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11話 メインヒロイン


 トアタラは激白した――。彼女が爬虫類のムカシトカゲとして生を受けたことを。そして呪いにより人間に変えられたという事実を。


 ここでバクウがトアタラにいう。


「わしがトアタラを嫌っているというのは誤解だ。話は少し長くなるが、この村、いいや、この地方一帯で、食用肉の代表といえばトカゲ肉だ。牛馬バッタ以上に食されている。だがわしは、ああいった淡白な味の爬虫類の肉を、うまいなんて思ったことはない。はっきりいえば嫌いなんだ。この話がどっかで捻じれて、トアタラが嫌いなんて伝わったのだろう。わしはトアタラがどうのなんて思ったことはねえぞ。そう、嫌っちゃいねえよ。それどころか割と親切にしてきたつもりだぞ。もう1度くり返すが、食用として爬虫類は嫌いだということだ」


 トアタラはこくんと首肯した。バクウが話を続ける。


「それからお前はまだ誤解している。確かにここの村人は、大きなトカゲを見れば、捕まえて食おうとする。だけど村人はお前のことを人間だとみなしている。誰も食おうとなんてしねえよ。村人にあまり怯えないでくれ。我々の方が悲しくなってきちまう。わしら村人のことがまだ怖いか?」


 トアタラは小さくうなずいた。


「はい、まだ少し怖いです。でもバクウがいい人だということは知っています。村に親切な人が多いことも知っています。時間をかければ、怖いという気持ちもなくなっていくと思います」

「そうか。だがな、呪いの解ける満月の夜だけは気をつけろよ。お前だとは知らず、食おうと捕まえてしまうかもしれねえ」


 すると彼女はほんの少し微笑んだ。


「実は前回の満月の夜、ムカシトカゲに戻ったわたしを見ても、襲おうともしない紳士に会いました。その人は村の大聖堂からでてきました。あとでその人の名前を知りました。彼の名は佐藤……」


 恥ずかしそうに、また不安そうに、こっちに視線を送る。


 おれはバクウと彼女の会話の半分も聞いちゃいなかった。トアタラの真実を知ったとき、驚愕を超えて卒倒しそうになったのだ。いまだに頭がボーっとしている。


 爬虫類が苦手なのだ。怖いのだ。ただ目にするだけで身震いしてしまう。トアタラは何も悪くない。だがこればっかりはどうしようもない。生理的に受けつけることができない。駄目なものは駄目だ。人間ならば苦手なものくらい、1つや2つはあるものなんだ。


 バクウはおれの表情から思考を読みとったようだ。

 笑いながら背中をバチンと叩く。


「なあ、少年。もともとトアタラは若い雌トカゲだった。だが呪いをかけられたいまは、ごく普通の人間の少女だ。心は人間。知性、思考、行動、価値観、外見、すべてが人間。どこからどこまでもが人間だ。もし交尾でもすりゃー、きっと人の子だって生まれるだろうさ。人間と変わりなく喜び、悲しみ、悩み、怒り、笑い、泣き、羨み、照れ、愛し、恋し、傷つくんだ。少年なら理解できるはずだ」


 そういわれても無理だ。トカゲと耳にするだけで鳥肌が立ってくる。


「佐藤、わたし……」


 虚ろな瞳を向けている。


 わかっているさ、頭ではな。毒はないし、咬みつかないし、肌はザラザラでもツルツルでもヌルヌルでもない。おれの知っているトアタラに、爬虫類の要素はいっさいない。だけど無理なんだよ。爬虫類だけは。たとえいまが人間であっても。


 これからおれはトアタラにNOをいい渡す。旅に連れていけない。約束を破棄する。おれを憎んでくれ。怨んでくれ。罵倒してくれ。おれは最低な奴なんだ。


「……あなたと旅ができますか」

「トアタラ。約束していたのに、ごめん。一緒に旅はできない」


 トアタラはうつむいた。表情は見えない。

 おれはトアタラを傷つけた。


「少年。トアタラはいまではすっかり人間だ。生まれたときがトカゲだったことは、お前にとってそんなに大きな問題になるのか」

「トアタラが素敵な人間の女性だということは、頭の中でよく理解しています。だけど駄目なんです。どうしようもないんです。もともとがムカシトカゲだったことを知ったいま、おれの心と体が拒否してしまうんです。爬虫類全般が怖いんです。無理なんです」

「だがよう、さっきは『どんな過去があってもトアタラはトアタラだ』なんていってたじゃないか」

「はい、いいました。だから心から謝罪しないとならないと思います」


 おれはトアタラを裏切ることになった。おれの心はとても醜い。いかなる生物の外見よりも、ずっとずっと醜い。自分が嫌になる。ぎゅっとコブシを握りしめた。このまま自分を殴ってやりたい。


「わたしのことなら気になさらないでください。それくらいのことなら大丈夫。苦手なものは仕方ありません。例えば、わたしだって元ムカシトカゲのくせに、ゴキブリが大の苦手なんです。変ですよね? でも苦手は苦手、近くに寄るのも無理なんです。我慢できないほどに。ですから佐藤のことは理解しているつもりです」


 トアタラは作り笑顔が下手だ。


「あの、おれ……」

「インド、見つかるといいですね。佐藤がインドにいけることを祈っています」


 彼女は一礼し、戸に向かって歩いていった。

 バクウが彼女の背中にいう。


「待て。どこへいくつもりだ」


 トアタラは何も答えず、戸の把手に手をかけた。

 バクウが話の続きを急ぐ。


「確かにお前は山賊長にとどめを刺し、多少のカネを得た。当分はひもじい思いをせず、1人で暮らしていけるだろう。だが手持ちのカネはいずれ尽きる。それから先はどうするつもりだ? 村のみんなはトアタラが困っていれば、喜んで食料を恵もうとするだろう。それなのにお前ときたら、村人に怯えてなかなか近づこうとしないんじゃないのか? そこでだ……」


 バクウはおれに視線を移した。


「……少年。お前に頼みがある。次の町までトアタラを連れてってやってくれねえか。ずっと一緒に旅をしろといってるんじゃねえ。ほんの少し同行するだけだ。乗合馬車に同乗するだけでいい。先日の山賊の残党が乗合馬車を襲ってくるかもしれないんだ。是非とも護衛してほしい」

「バクウ、わたしはこの村からでるとは一言もいってません」


 意外なことに、といってもほんの少しだが、トアタラは怒ったような口調だった。村をでていくことを勝手に決められては当然かもしれない。


「いいや、お前はでるべきだ。お前のステータスじゃ、この村で仕事は見つからねえさ。だがもっと大きな町へいけば、仕事があるかもしれない。そこにお前を知る者はいない。元ムカシトカゲなんて誰も知らねえってことだなんだ。お前は自分が食われるなんていう、余計な心配もなくなるだろう。もっと人間らしく生きてみろ。楽しくなるぞ。駄目になったら村に帰ってくりゃいい」


 おれは立ちあがった。


「それ、ひき受けます。乗合馬車に同乗することくらいだったらできそうです。せめてそのくらいのことは、させてもらいたいものです」

「どうか、そうしてやってくれ。いくならジャライラの町がいい。ここから最も近い都会だ。わしの故郷でもある。トアタラ、いいな?」


 トアタラは無言で小屋をでていった。


 おれはこれから訪れる場所をジャライラの町と決めた。バクウの故郷らしい。はたしてトアタラはくるだろうか。


 バクウの小屋をでて、乗合馬車のターミナルへいった。


 ジャライラ往きの馬車はすぐに見つかった。馬車の客室は屋根なしで、さながら貨物運搬車の荷台のようだった。定員は15名ということだが、すでに11名いた。おれがそれに乗れば、ちょうど定員の8割になる。それなりに人が集まったことになるため、たぶんすぐにでも出発するだろう。


 トアタラはこないつもりなのか。だとしたら彼女との最後の別れは、後味の悪いものとなる。いいや、きたとしても後味の悪さは変わらない。


 彼女のことは苦手だが、決して嫌っているのではない。外見は格別に綺麗で可愛いし、内面だってとてもいい子だった。もし仮にムカシトカゲではなく人間として生まれてきたのなら、おれは恋していたかもしれないほどだ。

 おっと……。そんなことはない。いまのは失言だ。おれは亜澄さん一筋なのだ。ほかの女の子のことはなんとも思わない。思っちゃいけないのだ。そう、おれにとってのメインヒロインは亜澄さん以外にはありえない。


 馬車の御者がふり返り、荷台のような客室を確認した。御者台に座り、手綱をとった。いよいよ出発するようだ。


「待ってください」


 駆けてきた少女がいた。トアタラだ。はあはあと息を切らしている。

 落ちついたところで御者にいう。


「わたしも乗ります」


 そしておれに向いた。


「佐藤、ジャライラまでお伴をお願いします」

「喜んで」


 トアタラは馬車の客室に乗った。おれに気を使ってか、少々離れた位置に腰をおろした。


 馬車はジャライラの町へと向かっていく。


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