こんな夢を観た「静寂の滝」
連日の暑さに嫌気が差し、思い切って北関東の山間へ出かけてみた。
ここには「静寂の滝」と呼ばれる有名な観光地がある。遙か山頂から惜しげもなく降り注ぐ壮大な滝で、シーズンともなれば、大勢の観光客が避暑に訪れる。
この日もかなりの賑わいで、滝を観るのに絶景のポイントを求めて、長蛇の列ができていた。
「観ているだけで心まで洗われるようだわ」
「ほんとうにねえ。自然が造りだしたなんて、とても信じられないわあ」
口々に滝を讃え、パシャパシャと写真を撮りまくる。
わたしは並ぶのが嫌いだったので、列を見たとたん、他の場所に移動してしまった。最高のポイントかもしれないが、別の所からだって見られないわけではない。
自分だけのお気に入りポイントを探してあちこちと歩いているうちに、とうとう山頂近くまで来てしまった。
「見上げる滝もいいけれど、こうなったら、てっぺんから落ちる滝をのぞいてやろうかな」
そう思い、ごつごつとした岩場をよじ登った。
驚いたことに、先客がすでにいた。下の土産物売り場にいた従業員とおんなじはっぴを着ている。
「えっ?!」わたしが声を上げると、
「えっ?!」その人達も仰天したように小さく叫ぶ。
彼らは手に手にゴム・ホースを持ち、岩の裏からじゃぶじゃぶと水を撒いていた。下から見ると、滝の水がごうごうと音を立てて落ちているようにしか見えない。
そういうことか。ここにはもともと水源なんてなく、スタッフ達が水道の水を上から流していたんだ。
「それって、インチキじゃないですかっ」わたしは食ってかかる。
「いやあ、見つかっちゃいましたか」スタッフの1人が頭を掻いた。
「まさか、ここまで上がってくる人がいるとは」別の者も、ホースを振り回しながらぼやく。
「下に降りていって、みんなにばらします」義憤に駆られて言う。
スタッフらは慌てて、
「待って下さい。そんなことをされたら、商売上がったりですよぉ」
そう泣きついてくる。
「でも、こういうの良くないですよ。詐欺と同じでしょ?」わたしは頑なに突っぱねる。
「じゃあ、お聞きしますが」相手が反論してきた。「手品は詐欺ですか? 客は、種も仕掛けもあることは先刻承知してるんですよ。騙されてるって、わかってて楽しんでいる」
「うっ……」わたしは返事に詰まる。
「映画はどうです? エイリアンだのスーパー・ヒーローだの、そんなものがうそっぱちだなんて、今どき子供だって知ってますよ。それもペテンですか?」
「それは……」
「でしょう? つまり、そういうことなんです。ここに見えているお客さんは、純粋に楽しんでらっしゃる。それをあなたが余計なことを言って、ぶち壊しにしようとしているんです。あなたさえ、口をつぐんでいてくれれば、あの人達は素敵な思い出だけを胸に、ずっと安らかな気持ちでいられるんです」
何だか、自分が極悪人にでもなった気がしてきた。
せっかく遠方はるばると訪れた人の心を、このわたしが踏みにじろうとしているのだ。
「わかりました。見なかったことにします」ついにわたしは折れた。
「それだけじゃ不十分です」スタッフが言う。「誓約書を作って、サインをしてもらいます」
「そこまでしなくたって」わたしは言う。
「いいえ、こういうことはキチンとしとかなくては」キッパリそう言うと、別の1人に紙と筆記具を取りに行かせる。「こう書いて下さい。『わたしは、滝のてっぺんで見聞きしたことを、生涯に渡って他言致しません』」
紙とボールペンが用意され、わたしは言われた通りの文言を書き記し、最後に「むぅにぃ」とサインをした。
「この誓約書は、われわれスタッフも入社時に1人残らず書かされているんですよ。つまり、これであなたもわたし達の仲間、ということになりますね」
「はあ、そうですか」ふと、思いついたので聞いてみた。「口をつぐんで話さない、だから『静寂の滝』と名が付いたんですか?」
「あはは。もう仲間だから明かしちゃいますけど、ずばり、その通りです。静寂こそは華なのですよ」




