12話 女像の町
______まえがき(登場人物のおさらい)______
【佐藤 (Lv.2)】一人称は平仮名の『おれ』。爬虫類が死ぬほど苦手。
【トアタラ (Lv.2)】呪いによって人間になった少女。
ジャライラの町へ向かう馬車に揺られている。トアタラも一緒だ。心優しい彼女は少し離れたところに座ってくれている。
牧歌的な景色が続く。
車輪のガタゴトという音を聞きながら考えごとを始めた――。
人間に怯えるトアタラは、初対面のおれにリンゴを乞うた。見知らぬおれのことは怖くなかったのだろうか? ああ、そうだった。会ったのはあのときが初めてではなかった。2度目だっけ。彼女の呪いは満月に解ける。そう、あの日は満月だった……。村の大聖堂からでてきたおれは、トカゲを見て慌てて逃げた。あれは単なるトカゲではなく、ムカシトカゲに戻ったトアタラだったのだ。
こんなことがあったから、おれが爬虫類を食うような人物ではないのだと確信し、安心して声をかけてきたのだろう。
それからもう1つ……。
山賊たちとの戦闘の際、上空からのインド・ミュージックにつられて、その場の誰もが踊ってしまった。その中でトアタラは音楽の終了と同時に、山賊長に半月刀をつき刺すことができた。つまり音楽が終わる前までに、半月刀を握っていたことになる。どうしてトアタラだけが音楽に行動を強制されなかったのだろう。
もしかしてそれは『呪い』と『インド』の力関係によるものなのか。たとえば仮に力が『呪い』よりも『インド』の方が大きかった場合、『インド』の前では『呪い』の効力は失われるとしても不思議はない。つまり人間として見なされないことになる。ゆえに特技発動中、『インド』はムカシトカゲにすぎない彼女の自由を許した――たぶんそんなところか。
山を越えると、町が見えてきた。
乗客たちはそこがジャライラの町だという。ようやく到着か。
町の馬車ターミナルで、ほかの乗客たちと一緒に下車した。
ターミナルの隅に、人間とほぼ変わらない大きさの女像が立っていた。それは素焼きの粘土でできているようだ。奇妙なことに頭や肩に布がかぶせてある。雨による劣化を防ぐためか。鑑賞用とするならば、屋内に設置すればいいものを。
女像を眺めていると、馬車に同乗していた中年女が教えてくれた。
「それはねえ、哀れな女像なんだよ」
「哀れなって?」
彼女は悲しそうな面持ちで首を横にふった。
詳しくは説明してくれないらしい。宗教的なタブーなのか?
乗客たちが散っていく。
ジャライラまでの旅を終えたおれとトアタラは向きあった。
彼女が右手を差しだしてきた。別れに握手しようというのだろう。
だがここでおれは、とんでもない行動をとってしまった――。
トアタラが1歩踏みだすと同時に、おれは1歩後退するのだった。彼女の手を握りかえすことができなかった。触れるのが怖かったからだ。彼女が元ムカシトカゲだという些細な理由だ。呪いをかけられたいまは普通の人間なのに。
自分に嫌悪感を抱き、落ちこんだ。
しかし彼女の方がはるかに傷ついているはずだ。
トアタラは何ごともなかったように手をさげ、こんなおれに笑顔をくれた。
いい子すぎて辛い。それなのにおれは、おれは、おれは!
彼女は一礼し、去っていった。おれは彼女の背中を見送るだけだった。
心の中で何度も詫びた。
本当にすまなかった、トアタラ。
この爬虫類嫌いをなんとか克服できないものか……。
宿を探す前に町を歩いた。泊まるなら立地面で便利なところがいい。しかし町の地図を持っていないので、こうやって歩きまわってみることが大切だ。ついでに町の土地勘でも養おうか。
1軒の店の前で足を止めた。ペットショップだ。
へえ、この異世界にもそんな商売があったのか。
ここであることを思いついた……。
とりあえず店の中に入ってみる。犬、猫、ウサギ、リス、小鳥などがいた。
爬虫類はいなかった。亀さえも。ならば訓練にはならない。
「いらっしゃいませ」
女店員だ。顔立ちは整っているが、おれより10歳くらい上だろう。
優しそうな笑顔だ。
「トカゲ類はいないようですね」
「トカゲですか? この町でトカゲをペットにしようとする人なんて、いままで聞いたこともありませんから」
「そうですか」
残念ではあったが、臆病なおれの心の隅には、ホッとした部分もあった。むろんトカゲがいたとしても、買うつもりはない。近づく練習をするのが目的だった。店員にとって嫌な客だが。
しかし彼女はこんなことを教えてくれた。
「トカゲでしたら、市場にいけばたくさん売ってますよ。食材としてですが、生きているトカゲを売ってる人もいます」
いい話を聞いた。
店員に礼をいい、市場に向かった。
町には馬車ターミナルで見たような女像が乱立していた。
大通りのド真ん中に置かれたものもあった。
往来する馬車がそれを避けながら進んでいる。
こんなところに設置した人はいったい何を考えているのやら。
どこからか女の人の美しい歌声が聞こえてきた。
なんだろう?




