ちょっとした体験談をね、聞いてもらえますか?~幻の古本屋~
今日は、私の体験談をこの寝る前の数分をいただいて話させていただきますね。何ですか?ですます調はやめてくれって言われても……ね。私がもともとこんな感じの人だって知っているでしょうに。
じゃあ、始めますね。
いやいや、大した話じゃないのでそんなにおだてないでください。今からする話は、ある不思議なおじいさんと出会ったことから始まります。
私はいつも通り、夕方、自宅に向かっていました。その日は、冬だというのに一日中雨が降っていました。
雨は憂鬱な気分にさせますよね。そんなわけで私もやや暗い気持ちでおりました。その日上司にお叱りを受けたことを気にしながらね。
そうして歩いておりますと、前からご年配の方が向こう側からやってきて来ました。ちょうど私とすれ違う頃でしょうか、そのご年配の方が転んでしまったのです。そう、お察しの通りこのご年配の方が例のおじいさんです。
私は見て見ぬふりをすることができず思わず声をかけました。
「お怪我はありませんか。大丈夫ですか」
とね。すると、そのおじいさんはこう言いました。
「ええ、ご親切にありがとうございます」
ここまでは、普通の展開でしょう?――ご名答、ここでそのおじいさんに彼の家まで来るよう勧められました。しかし、私は
「お気遣い感謝いたします。でも、すぐ家は近くなので大丈夫です」
と断ってしまいました。ええーなんて声あげないで下さいよ。まだ続きはありますからご安心ください。
その続きというのは、一週間後のお話です。その日も雨が降っておりました。しとしとと。その時も、嫌なことがあって暗い気持ちで帰宅しました。というのも、会社をクビにされてしまったのです。あったでしょう?そんなことが。
はぁって溜め息をつきながら進んでいますと、例のおじいさんに会ったところまで来ました。
ふと、こう思いました。「あのおじいさん元気にしているかな」と。するとどうでしょう。タイミングよく、あのおじいさんが私に背後から話しかけてきたのです。
「おいあんた。前、わしを助けてくれた人じゃないか。どうしたよ。そんな暗い顔をして」
「そんなに暗い顔をしていますか、私」
「ああ、暗いオーラがあんたを包んでいるよ。何があったかしらんが、とりあえずわしの家まで来たまえ」
「しかし、悪いですよ。そんな」
と私は言ったのですが、おじいさんが全く意見を変えないのでお言葉に甘えることにしたのです。まぁ、お決まりの展開ですね。
おじいさんの家は、私の住む町にたった一つある神社の近くにありました。見るからに、壊れそうなそんな外見でした。こんなことを言ったら失礼ですけどね……。そして、ただの家ではなかったんです。どんな家だったと思いますか――。
あ、今正解が出てきましたね。そう、古本屋さんだったのです。先ほどは言いませんですが、壊れそうな家だったのですが大きなお宅、いえ、お店でした。
中に入ると、思わず「うわぁ~」という声を上げてしまいました。なんで歓声を上げたかといいますと、今までに見たこともないような本の量と広さに心が躍ってしまったからです。私は本が好きですので、反射のように出てきてしまったのでしょう。そんな私をおじいさんはうれしそうに私の姿を見ておりました。
「すごいだろ」
と自慢げにおじいさんは笑っていました。
「こっちだよ。足元に気を付けてね」
そういって、私を奥の部屋へ案内してくれました。おじいさんが忠告してくれた通り、足元にもたくさんの本が積まれていてちょっと触れただけでも崩れてしまいそうでした。
おじいさんに続いてやや低い入り口をくぐりますと、ドーム状の天井が目に飛び込んできました。その部屋にもたくさんの本が収納されていました。しかし、先ほどの部屋とは収納されている本が違いました。あ、わかった理由ですか。それは、日本語で背表紙が書かれていなかったからです。格好良かったですよ。歴史がそれぞれ詰まっている感じで。映画に出てくる魔法書のようでした。
おじいさんは、所狭しと置かれている本の隙間に設置された椅子に座るように言いました。その椅子に座ると、ギシッと軋む音がしました。その椅子は、古い店によく合っていました。
周りを見回しておりますと
「お待たせ。さぁ、どうぞ」
とおじいさんが紅茶を出しくれました。
「すみません」
そう私が言うと
「いいや、そういう時はすみませんじゃなくてありがとうっていうんだ。知っているだろう?」
「あ、はい、そうでした。ありがとうございます」
満足したようにおじいさんはうなずくと椅子に座りました。
「で、なにがあったんだ」
私は、その日の出来事をすべて話しました。
話し終わると、しばらく沈黙が続きました。外の雨は止んで、もう陽が暮れているようでした。
ちょっと、寝ないでください。人が話しているのに。
まぁ、いいでしょう。気を付けてくださいね。
その沈黙の後、おじいさんは
「そうか。それは暗くなるな」
とため息をつくような感じで言いました。おじいさんは理由などあまり突っ込んできませんでした。おそらく、気を使ってくれたんでしょうね。
「話すだけで随分気持ちが軽くなりました。ありがとうございます」
「いや、前のお礼だよ。また何時でもおいで」
その帰りは、私は相当ご機嫌だったと思います。まさか、話すだけで気が楽になり上機嫌になるだなんて私も考えていませんでした。
次の日から私の新しい仕事探しが始まりました。それと同時に例の古本屋さんに通う日々が始まりました。
おじいさんのところに行くと、毎回おじいさんはうれしそうに「よく来たね」というのでした。
そんな毎日が一か月ほど続いたころ、いつものようにおじいさんのところへ来た私にこう言いました。
「この一か月、あんたを見てきた。あんたは、周りの目を気にしすぎる傾向があるようだね。それが原因で自分を押し殺してしまっている」
「突然な何を……」
私の言葉に耳を貸さずおじいさんは続けました。
「押し殺す必要なんてないんだよ。自分は自分。ある程度協調性は必要だけど、自分の意見、自分の個性はしっかりと表に出すといい。これらの本たちを見てごらん。こんなにたくさんあるのにどれ一つとして同じものはない。この世に一つ。そして、それぞれの色を出しているのにもかかわらず、ほかの本の領域には侵入しない。それと同じさ」
「あの……なんでそれを」
「さっきも言っただろう。見ていて思ったんだよ」
「もう一ついいですか」
「ああ、遠慮せず訊いてくれ」
「私は、特技も特別やりたいこともないんです」
「ははは、そんなの今からでも見つければいい。焦る必要はない。まず、自分を知ることから始めてみればいいんじゃないか」
「自分を知る……」
「短期でバイトでもして、お金を貯めて旅に出てみたらどうだ。旅はいいぞ。こんな忙しい社会からちょっと抜け出してみるんだ」
あ~とおじいさんはパイプを吸いました。そこから出てくる煙が空中に分散し、消えていく。その煙を見て焦らなくてもいいのか、と思いました。
その日の帰宅中、私は旅をすることに決めました。お金は、貯金を切り崩したもので。
納得いったようですね。半年も私が旅に言った理由が。そうです。よくあるかはわかりませんが「自分探しの旅」というものです。
旅には翌日すぐ出ました。
いろんな土地で様々な人と出会い触れ合い、おじいさんの言っていることが何となくわかったころにこの地へ帰ってきました。
この地についてすぐ向かったところそれは――もうわかりますね。そうです。例のおじいさんのところです。しかし――
古本屋はありませんでした。まぁ、よくある話です。不思議に思って、その古本屋があったであろう場所の近所に住む人たちに訊いて回りました。回ったものの、みなそろって「知らない、そんなものはない」と首をかしげるばかり。
もしかしたらと思って、何度か古本屋があっただろう場所に行ってみたのですが、やはりありませんでした。
不思議ですね。
私は、こう思うことにしたのです。
これは、神様の気まぐれだろう――と。
きっと、私の暗いオーラを見ているのが辛くなって、気まぐれにも手を差し伸べてくれたのでしょう。そんな疑わしい目で見ないでください。こういう話は、そうやってあまり突き詰めないのがお約束だと思いませんか。
これで私の話は終わりです。少し長くなってしまいましたね。最後まで聞いていただき感謝します。ふふ、眠そうですね。
では、おやすみなさい。