13話 歌女
______まえがき(登場人物のおさらい)______
【佐藤 (Lv.2)】一人称は平仮名の『おれ』。職業は踊り子。爬虫類が大の苦手。
【トアタラ (Lv.2)】呪いによって人間に変えられてしまった少女。
歌声の聞こえてくる方へと歩いてみた。
大通りの交差点を曲がる。そこにもまた女像があった。
あっ、見つけた。歌声はあそこからだ――。
女像の脇に高さ10cmほどの台が置かれ、その上で女の子が歌いながら踊っていた。もとの世界でいえば中学生くらいの年齢か。場合によっては小学校高学年にも見えるかもしれない。とてもキュートなルックスだ。
軽快なリズムの歌に小さな体を合わせ、ぴょんぴょんと、とび跳ねるように踊っている。おれにはロリコン趣味などないが、さすがにあれは可愛く思えてしまう。通行人たちが足を止めている。大勢が見物している。みんな彼女の歌と踊りに癒されている。もちろんおれも。
ただ歌声に関しては微かに違和感のようなものがあった。無理して甲高い声をだしているような……。声がつぶれるのでは、と心配になってくる。
一瞬だが、彼女と目が合った。たぶんこのメガネが目立つせいだろう。この世界にはメガネが存在していないのだ。
歌と踊りが終わると人々は散っていった。彼女は台を自ら撤去している。
ここで通行人に尋ねてみた。
「あの子は?」
「可愛いだろ? 歌女さ」
「歌女?」
「歌いながら女像を慰めていたんだよ」
女像を慰めるってどういうことだ。
「町の女像には、どんな秘密があるんですか」
「興味本位で聞かないでおくれよ」
話してはくれなかった。
寄り道をしてしまったが、ペットショップの店員が教えてくれた市場に到着。薬草エリアを抜けたところに精肉エリアがあった。その奥では生きた食用獣が売られていた。ウサギだ。それからイグアナもいた。やっと見つけたぞ! しかし見つけてしまったという気持ちも半分。やはりおれには恐怖だ。グロテスクな外見を眺めるだけで背筋が寒くなってくる。
気合を入れてイグアナの約10m前に立った。ぶるっと体が震え、全身に鳥肌が立つ。あんなものに触るなんてできそうにない。まあ、少しずつ慣れていこう。イグアナに向かって1歩前にでた。そしてもう1歩前に。
ふう。きょうはこのくらいが限界か。あしたは9m手前から始めよう。もちろん正確に距離を測れるわけはなく、あくまで目見当での9mだが。
さて、宿を探そうと思ったが、腹が空いてきた。先にメシを食べることにしようか。幸いにも看板の文字は読める。焼き飯屋を見つけた。異世界でもチャーハンみたいなものが食えるのか。これはありがたい。
さっそく焼き飯屋に入った。店員のお姉さんによれば、メニューはないとのことだ。大盛と並盛があるだけらしい。料金を聞き、大盛を頼んだ。
タマゴなしのチャーハンがでてきた。すなわち厳密な意味でのチャーハンではない。その代わりに肉と野菜はたっぷり入っている。しかもスープつきだ。うっかり「いただきます」を口にしてしまったが、こっちの世界でそれをいう習慣はない。しかしそんなことは構わず、スプーンを口に運んだ。うん、結構いける。おれの食べっぷりに店員のお姉さんが微笑んだ。
「おいしいですか」
「はい、チキンがこんなにも入っていて」
ほかの客たちも笑った。ただし店員の微笑とは質の異なるものだ。
はて……。おれ、変な冗談でもいったか?
すると客の1人が教えてくれた。
「おいおい、兄ちゃん。チキンみたいな高級食材がこんな小さな町にあるわけねえだろ。贅沢できるのは貴族さんだけだ」
これがチキンではない? どういうことだ。チキンが高級食材? もしかして、ヤモックさんの奥さんがだしてくれた料理も、実はチキンではなかったというのか。
「じゃあ、これはなんの肉ですか」
「イグアナだろ。知らねえのか」
え?
おれの嘔吐物がテーブルを覆った。
当然ながらこの粗相は高くついた。店員も客たちも、もう笑顔なんてない。ここは大勢が食事をする場所なのだ。店への罰金だけでなく、客たちにも迷惑料を支払うことになった。おれはあっという間に、無一文に逆戻り。それにしても賠償ってこんなに高くつくものなのか。客たちの話ではまだ足らないという。だからひたすら低頭した。
さて、困った。宿に泊まるカネがなくなった。
そうだ。ギルドへいってみようか。仕事があるかもしれない。
でも踊り子のギルドって、この町にあるのだろうか。
踊り子のギルドを探すことにした。路肩の人々に尋ねてみる。多くの人は知らないと答えてくれた。厄介なのは、知らないくせに知らないとはいわず、親切に(?)適当な道を教えてくれる人たちだ。おかげで無駄に歩きまわってしまった。
そんなとき救世主が現れた。場所を知っているという爺さんだが、そこまで案内してくれるのだという。歩行はかなり遅かったが、おれは感謝の気持ちでいっぱいだった。爺さんは大きな建物の前で止まった。その建物をまっすぐ指差している。どうやらそこが踊り子のギルドらしい。本当に親切な爺さんだった。
爺さんが右手をだす。握手か? おれはその手を握った。爺さんが首をふっている。なんだ? どうやらチップがほしいらしい。
「ああ、おれ、一文無しなんで」
爺さんはおれに蹴りを入れ、踵を返していった。




