25話 アイテム鑑定
「おおっ、英雄が目を覚ましたぞ」
オルファゴの声だ。起きあがったおれは大歓声に包まれた。
「佐藤は踊り子ギルドの名声を高めてくれました」
そういったのはシャスラだ。
今度は拍手に包まれる。
ここは大通りの路肩。五叉路の近くだ。ペットショップも見える。
町人たちの笑顔に包まれていた。リリサの笑顔もあった。
「感謝してるわ、佐藤。あなたの特技だったのでしょ? 土の魔女は溶けて消えたわ。多くの女像たちが、もとの人間に戻ったのよ」
リリサが手を握る。
女像がもとに戻ったのは、土の魔女の魔法が解けたからだろうか。それとも沐浴の聖水に清められたからだろうか。それはもうわからない。
ギルドの先輩の1人がいう。
「ほうら、佐藤の戦利品だ。土の魔女の所持品はお前のものだ。さらにはきっと、町長や領主からも金一封がもらえるぞ」
袋が2つ。それから超長剣。先輩から手渡された。おれのために集めてくれたようだ。しかしいまは袋の中身をチェックする気力がない。
そんなことよりも……。
「トアタラ? トアタラはどこだ?」
オルファゴがニタっと笑う。
「佐藤のアレならば、ほれ、あそこに」
彼の視線の先にトアタラがいた。10mも離れたところに。
どうしてそんな遠くにいるんだ。ああ、そうか。おれがトアタラを苦手としているから、彼女なりに気を回しているのだろう。
「トアタラ。おれ、もう平気だ。怖がったりしない」
さきほどおれは、女像から戻ったトアタラを、この手でしっかり抱えていたのだ。それは爬虫類に対する恐怖がなくなった証拠だ。きっと市場での猛特訓の成果に相違ない。
「本当にわたしが近づいても大丈夫ですか?」
「まったく問題ない」
トアタラが歩いてくる。
5m手前。3m手前……。
ほら、なんともない。
2m手前、1m手前……。
トアタラが涙ぐむ。
そういえば、こんな近くで彼女の顔を見たのは何日ぶりだろう。
50cm手前……。
顔がかなり接近した。あらためて思うが、やはりトアタラは美しかった。
さらに寄ってきた……。
――嘔吐。
やってしまった。あー、まだ駄目だったんだ。
非常時ならばともかく、通常のときは40cm手前がギリギリのラインか。
以前よりはるかに進歩はしているが……。
「大丈夫ですか、佐藤。ごめんなさい」
「トアタラはなんにも悪くない。悪いのはおれだ」
トアタラが溜息をつく。
「……さすがにわたしも、顔が近づいただけで嘔吐されると、女の子として凹みます」
「ごめん。だけど見ていてくれ。いまからトアタラに手で触れてみせる。もう触れるようになったんだ」
手をそっと伸ばした。怖くないさ……。
服の上から肩に触れる。
ほら、大丈夫だ。ちょっと安堵した。この調子だ。
きっと素手で触っても平気なはず。素手で彼女の手を握る。
――気絶。
目を覚ましたのは宿の部屋。トアタラだけがそこにいた。
彼女によれば、ギルドの仲間が運んでくれたそうだ。
彼女に謝った。嘔吐ばかりか気絶などという失礼なことをしてしまったのだ。
「でもわたしは知っています。市場の精肉エリアに通っていたのは、わたしのためだったんですよね。毎日、嘔吐して失神していたそうではないですか」
「なんだ、知ってたのか。もうちょいだ。もうちょういで、おれはこの病気みたいなものを克服できる」
「佐藤、聞いてもいいですか」
「いってみてくれ」
トアタラが震えている。
「この先、佐藤はわたしの友達になれますか」
「あれっ? おれの勘違いだったか。とっくに友達だろ」
トアタラがおれの胸にとびこんできた。
――気絶。
その晩からおれはひどい嘔吐と下痢に悩まされた。あの水を飲んだせいだ。
町の人々も同様だったらしい。高熱がでた人もいたそうだ。死者がいなかったのは奇跡だったのかもしれない。
土の魔女を倒したはいいが、当然、人々から顰蹙を買ってしまっただろう。はたして本当に、町長や領主から金銭的褒美をもらえるのだろうか。
ちなみに戦利品は以下のとおりだった。
貨幣:62,303マニー
武器:超長剣、小刀
装着品:ローブ、下着、靴、手袋
装飾品:仮面、髪飾り、イヤリング、指輪、ネックレス
その他:化粧品、宝石
さて、どれを手元に残し、どれを売りにだそうか。
さすがに中古の下着は廃棄処分となるだろう。
※のちに高値で売れました。
「わたし、アイテムに隠された能力があるのかどうか、判別がつくようになったんです」
「アイテムの隠された能力? ええと……この前トアタラがいっていた『風の首飾り』のカマイタチ魔法みたいなものか」
トアタラは照れたような面持ちで首肯した。
「はい、そういうことです。能力の内容までは把握できませんが、有無だけでしたらわかるのです。たとえば、わたしのいま持っている『白闇の鏡』にも、魔法能力があるのだと見抜くことができました。いろいろ試しました結果、光のあるところで姿を一時的に消す能力を発見しました」
「へえ、すげえな」
光のいっさいないところで、姿が見えなくなるのはあたりまえだが、光のあるところで身を隠せるって、このさき何かに役立ちそうだ。
「で、そんなトアタラのアイテム識別能力が、開花したのはいつからだ?」
「佐藤がわたしの部屋に移ってきた頃だったと思います」
土の魔女が前の部屋に襲撃してきた晩のことだ。
「あのときトアタラが、土の魔女にダメージを与えたんだよな。それでレベルがアップしたんじゃないのか。だから新しい特技を身につけたんだよ、きっと」
「わたしもそんな気がしています」
トアタラが戦利品を鑑定する。
「不思議な魔法を秘めているのは、以下のものです」
装着品:ローブ、靴
装飾品:髪飾り、イヤリング、指輪
その他:宝石
「よし、これと武器以外は売りにだすぞ。ローブと靴、髪飾り、イヤリング、指輪は女性専用っぽいからトアタラにくれてやる」
「ありがとうございます。わたし嬉しいです。でも指輪は2つもあるので、片方は佐藤が持っていてください。きっと役立つと思います」
赤い方の指輪を返された。
トアタラがアイテムを身につける。髪飾りとイヤリングは彼女の美しさをひきたてた。
思わず見惚れてしまった。
しかし黒いローブはいまいちだった。




