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17話 2度目のチェックイン

「おう、目を覚ましたか、少年」


 どうやら気絶していたらしい。

 起きあがったおれに声をかけたのは、イグアナを追っていた中年男だ。心配してくれているようだ。

 彼の抱えているイグアナがちょろりと舌をだした。その先っちょが鼻に触れ、おれはまた気絶した……。



 ふたたび目を覚ますと、彼は会釈して去っていった。

 やれやれ、こんなところでシエスタ(気絶)するなんて予定外だったぞ。

 ランチに向かおうとするが、食欲は完全になくなってしまっていた。たぶんいま食べたら吐く。だから昼食は抜くことにした。


 市場をでる。これから宿探しだ。今朝、ホテル・バラーティオをチェックアウトしたので、別の宿に移らなくてはならないのだ。どうせなら、この長い昼休みの間に見つけてしまいたい。できれば職場――すなわちギルド――の近くがいい。

 ギルドの近辺で2軒の宿屋を見つけた。“近辺”とはいってもどちらもギルドから徒歩で10~20分くらいかかる。1軒目の宿屋には空き部屋がなかった。続いて2軒目を訪れた。宿の主人がいうには「空き部屋ならある」とのことだ。ちょっとホッとした。宿の主人が台帳を開く。

 ここで過去の失敗を生かさなければならない。2度とトカゲのでる宿なんかに泊まるものか。では料金交渉の前に……。


「先に部屋を見せてくれませんか」


 宿の主人はニヤリとした。おれにはその微笑の意味がわかる。『コイツ、できる奴だ』と思ったに違いない。


「ついてきてください」


 宿の主人が部屋に案内する。暗い階段をあがり、3階の部屋を見せてもらった。ホテル・バラーティオのものよりずっとマシだ。これならばトカゲもでてこないだろう。気になるのは金額だ。


「1泊いくらですか」

「120マニーです」


 そんなにするのか。ホテル・バラーティオの部屋より40マニーも高い。トカゲを避けるためには仕方のない金額なのか? よしっ、値切ろう。交渉開始だ。


「100マニーにしてくれませんか」


 交渉は時間をかけてゆっくりと気長に……。

 ところが宿の主人はこうでてきた。


「お客さん、ちょっと待ってください。宿泊料の話はあとです。部屋をもう1つ見てからにしてください」


 それもそうだ。まだ部屋があるならそっちも見たい。

 最上階の部屋に案内してもらった。部屋の中を見て驚愕した。とても清潔で高級感があった。いや、こんな部屋、高すぎて泊まれないだろ。最初に見せてもらった部屋にする、とおれは宿の主人に告げようとした。

 しかし先に口を開いたのは、彼の方だった。


「180マニー……といいたいところですが、ここ1ヶ月、この部屋に宿泊したいというお客さんがいません。このまま空き部屋にしておくのはやはりもったいない気がします。そこで特別に130マニーとしましょう。いいえ、大サービスです。125マニーで構いません」

「えっ、125マニーですか?」


 最初に見せてもらったボロ部屋と5マニーしか違わない。それなのに高級感は雲泥の差だ。

 さあ、どうしよう。

 宿の主人がいう。


「ですが……条件があります」


 ほーら、きた。条件の提示だ。どうせそんなことだろうと思ってた。うまい話なんてなかったんだ。まあ、一応、聞いてみようか。


「その条件って?」

「ここは空き部屋状態が続いていましたからこそ、安い金額を提示させていただきました。もし宿泊したいというお客さんが現れましたときには、この部屋をお譲りください」

「は? それだけですか。なーんだ、そういうことでしたら、まったく問題ありませんよ。あたりまえです。喜んで部屋を移りましょう。そのときまで125マニーで泊まれるなんて、おれ、すっげえラッキーです」


 宿の主人と握手を交わした。宿の名はホテル・ペピーノベルディオ。


 長い昼休みも終わりが近づき、ギルドに戻った。

 新しい宿にチェックインしたことを仲間に話すと、みんなが笑顔で聞いてくれた。

 しかし憐みの眼差しを送る人物が1人いた。彼の名はオルファゴ。こんな話をしてくれた。


「たぶんホテル・ペピーノベルディオの主人は、最初にわざとボロい部屋を見せたんだろうな。次にトップクラスの高級な部屋を見せた。いい部屋を見ちゃうと、そこよりランクをさげるのが嫌になるってくるってぇーのが人情だ。主人はそこを狙ったわけだ。きっと初めの部屋の料金は、実はボリボリにぼったものだった。そして2つ目の高級な部屋の正規料金をいう。たとえば大サービスだとかいってな。もし初めのボロ部屋と5マニーや10マニーしか違わなければ、世間知らずな佐藤は喜んで高級な部屋にとびつくんじゃないのか。つまり高級な部屋をディスカウントしたんじゃなくて、1つ目のボロ部屋を異常なまでに高く設定したんだ。まあ、宿屋のビジネスとしては常套戦術だな」


 おれは開けた口を閉じるのを忘れていた。ただ茫然としていた。まったくオルファゴのいうとおり、おれは世間知らずだった。まんまとあのオヤジに嵌められたわけだ。

 オルファゴが肩を叩く。


「カネを払っちまったんなら仕方ねえさ。せっかくだから、今晩は高級な部屋でゆっくりくつろげ。あしたまた宿を移りゃいい」

「でもなんだか自信がなくなりました。どこへ移っても、いいようにやられるだけのような気がします」

「ああ、だったら俺の親戚んちの宿にでも泊まるか? ここからちょっくら遠いが、ぼられる心配はねえ」

「それじゃ、お願いしてもいいですか」


 翌日、オルファゴの親戚が経営する宿に移った。宿名はホテル・スワスワ。

 ホテル・ペピーノベルディオで最初に見せてもらったボロ部屋と同等のレベルだ。まあ、このくらいならば、トカゲのでる心配はなさそうだ。1泊あたりの料金はたったの35マニー。なんとトカゲがでたホテル・バラーティオよりも安かった。


 いままで本当にぼられまくっていた。腹立たしさよりも情けなさの方が大きい。とにかくギルドにオルファゴがいてくれてよかった。

 ※このあとオルファゴは新しい宿の主人から10マニーのKB(キックバック)をもらいました。



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