15話 特技ふたたび
フェルザヴァインの『剣の舞』は素晴らしかった。敵である土の魔女についてはよく知らないが、彼の技なら絶対に勝てると思えてしまう。
だがおれにだって特技はある。それを用いて山賊長を倒した実績もある。倒したといっても、あれはトアタラとのコンビがあってこそだったが。
とにかくここで特技『インド』を見せてやることにした。最低だった評価を覆すのだ。
ギルドの仲間たちの顔をうかがう。正直、あまり期待はされてなさそうだ。レベル2だからって舐めるんじゃねえぞ。
胸を張って、中央へ闊歩する。
前回の特技インドを思いだす……。
ナタン村にいたときのことだが、山賊長の汚いキスが頬にとんできた。あれは酷かった。
しかしここには美女がたくさんいる。特に美しいのがグラナチャだ。おれは彼女を指差した。
「こっちにきてくれませんか」
周囲が笑う。
グラナチャが歩いてきた。苦笑しながら。
甘い匂いが漂う。ああ、なんて美しいんだ。
ギルドの仲間たちが口々にいう。
「ほう、ペアダンスか」
「グラナチャをご指名するとはいい度胸だ」
「大きくでたもんだな、少年」
「レベル2の新入りとグラナチャのペアだと? 違う意味で面白そうだ」
笑いたきゃ笑え。
おれの特技に驚くなよ。
グラナチャが眼前に立った。化粧品の匂いが鼻を刺激する。離れているときには、甘くていい香りに思えたが、間近にくるとさすがにきつかった。でもそれは我慢しよう。こんな綺麗な人と踊れるのだから。
さあ、特技インドの発動だ。
特技を使いたいと念じる。脳内に光の画面がでてきた。
特技を使いますか
はい いいえ
当然「はい」を念じる。画面が切りかわった。
特技を選択してください
* インド
1個しかないがインドを選択。
また画面が切りかわる。
特技を選択してください
* 本インド
* 西インド諸島
あれ? 初めて見る画面だ。選択肢が2つになったぞ。そうか、おれ、レベル2になったんだ。きっとそのせいで選択肢が増えたんだ。
ここでは西インド諸島は関係ない。迷わず本インドを選択した。
残念ですが本インドは屋内では使用できません。戻りますか。
はい いいえ
あれが使えないのか? これはマズい。
元の画面に戻り、仕方なく西インド諸島を選択した。不安でいっぱいだ。
特技を選択してください
* レゲエ
* メレンゲ
* ソン
レゲエしかわからん。メレンゲとソンってなんだ?
もうなんだっていい。真ん中のメレンゲを選択。もうひき返せない。
変な画面がでてきた。
現在、準備中です。さて、メレンゲはドミニカ共和国で盛んに行われており、中米諸国でも愛されています。ちなみにドミニカ共和国とドミニカ国は別の国家であり、前者はスペイン語圏、後者は英語圏に属しています……
また準備中だ。何やらメレンゲの解説が始まってしまった。しかも話が長い。そんなに準備が必要なのだろうか。読むのが面倒なので無視していると、画面が変わった。
ここはきちんとお読みください。試験にでますよ?
でるわけねえじゃん!
しばらくしてやっと解説が終わり、『特技開始すます』の文字が浮きでてきた。
音楽が鳴る。やっと発動だ。
タッタッタッタラータタッ♪
軽快な音楽だ。心が曲に乗ってくる。音楽に操られ、体が動く。
グラナチャと体が密接する。
ああ、これはヤバいって。でも嬉しい。
一緒に激しく腰をふる。くねくねと。立ったり座ったり回ったり。
みんなも踊っている。いや、踊らされている。事務のシャスラも。
特技発動はこれで2度目ということもあり、心に余裕ができたのだろう。いま、おれは最高に楽しんでいる。しかも相手は汚い山賊長ではなく、究極的美女のグラナチャだ。キスはとんでこないが、ときどき胸が当たっている。
音楽が終了した。
いい汗をかいた。みんなも楽しそうだった。もちろんグラナチャも……。
そのグラナチャからビンタをもらった。
どうしてだ。あんなにノリノリだったのに。
しかしほかの仲間からは好評だった。
フェルザヴァインも笑顔でポンと背中を叩いてきた。
シェスラが難しい顔をしている。彼女に評価を尋ねた。
「どうっすか。おれの特技」
「とてもいい踊りでした。周りの人々も踊らせてしまうなんて、いままでなかった特技ですね。ですがビジネスとしてはどうでしょう。文化の違いは大きな問題です。一般人に受けいれられるためには、まだ何年も時間を要すかもしれません」
話を聞いていたフェルザヴァインがいう。
「新しい風は文化や芸術に必要だ。ただ見せるだけの踊りだけでなく、観客たちと一緒になって踊るというもいいじゃないか。マーケティング次第では大きなビジネスにつながると思うぞ」
「そうおっしゃるのでしたら、検討させていただきます」
おカネについては、青光石を担保に借りることができた。その代わり毎日、雑用の仕事にこなければならない。とりあえずどこかの宿には泊まれそうだ。少しでも安い宿を探そう。
ギルドをでて大通りを歩く。
古そうな宿屋を見つけた。宿の名はホテル・バラーティオ。建物に入っていった。中もボロそうだ。これは安いに決まっている。さっそく値段を聞いてみた。85マニーだという。
どうしよう。相場がわからない。必死に考えた。悔しいことに、この世界にきてからずっとぼられっ放しだ。そう何度もぼられて堪るか。
85マニーかあ。妙案が浮かんだ。
ここで帰るふりをしてみよう。
「高いな」
そう一言残して宿を去ろうとする。
宿の主人はいった。
「83マニーでどうだ」
ほらきた。作戦成功だ。しかしここで妥協はしない。
攻めるのだ……。
「80マニー」
こっちからさらに安い金額を提示してやった。さあ、どうくる?
宿の主人は溜息をついた。
「OK」
しぶしぶといった感じだ。部屋に案内された。やはりおんぼろだった。蒲団も不潔っぽい。ちゃんとシーツを洗濯しているのだろうか。酸っぱい匂いがする。
それでも85マニーから80マニーに値引きしてもらったんだ。文句はいわない。
夕食も節約しよう。
パンとハムを買い、部屋の中で食した。




