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29話 旅路

 いま女の子2人と旅をしている。両者とも一見すれば、目を見張るほどの美少女だが……。ああ、残念だ。



 おれは揺れる馬車の車両から、ぼんやりと景色を眺めた。

 日差しは強いが、空気が乾いている分、さほど不快ではない。ときおり吹く微風が、大地の青臭い新緑の香を運んでくる。草原を貫く土の道はどこまでもまっすぐで、遠くの薄青い山の麓まで続いていそうだ。


 ガタンと大きく揺れた。車両が石でも踏んだのだろう。対面で居眠りしていたトアタラが目を覚ました。それを見ていたリリサが笑う。


 それにしても退屈だ。シャザーツク村にはまだ着かないのか。

 そんな独り言を、隣の中年女が聞いていたらしい。


「この馬車ではシャザーツクまでいかないわよ。途中で乗りかえないとね」

「本当っすか」


 ああ、だから馬車の御者はシャザーツク往きとはいわず、シャザーツク方面往きだといっていたのか。乗りかえなんて面倒くさい。乗る馬車を間違ったか。しかし小さな村ともなれば、乗合馬車の直行便なんて、なくて当然だったのかもしれない。


 町や村やターミナルでもないのに、馬車が停止した。

 馬の休憩か? そうではないらしい。御者がふり返って声をあげた。


「お客さんの中に、戦士か魔法使いの方はいますか」


 右手が2つあがった。

 1つは……。

 おい、リリサ。もしかして魔法使いのつもりか。違うだろ。歌女だろーが!

 なんてことをリリサに耳語したら、肘鉄が返ってきた。そこらの魔法使いよりずっと魔法が使えるのだと嘯いている。だとしても嘘はつくな。


 もう1つは好青年風の人物の右手だ。なかなかのイケメンでフェルザヴァインの劣化版……なんて本心をいったら怒られそう。左腰にさげた立派な剣を見るかぎりでは、位の高い戦士のようだ。


「お客さん。魔物が現れましたようです。あのう、任せちゃってよろしいでしょうか」

「きゃはっ。任されちゃいました♪」


 リリサは敬礼ポーズをとっているが、何がそんなに嬉しんだ? 青年とともに馬車からぴょんと跳びおりた。しかしこっちに向かって手をふっている。


「佐藤も、佐藤も」


 こいってか。やめてくれ。頼むから、お前たちだけで対応してくれ。おいおい、そんな可愛らしく秋波を送ってきたって、おれは断る。

 するとどういうわけか、リリサは馬車に跳びのった。おれの襟首を掴んで、ふたたび地面へジャンプ。おれは馬車から落ちた。まったく強引だな。今度はトアタラに向かって叫ぶ。


「やっほー、トアちゃん。佐藤のカバンから、魔人のウルミをとってくれない?」

「リリサ、なんのつもりだよ」

「せっかく土の魔女から得た武器なのに、ぜんぜん使いこなせてないでしょ。練習しないとね。魔物相手に佐藤もがんばってみなよ。もしものときはわたしがフォローしてあげるから」


 トアタラから魔人のウルミを渡された。まあ、これの練習は必要だろう。おれもそのことはずっと思っていた。だけどいきなり魔物相手なんて。


 遠方に目を凝らす。


 ああ、おれにも見えたぞ。ヘンテコな魔物が。こっちに向かってくる。次第に魔物の大きさがはっきりしてきた。かつて動物園で見たゾウほどのデカさだ。正直、あんなのとは闘いたくない。

 クラゲを何層にも重ねたような形状だが、一応、2本の太い足が生えている。それが2体。


 リリサがイケメンの青年に提案する。


「お兄さんの相手はあっちの小さめの方でいいかしら。わたしたちは2人がかりなんで、こっちの大きめの方を担当するね」

「そっちでいいのかい? では気をつけて」


 青年は小さな方に向かっていった。おれは大きな方の魔物を見て溜息をついた。本当にこっちを相手にしなくてはならないのか。練習が目的ならば、普通、小さめの方が適しているだろうに。

 超長剣『魔人のウルミ』を見つめた。これを使った土の魔女の攻撃は、確かに脅威そのものだった。

 んじゃ、おれもやってみるか。


 魔人のウルミを滅茶苦茶にふり回す。駄目だ。これをふると逆におれ自身がふり回されそうになる。使いこなすのはかなり難しいぞ。


「おーい、リリサ。やっぱりシロウトにゃ無理だ。おれ、ギブな」

「何いってるのよ。まだ闘ってもいないうちに」

「死なないうちにいってるんだよ、ギブだって」


 リリサが両手の指で菱形を作る。魔法で暴風を起こした。おれは強い風に押され、魔物の至近距離にきてしまった。

 魔物と目が合った。こっちを見てる……。


「ほら、がんばってー、佐藤」


 くっそ、リリサめ。何が『がんばって』だ。死んだら化けてでてやるからな!

 あれ? あっちの世界で死んだから、ここにいるんだっけ。そんなことは、いまどうでもいい。

 こうなってはヤケクソだ。渾身の力で魔人のウルミを水平にふった。

 刃が魔物に……。ん、どういうことだ? 確かに当たったけど。


 魔物はびくともしない。


「佐藤、そのへっぴり腰はなんなの。手ぶりになってるからよ。腰にまったく力が入ってなかったじゃない」


 魔物の反撃が始まった――。

 地面を足踏みしている。おれを踏みつぶす気か。走って逃げると、魔物は追ってきた。援護を求めたいが、走るのに必死で声がでない。無理だ、無理だ、とリリサに目配せで伝える。しかしその薄情者は黙って眺めているだけだ。おぼえとけ!


 やっとのことでリリサが動いてくれた。魔法で炎球を飛ばす。続いて火柱に水柱。小爆発も起こした。おれはその間に呼吸を整えた。


 イケメンの青年がおれたちの方へと歩いてくる。小さめの方の魔物を片づけてきたようだ。爽やかに笑っている。


「助太刀しよう」

「あ、結構です」


 なんとリリサが断ってしまった。何考えてんだよ。

 リリサは様々な魔法を繰りだしているが、魔物も結構うたれ強かった。圧倒的にリリサが押しているのに、なかなか倒すことができない。

 青年の協力を遠慮したからには、ちゃっちゃと片づけてほしいものだ。


「あのさ、リリサ。必殺の決め技ってないわけ? いろんな技を使えるのはすげえことだけど、1個くらい極限まで高めた必殺技があってもいいんじゃないのか」


 すると横目で睨んできた。


「佐藤はなんの魔法も使えないくせに、うっさいわねえー。仮に炎系の魔法を極めたとするでしょ? でも相手がもともと炎に耐性があったらどうするの。完全に終わりでしょ。だから魔法は幅広く覚えていた方がいいわけ」


 魔法の石礫や千本針を魔物に喰らわせている。敵が弱っているのは確かだが、まだまだ時間がかかりそうだ。


「さあ、佐藤。とどめを刺しちゃって。腰に力を入れて、ぐいっとね」


 おれがか? とどめといわれても……。

 魔人のウルミで切りつけようと試みる。


 えい!


 魔物の皮膚は硬かった。まったく効いてないようすだ。

 逆に魔物の大きな手が、おれの体を掴んだ。締めつけられていく。

 く、苦しい……。


「佐藤っ」


 リリサが叫び、両手の指で菱形を作った。

 おれは心の中でいってやった。お前がモタモタしてたからだぞ!


 ここで意想外のことが起きた――。

 どういうわけか魔物の体が地面に倒れたのだ。おれの体も一緒に。


 リリサも菱形を作ったまま驚いている。つまりリリサの魔法によるものではなかった。では誰が?

 魔物の向こう側に立っていたのはトアタラだった。両手で仔龍の短剣を握っている。


「ケガはありませんか、佐藤」

「サ、サンキュー。おれは大丈夫だ」


 やはり仔龍の短剣の攻撃力は、半端じゃなかった。すげえよ、トアタラ。

 リリサが微笑する。


「佐藤のレベルアップを図るつもりだったんだけど、とどめを刺したのはトアタラだったようね」

「レベルアップのためでしたか。ごめんなさい。佐藤が危なかったので、つい手をだしてしまいました」

「いいのよ。旅をするんだったら、トアタラもレベルをあげておいた方がいいもんね。これでまた1つレベルがあがったかもよ」


 ふたたび馬車に乗ると、御者や乗客たちに感謝された。しかし青年やリリサやトアタラとは違って、なんの活躍もできなかったおれには、気恥ずかしいだけだった。


 馬車が動きだした。ゴトゴトと音を立てながら小道を走る。腹が減ってきた。草原の広がる景色はまったく変わっていない。薄青い山々も依然として遥か彼方にある。


 急に馬車が止まった。今度はなんだ? また魔物か?

 御者はおれたちに馬車からおりろという。どうしておりなきゃならないのだ? シャザーツク村へいかなくてはならないのに。


「お客さん、シャザーツク村にいくならここで乗りかえです」


 そうか。乗りかえがあったんだっけ。でもここって……なんにもないぞ。草原のド真ん中だ。こんなところが乗りかえ地点か?


 おれたち3人を残して馬車はいってしまった。

 その馬車は城下町ベルレイムへ向かうらしい。


 シャザーツク往きの馬車は、本当にきてくれるのだろうか。

 不安になってきた。



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