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19話 剣の舞


 ______まえがき(登場人物のおさらい)______


【佐藤】一人称は平仮名の『おれ』。職業は踊り子。爬虫類が大の苦手。

【トアタラ】呪いによって人間に変えられてしまった少女。

【フェルザヴァイン】踊り子ギルドの超イケメン。特技『剣の舞』を具有する。

【グラナチャ】踊り子ギルド随一の美女。

【オルファゴ】踊り子ギルドの一員。佐藤に宿を紹介した。

【シャスラ】踊り子ギルドの事務員。

【謎の美少女】職業は歌女(うため)。月夜の晩、佐藤に裸体を見られてしまった。

【土の魔女】魔王の娘。恐ろしい魔法を使う。武器は超長剣のウルミ。



 現れた『土の魔女』に人々が逃げまどう――。

 町の戦士たちではまったく歯が立たず、踊り子の先輩たちもやや押され気味だった。『剣の舞』の使い手フェルザヴァインの参上が待ち遠しい。

 そんなときにやってきたのは、可愛らしい女の子『歌女』だった。

 だけどこの歌女、ぶりっ子全開で何をやろうっていうのだ?



「みんな、もう大丈夫だよ。わたしがきたからね~♪」


 わけがわからない。いや、わかっている。あの子、頭がおかしいんだ。可愛いけど。てか、あんなところにいたら危ないだろ。死ぬぞ。


 ほら、いわんこっちゃない。土の魔女にじっと睨まれているではないか。マジで早く逃げた方がいいって。

 土の魔女の超長剣が襲ってくる。少女は高いジャンプで見事に身をかわした。

 へえ、結構、身軽なんだ。


 着地と同時に腕を前に伸ばす。両手の人差し指と親指で菱形を作った。


「えいっ」


 愛らしい声で叫ぶ。すると菱形の中から野球ボール大の怪火が放たれた。

 いったいなんだなんだ、あれは。

 もしかして魔法? そうなのか? だとしたらすごいぞ、魔法が使えるなんて!

 ただし怪火は弾丸のようなスピードを持っているわけではなかった。案の定、土の魔女の超長剣によって払いおとされた。しかし彼女は怪火を連続でうち放った。さすがの土の魔女も払いおとしきれず、大きく後退するのだった。


 歌女はくるりと弾むように1回転し、ふたたび指で菱形を作った。今度は水を噴射した。さらには彼女の『えいっ』というかけ声とともに、水は氷塊となって土の魔女を襲った。


「わたしたちも負けてはいられないね」


 踊り子の先輩たちの中から、女子3人が前衛にあがった。歌女への対抗意識だろうか。

 彼女たちが舞う。優雅に艶めかしく、それでも激しくきびきびと。


 歌女も次々と魔法を繰りだす。石礫、熱湯、つむじ風を起こした。彼女の魔法のレパートリーには舌を巻く。


 今度は土の魔女が反撃にでた。ムチのような超長剣を器用に操る。やはり敵は強かった。

 建物の中から見守るだけというのが、なんだか申しわけなく思えてくる。ごめんなさい。


 そしてとうとう悲劇が起きた。

 土の魔女の超長剣が、先輩男子ドゥアンの胸部をひと突き――。


 深紅のしずくが舞いちった。

 土の魔女が超長剣をひくと、ドゥアンの体もひき寄せられた。土の魔女の長く伸びた爪が、胸部の裂け目に入りこむ。とりだしたのは、まだヒクヒクと動いている心臓だ。土の魔女はそれを呑みこんだ。

 先輩女子の1人が悲鳴をあげる。


「キャーーーーーー」


 先輩たちと歌女の足が止まってしまった。あんなものを見せられては仕方あるまい。悲劇はまだ終わらなかった。


 土の魔女は続いて、てのひらから『煮えたつ泥水』をまき散らした。

 先輩女子のエレナが運悪く、それを浴びてしまった。途端にエレナが動かなくなった。嘘だろ? こんなときにふざけないでくれ。だが、ふざけているのではなかった。

 彼女はたちまち女像と化していった。


 そんなことって……。

 これが土の魔女の魔法なのか。


 おれは恐怖で身がすくんだ。やはり踊り子が土の魔女に挑むのは無謀だったんだ。なんてったって奴は魔王の娘なのだ。

 さすがに先輩たちも歌女も、戦意を喪失していることだろう。


 そんなとき大空が鳴った。

 聞きおぼえのある音楽だ。


 先輩たちの表情が晴れていく。そしておれの顔も。

 これは『剣の舞』の曲だ。

 フェルザヴァインがやっときてくれたんだ。


 彼は華麗に登場した。白い歯が光っている。


「フェル、遅いじゃねえかよ。ドゥアンが殺されたんだ。エレナが素焼きの像にされちまったよ」

「遅れてすまなかった」


 フェルザヴァインがドゥアンの亡骸とエレナの像を視認する。怒りの眼差しを土の魔女に向けた。

 音楽のテンポが速くなる。フェルザヴァインが曲に乗って動きだす。

 特技『剣の舞』の始まりだ。


 土の魔女は大きく後方へジャンプした。両手のてのひらを地面につく。

 すると大地が揺れた。円状に大きく波をうつ。その円の中心が隆起し、巨大な人形を形成した。


「ゴーレムをだしてきたぞ!」


 叫んだのはオルファゴだ。

 土の魔女はゴーレムというものを具現させた。その物体は大きな2本足で立っており、頭のてっぺんまで3m近くあるかもしれない。上半身がよく発達していて、ひときわ大きなコブシが特徴だ。いよいよ土の魔女の本領発揮ってところか。

 ゴーレムが意思を持ったかのように動いた。そのコブシがフェルザヴァインを襲う。彼がさらりと避けると、コブシはその軌道のまま石畳を砕いてしまった。なんという破壊力だ。まるでビル解体現場の鉄球だ。


 しかしフェルザヴァインも負けてはいなかった。ゴーレムのコブシをかわしながら、剣で巨体の表面をきり削っている。

 彼の美しい剣さばきにはうっとりとさせられてしまう。


 土の魔女はもう1体のゴーレムを具現させた。そちらには歌女が対抗するようだ。可憐な少女が大風を起こし、怪火をうち放つ。


「俺たちもやってやるぜ」


 踊り子の先輩たちもふたたび『武勇の舞』で歌女に加勢する。


 フェルザヴァインの『剣の舞』がゴーレムの巨躯をきり崩す。ゴーレムは手や頭を徐々に削がれていった。やがて胴体と足のみになり、ゆっくりと泥に返っていくのだった。

 もう1体のゴーレムは歌女たちとの闘いを続けていた。ここにフェルザヴァインが参戦する。残る1体に総攻撃をかけた。

 ゴーレムは頭と手足を失い、泥となって消えていった。


 土の魔女の攻撃は、それだけでは終わらなかった。またもや地面に両手をつけると、大地が波をうち、たちまち泥状化していった。

 フェルザヴァインを含む踊り子たちや歌女の足は泥にとられてしまった。力強く無軌道に流れる泥に、みんな立っていられなくなったようだ。


「ここは任せて」


 歌女がキュートな声で叫んだ。


「こんな泥、わたしが固めてしまうわ」


 彼女はどっぷり泥につかりながらも、指で菱形を作った。

 しかしそれより早く、土の魔女が『煮えたつ泥水』を歌女にふりかける。


 危ない!


 女像になったエレナの悲愴な姿が、刹那におれの脳裏を横切った。隠れていた建物から、無意識のうちにとびだしていた。


 歌女が粘土像にされてしまう。早く助けなくちゃ……。


 だがこの距離で、間に合うはずがなかった。おれの目の前で歌女は煮えたつ泥水を浴びた。全身が泥まみれとなった。彼女はやがて女像に……。あれ?


「アツっ。あーもう、泥だらけじゃない!」


 歌女は可愛らしく頬を膨らませた。泥で汚れた顔もまた可愛かった。

 てか、どうして女像にならない?


「わたしを見くびらないでね。あなたの魔法は効かないんだから」


 歌女が顔の泥を払う(……が、あまりとれていない)。そして立ちあがった。

 しかし疲労が限界に達したためか、ふたたび流泥の中に腰を埋めてしまうのだった。

 これはマズい。そんな体勢で土の魔女の超長剣が襲ってきたら、今度こそ歌女はお仕舞いだろう。おれは土の魔女を相手に咄嗟に叫んだ。


「もうやめてくれっ」


 そんなことでやめるはずもないのだが。

 土の魔女に顔を向けると、ちょうど目が合った。その瞬間、土の魔女は背を向けた。そしてそのまま遠くへと走りさってしまった。


 どういうことだ?


 よくわからないが、戦闘は終わったらしい。結局、最後はなんだったんだ。

 ギルドの先輩たちが集まってくる。


「どうして土の魔女は佐藤の顔を見て逃げてったんだ」

「おれにもさっぱりわかりません。こっちが聞きたいくらいです」


 みな、不思議そうにおれを見ていた。



 イベントの再開はない。

 踊り子ギルドの仲間はそれぞれ帰宅の途についた。


 宿に向かいながら首をひねる。

 どうして土の魔女はおれを見た途端、逃げるように去っていったのだろう。

 いくら考えても、心当たりは浮かんでこなかった。


 ん! ぶるっと体が震えた。

 1人で歩いていたおれは、静かな跫音(あしおと)にふり返った。

 ずっとおれの後ろをつけてきたのか? 誰だ。


 背後にいたのは歌女だった。

 あどけない笑顔を向けている。


「偶然ですね。また会うなんて」

「はあ」


 そう。初めて彼女に出くわしたのは、湖で水浴していたときだ。


「よーく前が見えるんですね?」


 小首をかしげてのスマイルは、思わずギュッとしたくなる。

 が、なんの話だ?

 ああ、思いだした。度の強いメガネについてのことだ。あのとき湖で彼女の裸体を見てしまったんだ。しかし見ようとして見たのではない。まったくの事故だ。


「あなたは、その変なのを顔につけているから、前が何も見えないといってましたけど?」

「さ、最近、これをかけても前が見えるようになったんです。修行の成果かな」

「うそつき!」


 顔面にグーのパンチがとんできた。

 おれは路肩の塀に背中をうちつけた。前回は女の子らしく、あまり力がなかったが、今回は力が入っていた。もしかして彼女の魔力が影響しているのか? とにかく痛かった。激しく痛かった。


「あのときはわざと見たんじゃないんです。いま殴らなくたって……」

「わざとじゃないのは理解しました。でも今回は嘘をついていたということで殴りました。でも、いいわ。これですべて許してあげる」


 最後の『許してあげる』の笑顔に、おれは癒された。

 彼女が去っていく。背中を見ながら思った……可愛い。

 また殴られたいかも。





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