24話 土魔法VSインド
土の魔女により、目の前でトアタラが女像に変えられてしまった。
トアタラ……。
悲しみと怒りで気が狂いそうだ。
土の魔女だけは許せない。
この惨劇をリリサも、おれを追ってきていたギルドの仲間も見ていた。
ここに戦闘が始まろうとしている。
踊り子たちとリリサが特訓どおりの陣形を組む。
だがまず勝てないだろう。ただでさえギルドメンバーのグラナチャに、手の内を知りつくされているのだ。それでもみんな勇敢に戦おうとしている。
いよいよ火ぶたは切られた。
土の魔女はいきなり10体のゴーレムをだしてきた。8体というこれまでの数の記録を更新したことになる。
おれは『武勇の舞』に加わらず、ただ1人でつぶやいていた。
―― グラナチャを殺す ――
と何度も何度も。
おれにできるのは特技インドを使うことだけだ。踊って踊って踊りまくるだけ。おれの憎しみの続くかぎり、1週間でも1ヶ月でも踊りつづけてやる。そしてくたばりやがれ、おれとともに。
今回の特技の発動は特別なものになる。死ぬまで踊るんだからな。ギルドの仲間やリリサにも迷惑がかかる。それから無辜の町人も巻きぞえにすることになる。だけどおれは抑えきれなかった。地獄に落ちたっていい。グラナチャに一矢を報いることができるのならば。
あらためて特技を念じる。
特技を使いますか
はい← いいえ
特技を選択してください
* インド←
特技を選択してください
* 本インド←
* 西インド諸島
特技を選択してください
* インド
* インド
インドが2つ。バグがでてきたようだが、もういちいち驚かない。
どっちでもいい。上段のインドを選択しようとしたところで、地面が大きく揺れた。ゴーレムの足踏みだ。おれは立っていられず転倒してしまった。そこへゴーレムが襲ってくる。
石畳に転がりながらも特技の選択を継続する。誤って――というか、どちらでもよかったのだが――下段のインドを選択してしまうのだった。
それでは特技インドを発動します。もうキャンセルできませんよ。自己責任でどうぞ。
自己責任でもなんでもいい! 早く発動しろ。
大空から曲が流れてくるのを待った。
……。
どうした?
音楽が鳴らない。故障か? 特技も故障したりするのか?
ああ、苛立ってきた。
地面がまた揺れた。今度のものはゴーレムの仕業ではなさそうだが?
地の深い底からゴーという鈍い音。石畳が湿ってきた。下から水が滾々と湧きはじめたではないか。これは土の魔女の魔法なのか?
水かさが増していく。くるぶしが水に浸かった。水位は膝まであがってきた。さらに腰にも達した。なおも水面は上昇している。それにしても濁った水質だ。水の表面は胸もとにきた。
バチャーンと大きな物体が水に落ちる音がした。ゴーレムだ。巨大なゴーレムの足が溶けているのだ。ゴーレムたちが次々と水中に崩れていく。
もしかしてこれは特技の新しいインドなのか?
水位は顎にまで達した。
待て待て。これ以上はヤバい。町の人々に溺死者がでるかもしれない。
トアタラは無事か?
像になったトアタラの頭の先まで水面がきていた。もし大きな流木にでも当たったら、砕けてしまうかもしれない。トアタラ……。
トアタラの像に向かって泳ぐ。
ゲボッ。少し水を飲んだ。
空からアナウンスが聞こえてくる。
沐浴擬似体験中のところを失礼しますが、聖なる河の水質を極限まで再現しておりますので、この水は決して飲まないでください。絶対にです! 口に含んでもいけません。このことは必ず守ってください。さもなくば激しい嘔吐と下痢に見舞われるでしょう。またコレラ、赤痢、チフス、急性肝炎にもご注意ください。この異世界の医学はたかが知れています。感染すれば、最悪、死にますよ?
おせえよ。もう飲んじまったよ。
像になったトアタラのところへ近づこうと必死に泳ぐ。
彼女の近くには土の魔女がいる。手をバシャバシャと掻き、水に浮こうとしている。きっと足が底に届かなくなったのだ。彼女は仮面を外した。呼吸が苦しくなったからか。そこに現れたのはグラナチャの美しい顔だった。
「佐藤、これはお前の仕業か!」
憤怒の形相でおれを睨んでいる。
しかし彼女に異変があった。
ゴーレム同様、彼女自身が水に溶けている。『土』の魔女だから、その形が保てなくなったのだろうか。
麗しかった顔はぬっぺらぼうのようになり、やがて小さく消えていった。
これが土の魔女の最期だった。
だが、まだ終わりではない。
馬車用の木製車両がゆっくり流れてくる。
このままでは粘土像になったトアタラに当たってしまう。
泳いでトアタラに向かった。手を伸ばす。もう少しだ。
彼女は元ムカシトカゲの女の子。爬虫類嫌いのおれは、これまでずっと彼女に触れることができなかった。しかしいまは違う。ただトアタラを守りたかった。
トアタラを掴んだ。しっかりと腕で抱えこむ。
幸いなことに、流れてくる木製車両の勢いはない。
どうにか足裏で蹴り、進行方向を変えてやった。
トアタラ、トアタラ、トアタラ……。
溶けてないか? 水で崩れていないか?
お願いだ。無事であってくれ。
ここで水がひき始めた。
やっと特技の終了か。
水位がぐんぐんさがる。
石畳に浸みこむように水は消えていった。
粘土像に少しずつ変化が現れた。
温かみが戻ってきた。髪や肌の色が戻りつつあった。柔らかみも返ってきた。
トアタラ?
何度も呼んだ。
お願いだ、目を開けてくれ。
力強く抱きしめた。
ん? 雨か。
いいや、違う。
知らぬ間に流れていたおれの涙が、トアタラの顔に落ちたんだ。
ごめん。すぐに拭った。
すると、すーっという呼吸音が聞こえた。
「トアタラ!」
彼女が目を覚ました。
瞬きしたのち、おれと目が合った。
「トアタラ、よかった……」
おれは極限の疲労のせいか、しっかり彼女を抱えたまま意識を失った。




