表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/101

20話 夜襲

 初仕事だというのに、酷い目に遭った。すべてをぶち壊したのは土の魔女だ。おかげで、もらえるはずのギャラがもらえなかった。


 ドゥアンとエレナのことはショックだ。あしたドゥアンの葬式があるそうだ。

 夕食もとらずホテル・スワスワへ帰り、すぐベッドに入った。


 外で犬が鳴いている。

 この宿に限ったことではないが、どこの家の窓にもガラスはない。そういえばナタン村でヤモックが『ステンドグラス以外でガラスを見たことはなかった』とか話していたっけ。

 この部屋の窓にはガラスの代わりに格子がとりつけられている。泥棒よけなのだろうが、外を眺めるには邪魔だ。いまは夜だから関係ないことだが。


 ウトウトと眠りにつきかかったとき、突然、ドンという音とともに窓格子が壊された。何ごとかと、とび起きた。


 窓格子から何者かが入ってきた。コソ泥や強盗などという可愛らしいものではなかった。その姿を目にするや、一瞬で震えあがった。

 部屋に侵入してきたのは、驚愕すべきことに土の魔女だったのだ――。


 おいおい嘘だろ。何故おれの部屋に!?


 土の魔女は部屋の中を見回したのち、改めておれを見据えた。超長剣を手に握っている。ほんの数時間前には、おれを見咎めるや何故か逃げるように去っていったのに、現下、いまにも襲いかからんとし殺気立てている。いったいどういった心境の変化なのだろう。


 土の魔女が超長剣をふる。

 おれは間一髪、避けることができた。おそらくこの敏捷性は、アクセサリー『盗賊の証』のおかげだ。ギルドに対し担保として『青光石』を預けてあるが、もし代わりに『盗賊の証』を預けていたら、いまので惨殺されていたかもしれない。

 ふたたび超長剣がふられた。身をかわしたのはいいが、ベッドが真っ二つになった。すさまじい切れ味だ。

 いつまでも逃げきれはしないだろう。じゃあ、どうやってあんな強敵と闘う? しかもこっちは丸腰だぞ?


 とりあえずアレを使うしかない。例の特技だ。

 ただし、おれの体も操られてしまうため、土の魔女には攻撃ができない。ただ一緒に踊るだけだ。そう、踊りつづけて命を延ばすことだけ。

 踊っている間は互いに攻撃できない。いい作戦ではないが、いま死なないためにはそれしかない。

 特技を使いたいと念じると、脳内に光の画面がでてきた。



 特技を使いますか  

 はい   いいえ



 当然「はい」を選択する。発動までに時間がかかるのはこの特技の欠点だ。とにかく土の魔女の攻撃を避けながら、手順を進めていくしかない。

 画面が切りかわる。



 特技を選択してください  

 * インド



 1個しかないがインドを選択。

 また画面が切りかわった。



 特技を選択してください  

 * 本インド

 * 西インド諸島



 前回、本インドは室内で使用不可だったので、西インド諸島を選択。



 特技を選択してください  

 * レゲエ

 * メレンゲ (発動の準備は整っています)

 * ソン



 メレンゲは1度発動しているから、もう準備不要ってわけか。これはありがたい。

 迷うことなくメレンゲを選択。



 特技発動します

 


 その一言にホッとする。

 壁や天井から音楽が鳴りだした。ここにはおれと土の魔女しかいない。したがってこの2人で踊らされることになる。

 互いに近づいた。右手を肩に添え、左手を背中に回す。向かいあって腰を動かす。ステップは小刻みに。おれは笑顔になった。もちろん自分の意思ではなく、謎の力による強制だ。きっと土の魔女も仮面の中では笑顔になっていることだろう。

 この特技には感服してしまう。魔王の娘である土の魔女の自由まで奪ってしまう力があったのだ。


 いつまで踊りつづけられるだろう。朝までか。あしたまでか。おそらく踊りが終わったときに、おれは土の魔女に殺される。踊りを止めるわけにはいかない。命尽きるまで踊りつづけてやる!

 


 あれ、この感じ……なんだか……。ええと。

 思いだせ、思いだすのだ。頭の隅に何かがひっかかっている。なんだ?



 曲のテンポが速くなった。互いの動作が激化する。

 体が密着する。ずいぶん胸が大きい。この迫力は化け物か? 2人の腰がリズミカルに回る。息ぴったりだ。


 おれの手が土の魔女の右腰に添えられた。

 ん? べっとりとした感触はなんだ。汗か? 

 自分の手が視界に入る。

 これは汗ではない。真っ赤な血だ。

 土の魔女の右脇腹に剣がつき刺さっていた。


 踊りながらくるりと回る。一瞬、ここにいないはずのものが見えた――。

 あれはトアタラの姿だ。どうしてここに?


 土の魔女の右脇腹に刺さった剣は、状況から考えればトアタラによるものに違いない。

 山賊長を倒したときもそうだった。トアタラだけが特技インドの支配を受けなかった。

 だけど、どこからそんな物騒なものを持ってきたのだ。いまだにトアタラがここにいることが不思議でならない。


 土の魔女は短剣が刺さったまま踊りつづけている。少なくとも曲が終わるまでは、自らそれを抜くことはできない。踊りが続けば続くほど、ダメージは大きくなっていくことだろう。


 それにしても何が起きたんだ。トアタラ……。いま、おれの頭は混乱している。



「お客さん、真夜中に音楽は困ります!」


 宿の主人がクレームにやってきた。

 しかし彼も部屋に入った途端、1人で踊りはじめるのだった。しかもとびっきりの笑顔で。


 曲が終わった。

 次の曲にいこうとは念じなかった。

 早くも体力の限界だったのだ。朝まで続けるとか、所詮無理な話だった。


 特技インドが解除されるとともに、おれと土の魔女は膝から床に崩れおちた。

 土の魔女は右脇腹に刺さった剣を抜く。それをトアタラが奪いとった。


 土の魔女は相当なダメージを負ったらしい。トアタラに抵抗することなく、右脇腹に手を添えたまま、窓から逃げていった。

 放心状態のおれにトアタラが声をかけてくる。


「佐藤?」

「トアタラ、ありがとう。また助けてもらったよ。でもどうしてここに?」


 話は変わるが、宿の主人は部屋の隅でぐったりとなっている。彼が踊っていたのは短い間だったが、中年男には体力的に相当こたえたようだ。それほどあの踊りはハードなものだったのだ。


 トアタラは小さな笑みを浮かべた。


「実はわたしもここに宿泊しているのです。聞こえてきたのが珍しい楽器の音楽でしたので、もしかして佐藤がいるのではないかと思ってきてみました。そうしたら本当に佐藤がいました。こんな偶然ってあるのですね。ところでさっきの女性はどなたです?」


 トアタラが近寄ってくる。

 おれは反射的に後退した。


「あれは土の魔女だ」


 彼女が足を止める。

 そして驚愕したように両手で口を隠した。


「えっ、あれがですか。話は聞いていました。男の心臓を食べ、女を像に変える悪者だと」

「そう、悪者だ。てか、土の魔女だとも知らずに、剣をつき刺したのか」

「はい。佐藤にとってよくないもの、すなわち敵だと感じとりました。さらに壊された窓格子やベッドを見て、確信に至りました」

「トアタラってすげえな」


 ここで咳払いが聞こえた。宿の主人だ。彼はようやく立ちあがった。


「お客さん、ベッドと窓格子、弁償してくださいね。280マニーとなります」

「いや、だって、あれは土の魔女が……」

「あなたの部屋で起きたことです!」

「でもおれにはそんな大金……」


 トアタラが宿の主人の前にでてきた。


「わたしが支払います」

「いや、トアタラ、そんなことはさせられない。自分でなんとかする」

「失礼しました。おカネのことは大丈夫でしたか。つい早とちりして、心配してしまいました。おカネならば佐藤もたくさん持っていますものね」


 おれは深く低頭した。


「……申しわけない。いつかきっと返す。貸してください」


 結局トアタラに貸してもらうことになった。ああ、自分が情けない。

 部屋を去ろうとする主人を呼びとめた。


「すみませんが、部屋を替えてもらえませんか」

「あいにく夜なんでねえ。いますぐにっていうのは無理ですよ」


 ようするに面倒くさいのだろう。


「でもベッドも窓格子もあんなんじゃ……」


 するとトアタラが嬉々とした顔を向けてきた。


「わたしの部屋に移ってきませんか」

「いや、それ、マズいだろ。おれは男だし」

「ベッドは2つもあります。部屋の端と端に離せば、佐藤も大丈夫ではありませんか」

「ベッドだけの問題じゃないし。やっぱり男女2人っていうのは……」

「バクウの小屋にお世話になったときには、物置で2人、雑魚寝をした仲ではありませんか」

「だからって、それは無理だ」

「そうでしたね。佐藤はわたしのことが、きら……」

「嫌いじゃない、嫌いじゃない! それは本当だ」


 だからこそ毎日、市場でイグアナ相手に特訓しているんだ。この話は彼女にはまだ内緒だが。


「トアタラ。本当におれが移ってきても大丈夫か」

「はい。わたし嬉しいです。また佐藤といっぱいお話がしたいです。もちろん佐藤には近寄らないよう努めます。それと宿代は気になさらないでください」

「いや、折半にしよう」

「ですが……」


 いくらこっちが金欠とはいえ、そこまでトアタラに甘えることはできない。


「折半だ。頼むからそうさせてくれ」

「そうしてもらえるのでしたら助かります。でも部屋を比較した感じですと、ここより若干値が張るかもしれません」

「別にそれは構わないよ。ありがとう、トアタラ」


 おれは彼女に頭をさげた。

 若干値が張ったとしても、折半ならば現状より高くなることはあるまい……。ん? 本当にそうだろうか。トアタラはきちんと宿代を値切れていたのだろうか。おれは1泊35マニーで宿泊していたが、はたして……。


 荷物を持ってトアタラの部屋に移った。確かに前の部屋より少しだけ高級感があるし広い。


「ここ1泊いくらだ」

「30マニーです。15マニーずつだし合うことでいいですか」


 トアタラはにっこりと小首をかしげた。

 彼女がいうには1泊30マニー。なんと彼女はおれよりずっと安く泊まっていたのだ。


「そ、そうしよう。1人15マニーずつ……。トアタラってやっぱりすげえな」

「何がですか?」

「いいや、別に」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ