14話 踊り子ギルド
古くて大きな建物だ。ここが踊り子ギルドか。この中はどうなっているのだろう。どんな人たちがいるのだろう。緊張するとともにワクワクしてきた。
大きな戸を開いてみると、そこには老若の美男美女がたむろしていた。彼らの発するオーラがきらきらと眩しい。なんだかおれには場違いのような気がする。踵を返そうかと思ったところで、声をかけられた。
「もしかして、あなたも踊り子?」
齢20くらいに見える女だ。その美貌と色気は怪物級であり、この中でも特に目立っていた。
「ステータス上、そうなっています」
「ふうん。それで挨拶にきたの?」
「はあ。仕事がほしくて」
ほかの美男美女たちも興味深そうに集まってきた。
「レベルは?」
「2です」
みな、困ったように顔を見合わせる。やはりレベルが低すぎるのか。事務員だと思われる女がやってきた。ギルドに入るためには、一応手続きが必要だという。
「入会料は60マニーです」
「すみません。おカネは1マニーも持っていません」
「持っていないですって?」
「だから働きたいんです」
齢40くらいの男が寄ってきた。これでもかっ、というくらい若づくりしているのが見てわかる。
「キミ、きょう焼き飯屋にいたね。突然、嘔吐したもんでみんなに賠償金支払ってたけど、あれは払いすぎだ。無関係な通行人までもが客になりすまして、キミからおカネをもらっていたぞ。人がよすぎる。まあ、ボクはキミにおカネを返すつもりはないけどね。でもいい社会勉強になったのじゃないかな」
周囲からどっと笑いが起きた。
「えっ、払いすぎでしたか。こんな勉強はしたくなかったです」
「なあ、シャスラ。可哀そうな少年だ。なんとかしてやってくれないか」
事務の女はシャスラというらしい。彼女が尋ねてくる。
「入会料60マニー分の担保になるようなものはお持ちですか」
山賊長との闘いで得た青光石を差しだした。シェスラはそれを受けとると、建物からでていった。鑑定してもらいにいってくるとのことだ。
ところで最初に声をかけてきた女に、じっと顔を見られている。
「えっと……何か」
「名前は?」
「佐藤です」
別の男が彼女にいう。
「グラナチャ、若い子をいじめるんじゃねえぞ」
「失礼ねえ。いじめてなんかいないでしょ」
彼女の名はグラナチャというらしい。彼女がふたたび尋ねる。
「あなた、どんな踊りが踊れるの?」
「いえ、ボク、踊れません」
「冗談いってるの? ここは踊り子ギルドよ。踊れない人が仕事を求めにくるなんて、常識的にありえないじゃない」
そっか。踊り子のギルドだから踊れなくちゃ話にならないのか。
じゃあ、どうしよう。
「まあ、いいわ。シャスラが戻ってきたら、あなたは踊りの実力を見せなくちゃならないもんね。わたしも一緒に見させてもらうから」
これは困ったぞ。いきなり踊れなんていわれても無理だ。
帰りたくなったが、青光石を渡してしまっている。
あれを預けたまま帰るわけにはいかない。
しばらくしてシャスラが帰ってきた。何やら笑顔だ。
「すっごくいいもの持っていたじゃない! これを担保におカネを貸すことができます。あなたは少しずつおカネを返してくれればいいのです。さて、あなたの実力を見せていただきますね。何か踊ってみてください」
ほら、きた。やっぱり踊らないとならないのか。
これまで踊ったことなんて1度もなかった。
いやいや、あったぞ。小学校祭りの盆踊り。振りつけは、昭和の頃に体育の先生と音楽の先生が考えたものらしい。しかしその振つけをまったく覚えていない。ほかに覚えているものといったら……。
ああ、アレがあった。同じく小学生の頃の話だ。夏休みだというのに、朝6時半に集団でやらされていたっけ。たしか子供会が主催の……。
仮にその名を体操Rとしよう。体操Rの振りつけはいまでも覚えている。その体操Rが踊りかと聞かれれば、堂々とYESといえないところはあるけれど、おれにはもうそれしかないのだ。ただし自信はあった。体操Rは体育でもやっていたし、実は褒められたことがあった。指先まできっちり伸びていて綺麗だと、先生からいわれたのだ。ときには手本としてみんなの前でやらされたこともあった。
音楽はない。頭の中でメロディーを奏でた。
よし、まずは両手を上にあげて……。
体操Rを披露してやった。
ところが半分もいかないうちに中止させられた。
これは踊りではないとのことだ。
「待ってください。おれの国じゃ、これが最高級のダンスなんです。ああ、文化の違いでしょうか。あなたがたは異文化に不寛容なんですね」
「もちろん世の中には様々な踊りがあっていいのです。けれどもここは職業ギルドです。踊っておカネをもらわなくてはなりません。どれほど素晴らしい踊りでも、需要がなければ使いものになりません」
そういわれると何もいえない。体操Rではおカネを稼げないかぁ。
「お願いです。踊りを教えてください」
「では、あなたの才能を見させてもらいますね。いまからわたしのするステップを真似してみてください」
シャスラはステップを見せてくれた。単純なステップを2度くり返す。
おれはステップに挑んだ。簡単そうだったが、やってみると難しい。
全然できていないのだと自覚した。周囲の溜息に包まれる。
「あなたが踊り子として稼ぐにはあと5年はかかるかもしれません。それまでギルドの雑用でもしていてください。まったく稼ぎがないよりはマシでしょう」
雑用だったとしても歓迎だ。
というか、そのつもりできたのだ。仕事があるのはありがたい。
男たちがいう。
「ああ、謎の踊りのあとは、フェルザヴァインの踊りが見たくなってきた」
「そういえばフェルザヴァイン、新しい踊りを身につけたんだってな」
そしてグラナチャもいった。
「わたしも見たい。フェルザヴァインの剣の舞」
「剣の舞?」
聞きかえすとシャスラが教えてくれた。
「踊り子は普段から体を鍛えているにもかかわらず、世間では軟弱なイメージが持たれているのです。たとえば近頃この町に『土の魔女』が出没していますが、それを倒してくれるような英雄が人々から待望されていまして……。けれども熱い視線が送られるのは常に戦士ばかりです。英雄がわたしたち踊り子の中からでてくるとは、町の誰からも思われていないことでしょう。しかしわたしたちは信じているのです。フェルザヴァインが土の魔女を倒してくれるのだと」
土の魔女という言葉がでてきた。
それについて尋ねてみるとこう話してくれた。
「土の魔女は悪しき魔王の娘。男の心臓を食して生きています。また女を素焼きの粘土像に変えてしまうという、とても恐ろしい魔法を持っています」
素焼きの? おれはハッとした。
「もしかして町じゅうにある女像のことですか」
「そうです」
あまりの恐ろしさに背筋がひんやりしてきた。
あれらは生きた人間が像に変えられたものだったとは。
「もとには戻らないんですか」
「いまのところ方法は見つかっていません。だからこそ、これ以上被害者がでないよう、わたしたちはフェルザヴァインの新特技『剣の舞』に期待しているのです」
ここでみなの視線が1人に集中した。
かなりのイケメンだ。困ったような顔をしているが……。
彼はみんなの前にでてきた。そのイケメンがおれに向く。
「やあ、新入りくん。おっと名前は佐藤だったかな。キミのギルド入会を祝って、ボクの新しい特技をここで披露しようではないか」
彼がくだんのフェルザヴァインだったらしい。歓声と拍手がこの場を包んだ。シャスラが音楽を鳴らしにいこうとすると、彼はそれを止めるのだった。
「剣の舞はボクの特技だ。音楽なら壁や天井が勝手に鳴らしてくれるさ」
爽やかな笑顔だった。
シャスラが「はい」と返事をしたところで、音楽が始まった。
彼のいったとおり、音は壁や天井から響いてきた。
フェルザヴァインが剣を抜く。
初めは優雅に。そして動きは素早くなっていった。目にも止まらぬ剣さばき。まるで千本の剣を扱っているよう。あまりにも美しかった。この場の誰もが彼の舞に恍惚となっている。
剣の舞が終わると大拍手が起きた。もちろんおれも手を叩いている。心から感動したのだ。これがプロの踊りか。
男の1人がおれにいう。
「どうだ、すごいだろ。あの剣さばきならば、土の魔女を倒してくれる。いいか、佐藤。剣の舞に関しちゃ、口外無用だぞ。町の連中に早く披露させてえけど、土の魔女と闘うまでは、このギルドだけの秘密だ」
「わかりました。誰にもいいません。ですがシャスラさん……」
おれはシャスラに視線を移す。彼女はまだ剣の舞の余韻に浸っていた。しかし呼ばれたため、こっちを向いた。ちょっと不満そうだ。
「……さっきのおれの踊り、職業用としてはいい評価をもらえませんでしたが、彼のように特技を使った踊りでもよかったんですか?」
シャスラが驚愕する。
「特技……ですか? 5000人に1人という特技のことですか? もしかしてあなたも特技を?」
「はい。踊りに特技を使いたいので、再試験してもらえませんかねえ」
誰もがおれに注目した。




