32話 館
______まえがき(登場人物のおさらい)______
【佐藤 (Lv.4)】一人称は平仮名の『おれ』。職業は踊り子。爬虫類が大の苦手。
【トアタラ (Lv.5)】呪いによって人間に変えられてしまった少女。
【リリサ (Lv.29)】ロリっこフェイスの歌女。呪いによって体を男に変えられた。
朝食後、インドからきたという人物を探すため、村を歩きまわった。トアタラとリリサも手伝ってくれた。
村人たちから情報を得ようと聞きこんだが、ことごとく空振りだった。インドからきた人というのは、本当にここを訪れたのだろうか。それとも噂はガゼだったのか。
道端の石に腰をおろし、途方に暮れた。トアタラも5~60cm離れた石に座り、一緒になって途方に暮れた。するとリリサが笑う。
「あなたたち、溜息のタイミングまで、ぴったり“息”が合うんだね」
リリサはおれとトアタラの前方に回った。それぞれの頭に手を乗せる。
「何をしょぼくれてるのよ。たった10数人に聞きこみしただけでしょ? 情報収集はまだ始まったばかりじゃない」
両手でおれとトアタラの手をひき、立ちあがらせた。
ちょうどそこへ、村人が声をかけてきた。
「あのう、もしかして旅の方ですか?」
赤いほっぺの子供だ。背丈はリリサよりもさらに低い。
変に大人びた瞳が、おれたちを見据えている。
「ああ、旅人だ」
「お困りのようですね」
「まあな」
子供に仔細を話してもしょうがない。
いや、待てよ。子供だとしても、『インドからきた人』の情報を、持っていないとも限らないではないか。一応、聞いてみよう。
口を開きかかるが、子供の方が早かった。
「あそこで相談されてはいかがです?」
「は?」
子供が口角をつりあげた。
「お困りなんですよね」
「そうだが……。あそことは?」
「ほら、大きな樫の木の向こうの」
子供の指先が小さな黄緑色の建物を差している。
少し大きめの民家にしか見えないが。
「あそこに何があるっていうんだ」
「占いの館です」
なんだと思えば。
真面目に聞いて損した気分だ。
「ああ、おれ、そういうのいいから」
「しかしとても偉くて有名な先生が占うのですよ」
「いやいや。だからそういうのは」
シッシッとは声にださなかったが、野良犬を追いはらうような仕草をした。
するとリリサが袖をひく。
「試してみたらどう? 気分転換に」
気分転換だとしても、まったく乗り気がしない。
しかしリリサは強引に勧めるのだった。
仕方ない。んじゃ、いってみるか。
建物に入る。
中は薄暗かった。演出のためだろう。
「ここに腰をかけて待っていてください。シン先生に話してきます」
奥へいこうとするその子を、リリサが呼びとめた。
「あなたは占い師のお弟子さん?」
「はい」
大きな首肯とともに元気な返事がきた。
やはり客引きだったか。
子供が茶目っ気たっぷりに肩をすくめる。
「ああ、そうそう。きょう訪れたあなたたちは運がいいです。きのうはお気に入りのお香が手に入らなくなったとかで、シン先生の機嫌がすこぶる悪かったものですから」
もしそういう日だったら、客引きなんてすんなよな。
しばらくして弟子が戻ってきた。占い部屋へ案内するとのことだ。
そしてシン先生という人物のところへと連れられていった。
その子のあとから部屋に入る。
奥には4~50代くらいの怪しげな男が座っていた。おれたちを筵の上に座らせる。
さて、占いを始めてもらう前に、確認しなくてはならないことがある。
「念のため尋ねておきますけど、占いの料金はいくらでしょうか」
「内容による。ただしどれほど些細なことでも、ミニマム150マニー」
「ミニマムで150!?」
大声をあげたのはリリサだ。金額を聞いて呆れたような顔をしている。
おれもこの異世界の通貨にはすっかり慣れてきており、その料金が異常に高すぎると感じるようになっていた。
駄目だ。帰ろう。
腰をあげようとすると、リリサも立とうとしていた。見解は一致したらしい。
そのときだった――。
壁にかけられている表示板が、視界に入ってきた。
『悩みごとはレベル99の占い師シン先生にお任せ』
おれは座りなおした。
リリサが「ちょっとどうしたのよ!」と目配せしている。
表示板を指差し、小声をだした。
「リリサ。ほら、すげえよ。レベル99だ」
リリサが耳語で返す。
「佐藤って頭悪いでしょ。あんな自己申告を信じるつもり?」
確かにレベル99だという証拠はない。
正面のオヤジの顔も怪しい。
ならば、やっぱり帰るか。
いいや、落ちついて考えてみよう。
人を外見で判断していいのか? 初めから信用せずに帰ってしまうことが本当に正しいのか?
おれはどうしても『インドからきた人』と会いたい。そのためには、いかなるリスクも承知のうえで、何かにすがりたいのだ。
シン先生に頭をさげ、占いをお願いした。
リリサから呆れたような視線を受ける。
だけどさあ、リリサ。もともとはお前に勧められたから、ここにきたんだぞ?
シン先生の眉間に皺が寄る。
「どんな占いを望む?」
まるで客商売とは思えない口ぶりだ。
「人探しです」
「それでは180マニーだ」
「えっ、150だったんじゃないんすか」
「150というのはミニマムだといっただろ」
それはおれも理解していたさ。一応、いってみただけだ。
ここでリリサが口をはさむ。
「ちょっと待って。あなたの占いって何%の確率で当たるわけ?」
シン先生は茶をすすったあとで答えた。
「70%だ」
「たった70%の確率? ふふふ、さすがはプロですね」
リリサの微笑は軽蔑を含んでいた。
シン先生が首をふる。
「10あるうちの1を70%の確率で当てるのは、占い師としてはあまり難しくなかろう。だが、何十億、何百億の中からたった1つの正解をひく確率でさえ、70%なのだぞ。これは神業というべきものではないのか?」
「口ではなんとでもいえるわ。当たらなくても70%の確率だったといい張れるもんね」
リリサはシン先生の言葉をまったく信用していないようすだ。だから彼女もとい彼には、ひっこんでいてもらった。シン先生の気分を害すような真似をされては困るからだ。
シン先生にすべてを語ることにした。そのうえで占ってもらうのだ。
「実は、おれ……」
インドからきたという人物を探していることについて話した。インドという言葉がでたとき、シン先生の目が光った。そしてその人物を探している理由と背景を問うてきた。
リリサとトアタラがいる前で、おれは隠さずに答えた。
おれは別の世界からやってきたのだと――。




