヶ月後、死んだはずの兄がひょっこりと自宅に帰ってきた。ではあの死体は誰のものだったのだろう……。
しかも兄は嫁さんまで連れてきたのだ。滅茶苦茶きれいな人だった。まるで神話世界から抜けだした女神のようだった。インド人とイギリス人のハーフなのだという。そういやあ、ペリーヌのお袋さんと同じじゃないか。
そんな兄がおれにいった――。
もし未練を残して死んだのならば、あの世からインドを目指せ
そのときは兄の話など信じていなかった。昔から兄はまともじゃなかった。だけどいまは信じたい。もとの世界に帰りたいのだ。ただし嫁さんはいらない。
「ほう。それでは、向こうの世界に未練があるというのか」
「あります」
亜澄さんのことまでは話さなかった。聞かれていないからだ。
「名はなんという」
初めて名前を聞かれた。
「佐藤です」
「佐藤か」
しかしシン先生はそのまま黙ってしまった。
室内が静寂に包まれる。リリサは退屈そうな顔をしていた。
シン先生が指の間接を数えている。しばらくして顔をあげた。
「佐藤」
「はい」
なんだろう。難しそうな顔だ。
「184,900だ」
「はい?」
「インドからきたという人物の居場所を、184,900マニーで占ってやろうというのだ」
184,900って金額の話だったのか。
だがそんな大金は持っていない。何気なくリリサの顔をうかがう。
「ちょっと、佐藤。その目は何? わたしに借りようとしないでよ。この前ステータス見たから知ってるはずでしょ。そんな大金は持ってないから。持ってたとしても絶対貸さない。そんな胡散臭い人の話は信じちゃ駄目よ」
確かに3人の所持金を合わせたって、そんな大金にはならなかったな。184,900マニーなんて高すぎる。インドが遠退いていくような気がした。
すうっとトアタラが立ちあがった。
「お願いします。佐藤にその人の居場所を教えてやってください。おカネはありませんが、代わりにわたしがなんでもします」
慌てて彼女を止めた。
「おいおい、なんでもっていうな! それに、これはおれの問題だ」
「佐藤はわたしのことを友達と、いってくれたではありませんか」
それはそうだが、『なんでも』なんて友達の範囲を超えている。
シン先生がコホンと咳ばらいした。
「カネがないなら、ほかの方法でもいい。タシナバンバ渓谷に住むトサカ鬼の角をとってきてほしい。できるか?」
トサカ鬼……。鬼かあ。
「あのう、鬼というからには強いんですよね。ヒトを食うんですよね?」
「トサカ鬼がタシナバンバ渓谷に住むようになったのは、300年近く前のことだ。それより昔は、その山岳地帯の東にある平野部に住み、周辺一帯で大暴れしていたそうだ。人を食いつくされて廃村になったところも、あるとかないとか」
やはり恐ろしい鬼を相手にしなければならないのか。しかしもとの世界へ帰るためには、それも必要なことなのだろう。
しばらく考えたのち、ひき受けることを告げた。
「佐藤、お伴します」
トアタラがいってくれた。
「わたしも同行してあげようかしら。あなたたち二人じゃ心許ないからね」
リリサまでもがそういってくれた。
おれは頭をさげ、2人の友情に感謝した。
さて、向かうはタシナバンバ渓谷。どこにあるのだろうか。
そう思っていたところへ、シン先生がいう。
「タシナバンバ渓谷には案内が必要だろう」
シン先生が手を叩くと、足音が聞こえてきた。
「お呼びですか、シン先生」
またもや子供の声だ。
しかしさっきの客引きとは違う。声質はもっと年上のようだ。
「入ってきなさい」
「失礼します」
戸が開いた。廊下から人が入ってくる。
背丈はリリサよりも高いが、トアタラよりも低い。だぶだぶのローブをまとっており、大きなフードを被っている。仮面をつけているため、顔は確認できない。
シン先生はその子供に、渓谷への案内を命じた。
そして同伴のための条件を、おれたちに示した。
①案内人を戦闘に参加させないことと
②最優先で案内人の命を守ること
③案内に関すること以外で、案内人とは口を利かないこと
④案内人の食費・交通費・宿泊費のすべてを負担してやること
割と簡単な条件だったので安心した。もちろんこの条件を呑んだ。
案内人に笑顔を向ける。
「佐藤だ、よろしくな。キミは?」
シン先生が叱責する。
「これっ! 早くも条件を無視するつもりか」
えっ?
③案内に関すること以外で、この案内人とは口を利かないこと
ああ、そうだった。名前すら聞いてはいけなかったんだな。
シン先生とその子に詫びた。
おれとトアタラとリリサの3人に、この案内人が加わった。
こうして4人の旅が、いま始まろうとしている。
佐藤たちはまだ知りませんが、この案内人は16歳女子です。たいへん遅い登場ですが、当初からトアタラ、リリサに続く3人目の美少女ヒロインとして考えていました。
※ただし予定を変更する可能性はじゅぶんにあります。




