20話 夜襲
初仕事だというのに、酷い目に遭った。すべてをぶち壊したのは土の魔女だ。おかげで、もらえるはずのギャラがもらえなかった。
ドゥアンとエレナのことはショックだ。あしたドゥアンの葬式があるそうだ。
夕食もとらずホテル・スワスワへ帰り、すぐベッドに入った。
外で犬が鳴いている。
この宿に限ったことではないが、どこの家の窓にもガラスはない。そういえばナタン村でヤモックが『ステンドグラス以外でガラスを見たことはなかった』とか話していたっけ。
この部屋の窓にはガラスの代わりに格子がとりつけられている。泥棒よけなのだろうが、外を眺めるには邪魔だ。いまは夜だから関係ないことだが。
ウトウトと眠りにつきかかったとき、突然、ドンという音とともに窓格子が壊された。何ごとかと、とび起きた。
窓格子から何者かが入ってきた。コソ泥や強盗などという可愛らしいものではなかった。その姿を目にするや、一瞬で震えあがった。
部屋に侵入してきたのは、驚愕すべきことに土の魔女だったのだ――。
おいおい嘘だろ。何故おれの部屋に!?
土の魔女は部屋の中を見回したのち、改めておれを見据えた。超長剣を手に握っている。ほんの数時間前には、おれを見咎めるや何故か逃げるように去っていったのに、現下、いまにも襲いかからんとし殺気立てている。いったいどういった心境の変化なのだろう。
土の魔女が超長剣をふる。
おれは間一髪、避けることができた。おそらくこの敏捷性は、アクセサリー『盗賊の証』のおかげだ。ギルドに対し担保として『青光石』を預けてあるが、もし代わりに『盗賊の証』を預けていたら、いまので惨殺されていたかもしれない。
ふたたび超長剣がふられた。身をかわしたのはいいが、ベッドが真っ二つになった。すさまじい切れ味だ。
いつまでも逃げきれはしないだろう。じゃあ、どうやってあんな強敵と闘う? しかもこっちは丸腰だぞ?
とりあえずアレを使うしかない。例の特技だ。
ただし、おれの体も操られてしまうため、土の魔女には攻撃ができない。ただ一緒に踊るだけだ。そう、踊りつづけて命を延ばすことだけ。
踊っている間は互いに攻撃できない。いい作戦ではないが、いま死なないためにはそれしかない。
特技を使いたいと念じると、脳内に光の画面がでてきた。
特技を使いますか
はい いいえ
当然「はい」を選択する。発動までに時間がかかるのはこの特技の欠点だ。とにかく土の魔女の攻撃を避けながら、手順を進めていくしかない。
画面が切りかわる。
特技を選択してください
* インド
1個しかないがインドを選択。
また画面が切りかわった。
特技を選択してください
* 本インド
* 西インド諸島
前回、本インドは室内で使用不可だったので、西インド諸島を選択。
特技を選択してください
* レゲエ
* メレンゲ (発動の準備は整っています)
* ソン
メレンゲは1度発動しているから、もう準備不要ってわけか。これはありがたい。
迷うことなくメレンゲを選択。
特技発動します
その一言にホッとする。
壁や天井から音楽が鳴りだした。ここにはおれと土の魔女しかいない。したがってこの2人で踊らされることになる。
互いに近づいた。右手を肩に添え、左手を背中に回す。向かいあって腰を動かす。ステップは小刻みに。おれは笑顔になった。もちろん自分の意思ではなく、謎の力による強制だ。きっと土の魔女も仮面の中では笑顔になっていることだろう。
この特技には感服してしまう。魔王の娘である土の魔女の自由まで奪ってしまう力があったのだ。
いつまで踊りつづけられるだろう。朝までか。あしたまでか。おそらく踊りが終わったときに、おれは土の魔女に殺される。踊りを止めるわけにはいかない。命尽きるまで踊りつづけてやる!
あれ、この感じ……なんだか……。ええと。
思いだせ、思いだすのだ。頭の隅に何かがひっかかっている。なんだ?
曲のテンポが速くなった。互いの動作が激化する。
体が密着する。ずいぶん胸が大きい。この迫力は化け物か? 2人の腰がリズミカルに回る。息ぴったりだ。
おれの手が土の魔女の右腰に添えられた。
ん? べっとりとした感触はなんだ。汗か?
自分の手が視界に入る。
これは汗ではない。真っ赤な血だ。
土の魔女の右脇腹に剣がつき刺さっていた。
踊りながらくるりと回る。一瞬、ここにいないはずのものが見えた――。
あれはトアタラの姿だ。どうしてここに?
土の魔女の右脇腹に刺さった剣は、状況から考えればトアタラによるものに違いない。
山賊長を倒したときもそうだった。トアタラだけが特技インドの支配を受けなかった。
だけど、どこからそんな物騒なものを持ってきたのだ。いまだにトアタラがここにいることが不思議でならない。
土の魔女は短剣が刺さったまま踊りつづけている。少なくとも曲が終わるまでは、自らそれを抜くことはできない。踊りが続けば続くほど、ダメージは大きくなっていくことだろう。
それにしても何が起きたんだ。トアタラ……。いま、おれの頭は混乱している。
「お客さん、真夜中に音楽は困ります!」
宿の主人がクレームにやってきた。
しかし彼も部屋に入った途端、1人で踊りはじめるのだった。しかもとびっきりの笑顔で。
曲が終わった。
次の曲にいこうとは念じなかった。
早くも体力の限界だったのだ。朝まで続けるとか、所詮無理な話だった。
特技インドが解除されるとともに、おれと土の魔女は膝から床に崩れおちた。
土の魔女は右脇腹に刺さった剣を抜く。それをトアタラが奪いとった。
土の魔女は相当なダメージを負ったらしい。トアタラに抵抗することなく、右脇腹に手を添えたまま、窓から逃げていった。
放心状態のおれにトアタラが声をかけてくる。
「佐藤?」
「トアタラ、ありがとう。また助けてもらったよ。でもどうしてここに?」
話は変わるが、宿の主人は部屋の隅でぐったりとなっている。彼が踊っていたのは短い間だったが、中年男には体力的に相当こたえたようだ。それほどあの踊りはハードなものだったのだ。
トアタラは小さな笑みを浮かべた。
「実はわたしもここに宿泊しているのです。聞こえてきたのが珍しい楽器の音楽でしたので、もしかして佐藤がいるのではないかと思ってきてみました。そうしたら本当に佐藤がいました。こんな偶然ってあるのですね。ところでさっきの女性はどなたです?」
トアタラが近寄ってくる。
おれは反射的に後退した。
「あれは土の魔女だ」
彼女が足を止める。
そして驚愕したように両手で口を隠した。
「えっ、あれがですか。話は聞いていました。男の心臓を食べ、女を像に変える悪者だと」
「そう、悪者だ。てか、土の魔女だとも知らずに、剣をつき刺したのか」
「はい。佐藤にとってよくないもの、すなわち敵だと感じとりました。さらに壊された窓格子やベッドを見て、確信に至りました」
「トアタラってすげえな」
ここで咳払いが聞こえた。宿の主人だ。彼はようやく立ちあがった。
「お客さん、ベッドと窓格子、弁償してくださいね。280マニーとなります」
「いや、だって、あれは土の魔女が……」
「あなたの部屋で起きたことです!」
「でもおれにはそんな大金……」
トアタラが宿の主人の前にでてきた。
「わたしが支払います」
「いや、トアタラ、そんなことはさせられない。自分でなんとかする」
「失礼しました。おカネのことは大丈夫でしたか。つい早とちりして、心配してしまいました。おカネならば佐藤もたくさん持っていますものね」
おれは深く低頭した。
「……申しわけない。いつかきっと返す。貸してください」
結局トアタラに貸してもらうことになった。ああ、自分が情けない。
部屋を去ろうとする主人を呼びとめた。
「すみませんが、部屋を替えてもらえませんか」
「あいにく夜なんでねえ。いますぐにっていうのは無理ですよ」
ようするに面倒くさいのだろう。
「でもベッドも窓格子もあんなんじゃ……」
するとトアタラが嬉々とした顔を向けてきた。
「わたしの部屋に移ってきませんか」
「いや、それ、マズいだろ。おれは男だし」
「ベッドは2つもあります。部屋の端と端に離せば、佐藤も大丈夫ではありませんか」
「ベッドだけの問題じゃないし。やっぱり男女2人っていうのは……」
「バクウの小屋にお世話になったときには、物置で2人、雑魚寝をした仲ではありませんか」
「だからって、それは無理だ」
「そうでしたね。佐藤はわたしのことが、きら……」
「嫌いじゃない、嫌いじゃない! それは本当だ」
だからこそ毎日、市場でイグアナ相手に特訓しているんだ。この話は彼女にはまだ内緒だが。
「トアタラ。本当におれが移ってきても大丈夫か」
「はい。わたし嬉しいです。また佐藤といっぱいお話がしたいです。もちろん佐藤には近寄らないよう努めます。それと宿代は気になさらないでください」
「いや、折半にしよう」
「ですが……」
いくらこっちが金欠とはいえ、そこまでトアタラに甘えることはできない。
「折半だ。頼むからそうさせてくれ」
「そうしてもらえるのでしたら助かります。でも部屋を比較した感じですと、ここより若干値が張るかもしれません」
「別にそれは構わないよ。ありがとう、トアタラ」
おれは彼女に頭をさげた。
若干値が張ったとしても、折半ならば現状より高くなることはあるまい……。ん? 本当にそうだろうか。トアタラはきちんと宿代を値切れていたのだろうか。おれは1泊35マニーで宿泊していたが、はたして……。
荷物を持ってトアタラの部屋に移った。確かに前の部屋より少しだけ高級感があるし広い。
「ここ1泊いくらだ」
「30マニーです。15マニーずつだし合うことでいいですか」
トアタラはにっこりと小首をかしげた。
彼女がいうには1泊30マニー。なんと彼女はおれよりずっと安く泊まっていたのだ。
「そ、そうしよう。1人15マニーずつ……。トアタラってやっぱりすげえな」
「何がですか?」
「いいや、別に」




