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28話 彼の地からきた人

「いいや、リリサは男だろ」

「はあーーーーーーーーー? どうしてわたしが男なわけ!」


 あどけないリリサの顔が、たちまち憤怒の形相と化した。彼女もとい彼はおれの胸倉を掴んでいる。これほどムキになるのだから、『はい、そうです』といっているようなものだ。

 まあ、納得できる説明を求めているのだろう。ならば話してやる。


「土の魔女の『煮えたつ泥水』を浴びれば、女は粘土像に変えられちゃうんだったよな。でもリリサはそれを浴びても無事だった。男だからだろ? そのときリリサは魔女にいってたよな。『あなたの魔法は効かないんだから』とかなんとか。おれはてっきり、リリサの防御魔法によるものかと思ったけど、よくよく考えてみれば土の魔女の得意魔法の上をいく魔法なんて、レベルがたった29の人物にはたして使えるものだろうか。もちろん『たった29』といったって、おれからしてみれば気の遠くなるほど遥か彼方にあるような数値だけど、あれだけ強かった土の魔女からすれば赤ン坊みたいなレベルじゃないのか。なんたって奴は魔王の娘なんだぜ」


 リリサはまだ納得していない顔だ。


「そんなのが理由になるわけないでしょ! 佐藤、あんたねえ……。あの日の晩、湖でわたしの裸体を見ておいて、なんでそんなことがいえるのよっ」


 確かに胸は大きかった。ロリフェイスに不相応なほどに。

 そう、いまでも鮮明に思いだせる。明るい月に照らされていたから、立派な胸はよく見えた。しっかり見えた。きちんとこの目に焼きつけておいたのだ。


 おれはこう答える――。


「あのときと現在のリリサは別物ってことだよ」

「意味わかんないんだけど!」

「だってさあ、明るい月の晩に見たときと違って、普段のリリサの胸は……、ゴホン、もちろん服の上から見てのことだけど、異常なほどペッタンコだ」


 彼女は胸を隠すように手を当てた。


「だから佐藤は普段からわたしの胸部をじろじろと見てたのね?」

「じろじろって、そういうわけじゃ……」

「そういうわけじゃないってことは、いやらしい目的で見てたってこと?」


 パーン。


 ビンタがとんできた。

 痛みを堪えながら謝罪する。


「無意識に目がいっちゃってました、ごめんなさい」


 ついでに補足する。


「すべては大聖堂でステータス確認したときにわかったことなんだ」

「つまり?」


 と威嚇するような低い声。


「普段のリリサについて、胸が“まな板”だなぁと不思議に思っていたけど、それでも大聖堂にいくまでは女なんだと信じてたんだ。でもステータスでのその他の項目が、トアタラと同様に『呪われています。ただし満月の夜間のみ呪いが解かれます』ってあった。でさあ、おれがリリサの裸体を見ちゃった晩って、満月じゃなかったっけ。とても明るかったことは覚えてる。だからあのときだけ、呪いが解けて女の体になっていたんだ。そう考えれば、すべてがしっくりする」


 リリサからの反論はなかった。ただ胸を手で押さえたまま。

 さっきまで目をつりあげていたのだが、いまは泣きそうになっている。


 いったあとで後悔した。気づかぬふりをしてやるべきだったのかもしれない。


「そうよ。わたしは女の子だった。呪いによって体を男の子に変えられたの。でも心はずっと女の子のまま。いっそのこと心ごと全部男の子に変えられたら、もっとラクだったかもしれない。でも現実は違う。だからずっと女の子の恰好や声や仕草にこだわってきた。体はこうでも中身は女の子のままでいようとがんばってきた。呪いの解ける満月の晩がいつも待ち遠しい」


 本人にしかわからない苦労も多々あるのだろう。

 彼は……いや、敢えて彼女と表現しよう……彼女は努力家だ。向上心を持っている。それに心も優しい。初めて彼女を見たとき、歌で女像を慰めていた。とってもいい子だ。それに可愛い。


 リリサが尋ねる。


「ところでトアタラって男の子だったの?」

「ううん、違う。呪いで性別が変わったんじゃない」

「じゃあ、呪われる前って……」

「おれの口からいうわけないだろ?」


 するとにっこりと微笑むのだった。


「佐藤ってわたしの秘密も、誰にも話さないって約束できる?」

「当然だ」

「うん。やっぱり旅の同行者を佐藤に決めて正解だった。わたしの正体を知った佐藤なら、わたしに手をだしてくることもないもんね」

「そりゃそうだけど、同行の件は……」

「イヤ? だったら仕方ないけど」


 少し間をおき、彼女に答えた。


 一緒にいこうと。


 しかも、さっそくあした出発することになった。

 決まったとなったら早い方がいいと思ったからだ。


 2人でペットショップへいく。


 五叉路を越えたところにその店がある。店の前にミレラの顔が見えた。店の奥にはトアタラの姿もあった。彼女はおれたちを見咎めると、手をふって店からでてきた。


 あしたリリサとともに町を出発することを、トアタラに告げた。

 彼女は我を忘れたようにぽかんとした。やがて驚愕の表情に豹変した。そのままずっと黙っている。


 おれがその沈黙を破った。


「突然の知らせで悪かった」


 トアタラは首を小さくふった。彼女のおぼつかない瞳がたゆたっている。

 しばらくして彼女の唇が動いた。


「わたしもついていってはなりませんか」

「えっ?」


 トアタラを連れて旅することは考えていなかった。すでにナタンの村ではっきりと断っていたからだ。

 彼女が表情を曇らせた。


「そうでしたね。佐藤はわたしと一緒には……」

「おい。それっていつの話だよ」


 ナタンの村のときとは明らかに違う。彼女にはだいぶ近づけるようになった。顔が至近距離にこなければ、それと素肌に直接触れなければ、なんともないのだ。


「それでは……?」

「おう、一緒にいこうぜ」

「嬉しい……。佐藤はわたしの最初の友達だから……」


 トアタラが胸に跳びこんできた。

 顔が近い。嘔吐した――。


「わたし、女の子として凹みます」


 彼女はいつぞやのセリフをくり返した。


「ごめん」


 謝ることしかできなかった。

 リリサが不思議そうに見ている。なんの事情も知らないのだ。


 おれは顔を起こし、一応、リリサに確認してみる。


「わりい、リリサに相談もなく勝手に決めちゃって。旅は、おれの友人も一緒でいいだろ?」

「ええ、もちろん」


 リリサが笑顔でトアタラに手をふる。


「女の子同士、よろしくね」


 トアタラの同行にリリサは快諾してくれた。

 それにしても『女の子同士』というリリサのセリフには泣けてくる。

 トアタラもまたリリサの事情を知らない。


「リリサ、わたしと友達になってくれる?」

「もちろんよ。旅の仲間だもんね」


 3人での旅が始まろうとしている。

 トアタラはミレラに詫びた。急なことだが、そこでの勤めを辞めたいと。

 ミレラは気持ちよく送りだしてくれた。しかし彼女は鋭い視線をおれに向けてきた。


「トアタラを泣かしたら承知しないから」

「どういう意味でいってるんです? おれたちはそんな関係じゃないですよ」


 ミレラがトアタラに耳打ちする。話の内容はおれの耳に届いてこなかった。

 トアタラはこっちを見ながらコクリと首肯した。



 翌日、出発の挨拶のため、踊り子ギルドへ3人でいった。

 ギルドに所属していたのはとても短い間だったが、別れを告げた途端、みんなが寂しそうな顔になった。


 ここでひやかしてきたのはオルファゴだ。

 

「こんな絶世の美女2人も侍らせて旅するなんて、いい身分になったもんだなあ、佐藤」


 おれは知っている。彼はしんみりするのが苦手なのだ。


「侍らせるなんて人聞きの悪い! 同行するだけですよっ」


 確かにこの状況は、通りすがりの男子の誰もが羨むことだろう。これから先、強い非難を受けながら旅することになるのだと思われる。


 エレナが眼前に立った。

 おれをしっかり抱きしめ、ありがとうといった。


 礼をいいたいのはこっちだ。諸先輩には優しくしてもらった。温かく受けいれてもらった。たくさん面倒をみてしてもらった。みんなのことは忘れない。


 ここでシャスラがある情報をくれた。


「佐藤はインドってところを探しているのでしたよね。実はインドからきたという人物が2~3年前にシャザーツク村を訪れたそうです。しかしソースは不確かなものですから、あまり期待をしない方がいいかもしれません」

「わあっ、貴重な情報ありがとうございます! シャスラ」


 ゆき先はシャザーツクに決めた。リリサもトアタラも同意してくれた。


 ギルドの建物をでる。

 乗合馬車のターミナルまで、ギルドの先輩たちがぞろぞろとついてきてくれた。

 シャザーツク方面へいく乗合馬車の客室に乗る。手を伸ばし、みんなと握手を交わした。


 馬車が走る。多くの手がふられている。

 見えなくなるまで仲間たちに見送られた。


 またいつかジャライラの町に戻ってきます……そういい残したかったが、嘘になる。だからいえなかった。

 おれは戻らぬ旅をしている。この世界にもあるインドへいき、もとの世界に帰っていくのだ。



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