9話 アトリエ
______まえがき(登場人物のおさらい)______
【佐藤 (Lv.2)】特技『インド』で山賊から村を救った。
【トアタラ (Lv.2)】異世界に住む美少女。幸薄そう。山賊長にとどめを刺した。
【バクウ (Lv.79)】村の外れに住む大男。戦士。
【ヤモック (Lv.14)】この異世界のルールを佐藤に教えた村人。農夫。胡散臭い。
【パチャン (Lv.?)】ヤモックの義兄。画家。ただし裸婦画専門。
石造りの家の前。ノックすると戸が開いた。
「おう、誰かと思えば、村を救った英雄様じゃないか」
「やめてください、ヤモック。おれは英雄なんかじゃありません」
彼のことだから絶対に揶揄してくるだろうとは思っていた。案の定だ。
「で、なんだ。佐藤はカネを返しにきたのか」
「何いってるんです。おカネはこの前、返したばかりじゃないですか」
「冗談だ。すでに話は聞いているぞ。パチャンに用事があるんだろ。いまアトリエにいる。ついてこい」
ヤモックが別棟に案内しようとしている。
おれは待ったをかけた。一応、学習しているのだ。
「あのう、アトリエ入場料は払いませんよ。請求しないでくださいね」
「佐藤、お前、ずいぶんと疑りぶかくなったな」
「あなたのせいですよ」
「なあに、疑りぶかいのは悪いことじゃない。生きるためには必要なことだ」
ヤモックは両手を大きく広げている。
「で、ただでいいんですね?」
「もちろんだとも、正規料金の半額でいい。50マ……」
「ただでいいんですよね?」
「特別無料だ」
無料どころか、こっちがカネを請求したいくらいだ。
実はきのうバクウの家に村長がきた。山賊退治に活躍したおれとトアタラに用事があったのだ。おれとトアタラは村長の家に呼ばれた。しかし実際、村長の家にいったのは、おれ1人だった。トアタラは村長を怖がり、訪問を断っていたのだ。
村長の家で夕食をご馳走してもらった。その前に無料であることを確認した。すると村長は「はっはっは」と笑った。その笑いの意味がわからない。それはさておき、ただでいいということだった。
村長が家に招いた理由は『村を救った英雄の絵を残したい』ということだった。これまで村はたびたび山賊や魔物に襲われてきたそうだ。今回は8年ぶりだったらしい。過去の英雄たちの絵を見せてくれた。村長の家に保管されている絵が127枚。そのうち14枚が戦士バクウのものだった。呪いを受ける前のものだろう。若いバクウは結構、男前だ。おれの絵もここに保管されるのか。おそらく戦士などではなく踊り子の絵が描かれるのは、たぶん今回が初めてのことだろう。しかしおれが英雄なんてとんでもない。そう呼ばれるのは堪らなくくすぐったい。だっておれはあのとき、ただ踊っていただけなのだ。
絵のモデルになることには了承した。だが画家についてはこっちから指定した。パチャンだ。彼に仕事を回してやったのだ。そしていま、おれはこのアトリエにやってきた。
でもパチャンって裸婦画以外も描けるのか?
おっと、その前に確認すべきことがある。
「パチャン、念のために聞きますけど、まさかおれを描くことで、おカネを請求してこないですよね」
「もちろんしないよ。おカネは村長からもらうことになってる」
「ならばOKです。おれもパチャンからKBを要求したり、モデル料を請求したりしません。ああ、だけど、おれ、服は着たままでいいんですよね」
「え?」
その『え?』はなんだ?
驚愕しているパチャンに再度確認する。
「服は着たままでいいんですよね」
とりあえず服は着たままでいいことになった。
パチャンが描きはじめる。
見物人となったヤモックは退屈そうだ。小鼻を掻きながら尋ねてきた。
「あの嬢ちゃんはこなかったのか。山賊の長を刺したあの子だ」
「トアタラですか。きませんよ。もしトアタラと一緒だったら、ほかの画家に描いてもらってました」
「パチャンはあの嬢ちゃんの裸婦画なんて描かねえよ」
「若すぎるってことですか。歳はいくつなんだろう」
「あの嬢ちゃん……確か14だと聞いてたな」
おれと1つ違いだ。学年的にはどうなんだろう。おれはもうすぐ16になる。でも、あれ? この世界にいると歳はどうなるのだ。
「なあ、佐藤。お前は嬢ちゃんのこと、何も知らないんじゃねえのか」
「何も知りません。知ってるのは名前くらいです」
「呪いのことも?」
「ああ、それは知ってます。トアタラは呪いをかけられていて、満月の夜間だけ解かれるってことなら」
「どんな呪いかは知らないんだな」
おれは首を横にふった。
ヤモックがいう。
「変なことをいって悪かった。この話はやめにしよう。やたらと話すもんじゃないからな。そうだ、夕飯はうちで食ってけ。無料でいい」
「ん? えーと、ありがとうございます」
本当は呪いの話を聞きたかった。
そして夕食となった。ヤモックの奥さんの手料理が並ぶ。
彼女はチキン料理の名人だ。あっさり味のほどよさが堪らない。
ヤモックが真面目な顔をする。
「佐藤は譲ちゃんに惚れてるのか」
「いえっ、惚れてるとかって、そういうのはナイです。全然」
そう、おれには亜澄さんがいるのだ。
トアタラのことは恋愛対象として眼中にない!
「そうか、そうか。それならよかった」
「何がよかったんですか」
「別に何でもない。ところで、佐藤。これらの料理の中でどれが一番うまい? ウチのカミさんに聞かせてやってくれ」
「どれもおいしいです。特にこのタレのついたチキン、最高です」
おれには何故か奥さんが苦笑しているようにしか見えなかった。
このときの会話に怪しげな違和感を覚えた。




