31話 シャザーツク村
乗合馬車は山間の小集落をいくつも越えていった。強い風が吹いている。何度も砂ぼこりに目をやられた。小さな風車がそこかしこに立っているということは、この風はきょうに限ったことではないのだろう。
橋を越えたところのターミナルで馬車が止まった。やっとシャザーツク村に到着したのだ。
シャスラが教えてくれた噂話では、インドからきたという人物が、2~3年前にこの村を訪れたそうだ。どうしても会いたい。絶対に見つけだしてやる。どうかまだこの村にいてくれ!
ターミナルの端には屋台の簡易食堂が並んでいた。空腹なのでここで食べていきたかったが、リリサに反対されてしまった。一般的に、ターミナル付近の屋台はちょっと割高だし、スリも多いとのことだ。それに宿を決めて、荷をおろしてから食べた方が、リラックスもできて食事が美味しくなるというのだ。
おれとトアタラはリリサの意見に従った。
宿を探しながら村を歩く。民家はナタン村のような広域散在型ではなく、2つの大通りに集中していた。だからその2つの通りに限っては、地方都市の繁華街並みに賑やかだった。しかし全体の戸数としては、ジャライラのように多くなさそうだ。だからここは町ではなく村と呼ぶのだろう。
宿屋を3つ見つけた。それぞれ部屋の中を見せてもらった。料金交渉はベテランのリリサに任せた。結果、大通りの外れの宿に決定した。
40マニーの広い部屋を3人でシェアする。3で割ると1マニー余るが、今夜はリリサがその余りを負担してくれるそうだ。そこはやはり年上のお姉さん、もといお兄さんだけのことはある。たった1マニーだとしても。
夕食は宿屋で済ませることにした。1食6マニーほどだが、結構満足いく料理がでてきた。メインはマトンと野菜のシチューだ。ちなみにトカゲ肉は不可だと、宿屋には事前に伝えておいたのだ。リリサは果実酒を所望するが、外見がローティーンにしか見えないため、宿屋に断られてしまった。
ベッドは3つ。それぞれ少しずつ離れている。さて、1つの部屋を男女3人でシェアする件について、まずおれとトアタラの間に問題は発生するわけがない。ジャライラのホテル・スワスワでは部屋をシェアしていたし、その前にもバクウの小屋の物置で一緒に寝泊まりしていたという実績がある。だいたいおれは、彼女に触れることができないのだ。
おれとリリサの間も心配無用だ。いくら外見が可愛かろうと、現在のリリサの体は男なのだ。呪いの解ける満月の晩でなければ問題ない。
残るはトアタラとリリサの間だが、リリサの心は少女のままだというので、まあ、大丈夫だろう。いざとなったら、おれが身を呈してリリサからトアタラを守ってやる!
トアタラが先に自分のベッドに入った。枕もとのろうそくを消した。
おれとリリサはしばらく起きていたが、話の尽きたところで、そろそろ寝ることにした。
真ん中のベッドをとったリリサが、消灯の前におれをひと睨みする。
「な、なんだよ」
「眠ってる間に変なことしないでよねっ」
「するか!」
おれをなんだと思っているんだ。
「リリサこそ、トアタラが眠ってる間に変なことするなよな」
「はあ? わたしが? どうしてわたしが女の子を襲わなくちゃならないのよ!」
枕を投げつけてきた。
いてっ。
投げなくってもいいだろ。
リリサが枕を拾いにきた。
そしてまた、おれの顔面を枕で叩いてから、自分のベッドに帰っていく。
足を止めてふり返った。
「ねえ、あなたとトアタラってどういう関係なの?」
「ん?」
リリサは自分のベッドに、こっちに向きに腰をかけた。
「ジャライラの町では部屋をシェアしていたみたいだけど、恋人でも夫婦でもないようだし、それどころか互いに距離をとっているような感じだし。ああ、距離っていうのは比喩的な意味じゃなくて、そのまんま物理的な意味よ。いつも離れて歩いているし、決して触れあうことってないよね。そのくせ互いにものすごく気を使っているのが、見ていてよくわかるの」
呪われる前のトアタラのことも、おれの爬虫類嫌いのことも、まだリリサは知らない。前者についてはおれの口から告げることは絶対にない。おれとトアタラの秘密だ。後者についてはどうでもいい。ただこれまでに話す機会がなかっただけだ。
リリサにかけられた呪いについても、トアタラには黙っているつもりだ。秘密にしておきたいことなんて誰でも持っているものだろうから。
おれが別の世界からやってきたことについてはどうだ? まだ誰にもうち明けていない。だがそれは隠したいのとはちょっと違う。信じてくれるのなら、むしろ話したいくらいだ。けれども仮に事実を話したところで、頭がおかしいと思われるに決まっている。だから黙っているだけだ。
さて、リリサからの問いについてだ。
「おれとトアタラの関係は、おれとリリサの関係とあんまり変わんねえよ」
「ふうん」
「佐藤もリリサもわたしの大切な友達です」
そういったのはトアタラだ。まだ起きていたようだ。あるいは起こしてしまったか。枕に頭を乗せたまま、こっちに向く。
「わたし、2人も友達ができて嬉しいです。3人の旅がとても楽しいです。このままずっとこのままを続けられたら、どんなに幸せなことでしょう」
「ありがとう、トアタラ。でもね、人生経験の少しだけ長いわたしからいわせてもらうと、別れは必ずやってくるものよ。悲しいことだけど、それは仕方のないこと。1つの幸せは続くものじゃないの。だけど努力すればまた別の幸せがいくつもやってくる」
トアタラは黙ってしまった。
リリサは自分のベッドにもぐった。
しばらくしてからトアタラの声がした。
「わたしは新しい幸せより、いまの幸せがいい」




