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1話 異世界転生


 おれは死んだ。バラ色の高校生活を掴みかけたところだったのに。まったくもって納得いかない。どうしていま死ななくてはならない?

 意思に反して魂は体を離れ、ぐんぐんと上昇していった。


 声が聞こえた。人間のものではないことだけはわかった。


「あなたは15歳と8ヶ月で生涯に幕を閉じることとなりました。これからあの世へ向かいます」


 ああ、本当におれ、死んじゃったんだな。


 雲の高さになったおれの魂は、透明な絨毯の上に乗り、大地を鳥瞰しながら大空を滑っていく。富士山が見えた。美しい。もう二度と見ることはないのだろう。法隆寺も見えた。さらに魂は海を越えていく。あれは万里の長城。もしかして、このまま世界を一周でもするのだろうか。まあ、最期だからなあ。あっ、アンコール・ワットではないか。バガンの古いパゴタ群も越えていった。そして向こうに見えるのは……


 タージマハル!


 兄の部屋にその写真が飾られていたっけ。人類が創造した美の極北ともいえる建造物。

 ここで兄の言葉を思いだした。


『未練を残して死んだのなら、あの世からでもインドを目指せ』


 兄はまともな人物ではなかった――それは幼少期からずっと思ってきたことだが、いまは藁にもすがりたかった。(※兄との会話については、また後日)

 下に小さく見えるタージマハルに手を伸ばす。するとまたあの声が聞こえてきた。


「身を乗りだしてはなりません。万一、あなたがここから落ちて……」


 声はおれの耳を素通りしていった。

 ああ、インドが過ぎていく。

 

「インド、インド、インド……」


 インドの大地に向かって叫んだ。そしてよろけた。


「わあっ」


 思わず叫んでしまった。

 すると例の声も同じように叫ぶ。


「わあっ」


 おれの魂は透明な絨毯から真っ逆さまに落ちていった。

 ヤバっ、このまま死んじゃうのか。あれ? もう死んでたんだっけ。


 落下しつづけるが、地上はまだまだ遠い。

 景色がねじれてゆく。右に左に、上下前後にも。それからありえない方向にまで。やがて何もかもがパッと消え、いっさいが見えなくなった。



 ***  ***  ***  ***



 目が覚めた。ここはどこだ?


 ええと、確かトラックに轢き殺されて……。ああ、そうだ。あの世へ向かう途中でインドが見えたから、身を乗りだして叫んだんだよな。そうしたら透明な絨毯から落ちてしまったんだ。


 おれの下にはふかふかな干し草。正面の上方には小さな窓。月がでている。まんまるの満月だ。窓から差しこむ月光のおかげで、周囲をなんとか確認できる。


「うわっ」


 巨大なモンスターがおれの隣に横たわっていた……と思ったらモンスターではなかった。それは馬だ。馬が眠っている。耳が動いた。ならばここは馬小屋の中か。

 ふうん、馬小屋ねえ。馬小屋……。えっ、馬小屋?


 ハッとした。


 そういえば兄から借りたゲームに似てないか? 異世界ファンタジー物だった。あれも馬小屋から始まった。そう、こんな感じに。


 ならばここは異世……まさか。そんなことがありえるものか。いいや、ありえなくないぞ! だっておれは死んだじゃないか。死んだのに生きてるって、どういうことなんだ。だとすると……。まあ、結論をだすのはまだ早すぎる。とにかく小屋からでてみよう。


 内側から戸を開けた。外からの光で小屋の中はさらに明るくなった。放置された機械というか器具を発見。木製だ。これは昔の簡易織機ではなかろうか。この小屋は厩のほか、物置も兼ねているのか。外に足を踏みだした。


 満天の星が輝いている。見あげた視線をもとに戻すと、車両が見えた。これは馬車用のものだ。4輪馬車と2輪馬車の車両が並んでいる。周囲に平屋の家がぽつりぽつりと見える。小山の上には……たぶんあれは風車だ。あのゲームの世界とそっくりではないか。


 なるほどね。おれはさっき馬小屋で目覚めた。ここには簡易織機や馬車がある。風車も活躍している。古い時代のヨーロッパ風な景色……。


 やはりそうだ。『異世界』に転生したのだ。


 それははっきり断言できることだ。何しろおれは――ちょっと偏ってるかもしれないが――様々な社会勉強(但しゲーム)に励み、数々の小難しい文献(但しファンタジー小説)を読みあさってきた。ここが異世界じゃなくてなんだというのだ。しかもこの風景、兄のゲームによく似ている。


 自分の着ているものを再確認。死んだときの服装、すなわち高校の制服姿だ。鞄はない。ズボンのポケットを探る。財布もなかった。一文無しだ。きついなあ。まあ、仮に財布があったとしても、日本円は使用不可だろう。


 さて困ったぞ。腹も減ってきた。この世にきてからまだ何も食していない。といっても目が覚めてから、まだ十数分程度しか経っていないが。


 まずはカネが必要だ。カネを稼ぐには働かなくてはならない。ならばおれには何ができる? いわゆる『職業』は何かってことだ。実はだいたい察しがついている。


 もし職業が戦士や魔法使いだったら最高だ。モンスター(※馬ではありません)をぱぱっとやっつけて対価を得る。この世界で大活躍することだろう。しかしそんなうまい話はないことくらいじゅうぶん理解している。


 たぶんおれの職業は……。待て待て待て。早まるな。違っていたらどうする? もし推測どおりだったら大変だ。少し頭を整理しながら、その辺を徘徊してみようか。


 夜道を歩いていると立派な屋敷が見つかった。きっと大富豪が住んでいるに違いない。屋敷を眺めながら溜息をついた。やっぱりおれの職業ってあれだよな。ずっと考えてきたけど、それしか思い浮かばない。


 ならばやるしかない。でなければこの世で生きていけない。そう、生きるため、いまから盗みに入る。


 だって、おれの職業は盗賊なのだ。

  ※ちなみに勘違いです。


 決して単なる思いこみではない。あのゲームの中でおれは盗賊だった。しかもおれがその職業を選んだわけではない。数ある職業のうち、不思議と盗賊しか選択できなかった。他の職業を選ぼうとすると必ずエラーがでてしまうのだ。何度も何度も初めからやり直した。でも駄目だった。まるで呪われたような気がした。


 実のところ、盗賊として転生してはみたものの、盗むことに気がひけてしまっている。ゲーム内ではなんの躊躇もなかったのに。


 じゃあどうする? 盗むことしかできないんだぞ?


 よし、慣れるまでは、こう思うことにしよう。この屋敷の主は、きっと悪いことをして財を為したんだ。たとえば庶民からカネを巻きあげたり、あるいはおれみたいな盗賊とかになって大金を盗んだり。でなけりゃ、こんな大邸宅に住めるわけがない。だから盗みに入ったって構うものか。だいたい財産を丸ごと奪うつもりなんてないさ。ほんの小遣い程度の額をいただくだけだ。

  ※なんであろうと犯罪です。


 高い塀を越えた。盗賊の長所は身の軽さだが、もとの世界にいるときより、確かに身は軽くなっている。やはり盗賊で間違いなかった。運がいいことに、夜というのは盗賊にとって絶好の時間帯だ。建物の侵入口を探す。開き戸を発見。


 でもなあ。どうせ鍵は閉まっている。まさか鍵が開いているなんてありえない。もし開かなかったらもう諦めよう。鍵開けの特技なんて、まだ獲得していないし、仕方がないことだ。


 あ、開いた。


 まったく不用心な家主だ。盗賊でも入ったらどうするつもりだよ? おれは屋敷に入った。


 いよいよ罪悪感が重くのしかかる。もとの世界では他人様のものを盗んだことは1度もなかった。ああ、どうしてゲームでもここでも盗賊なんだ。おれはクズだ。最低だ。それでも盗まなければならない。この世界で生きていくために。


 だけどもし盗賊というのが勘違いだったらどうする?

 いやいや、そんなことはない。


 開き戸を閉めなおすと、暗すぎて何も見えなくなった。だから少し開けておく。先に進んでみた。屋敷の住人に気づかれてはならない。相手は富豪だ。とんでもない武器を持っているに違いない。もし闘うことになったら、丸腰のおれには不利だ。


 足音に気をつけた。それでも床が古いせいか、ぎしぎしと鳴ってしまう。とても神経を使う。精神的にかなりの疲労が溜まってきた。


 おや? 誰かに見られているような気がする。だとしたらマズい。目を凝らしてみた。ん! なんだろう。あれは……。


 人がいる。


 心臓が止まりそうになった。

 見つかってしまったか。


 ……なんだ、人形か。びっくりしたなあ、もう。

 人形ならば問題ない。盗むところを見られても構わない。

 人形に近づいた。


「ようこそ、村の大聖堂へ」

「わっ」


 思わず尻もちをついた。ここは富豪の屋敷ではなく大聖堂だったらしい。

 ちなみに人形がしゃべったのではない。人形の足もとにそう書いてあったのだ。


 書かれた文字は漢字や仮名ではない。またアルファベットでもない。もとの世界で見てきた文字ではなさそうだ。強いていえばロンゴロンゴっぽいかもしれない。しかし不思議なことにこの文字を読めてしまった。


 文字が読めるということは、異世界の住人たちと言葉も交わすことができる、と思っていいだろう。この世界についての不安が1つ消えた。


 この人形はこの世界の有名な聖人だろうか。あるいか神か。とりあえず正面に立ってみた。そのときだった――。


 小さな光の板が浮かびあがった。一辺が4~50cmほどの正方形だ。

 何かが書かれている。




 ここはナタン村の大聖堂です。何をなさいますか。

 ・ この大聖堂に寄進する

 ・ 毒の治療をする(有料)

 ・ あなたのステータスを見る(無料)




 毒の治療って有料なのか。そんなことはどうでもいい。

 無料でステータスを確認できるのならば試してみよう。『あなたのステータスを見る(無料)』の選択肢に意識を集中すると、その部分の光が強まった。そして画面が変わる。




 あなたのステータスは以下のとおりです。

 レベル 1  

 職業  踊り子

 攻撃力 6

 防御力 6

 持久力 3

 敏捷性 11

 魔力  1

 魔法  使える魔法はありません

 特技  インド

 所持金 0マニー




 ええと……。レベル1については残念だが仕方ないとしよう。一応、想定内だった。


 でも職業が踊り子ってなんだよ。おれ、盗賊じゃなかったのか。いつもいつも盗賊だっただろ? ならばここは、あのゲームとはまた別ってことになるな。


 踊り子か。それはそれで困ってしまう。踊り子ってどうやって稼げばいいんだ。おれのダンス見てカネをくれるような奇特な奴がいるとでもいうのか。これから先、どうやって暮らしていけばいいんだ。戦士や魔法使いだとか贅沢はいわない。生活のためならば商人とか農夫でもよかった。だけど踊り子……。ハードすぎるよ。ああ、もう無理、無理、無理、無理、無理。生きていけない。


 それにさあ……。普通、異世界って冒険が待っているんじゃないのか。これじゃ悪党やモンスターと闘えないじゃないか。そりゃ、踊り子だったとしても、レベルの高さがある程度あれば、なんとかなるかもしれない。だけどレベル1だぞ? レベル1の踊り子って、強さ的に最低中の最低じゃないのか。もうどうしてくれるんだよ。やっぱり生き残れない。闘ったら死ぬしかない。早くも絶望的に限界的に詰んでしまった。

  ※現実世界の踊り子は、魅力的ですばらしい職業です。


 また困ったことに、というか当然ながら、攻撃力や防御力はたったの1桁。へなちょこスライムにだって負けるかもしれない。スライムがこの世界にいた場合の話になるが。

 だいたい、魔力が1で、あまつさえ使える魔法がナシだったら、わざわざ異世界にきた意味があるのかよ! 楽しい魔法が使えてこその異世界だろ。


 で、なんだ。その特技は。特技といったら風を起こしたり、雷を落としたり、火炎を噴射するものだろ。インドっていつから国名をやめて特技名になったんだよ。滅茶苦茶じゃないか。スライムに襲われたら、やっぱりおれ死ぬぞ。

  ※インドは魅力的ですばらしい国です。


 しょんぼりと背中を丸め、引き返すことにした。大聖堂の建物からでる。

 おれに盗みはできない。でもこれはよかったのかもしれない。


 さらには塀をのぼり、敷地の外側におりようとする。だが木の枝に裾がとられ、着地に失敗してしまった。そのせいで腕をすりむいた。


「ぎゃーーーーーー」


 痛くて大声をあげたのではない。モンスターと目が合ったのだ。

 ん? よくみるとトカゲだった。また叫ぶ。


「ぎゃーーーーーー」


 おれは爬虫類や両生類が大の苦手なのだ。しかも割と大きなトカゲだ。よく知らないがイグアナというやつなのだろうか? たいていのトカゲは昼行性と聞いていたが、こっちの世界では夜行性も多いのかな。


 とりあえず全速力で逃げた。追ってはこない。あたりまえか。

 ふたたび夜の田舎道をとぼとぼ歩く。民家は少ない。ここは異世界の農村だ。

 ああ、お腹がすいた。


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