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シンドローム

ネクローシスシンドローム

作者: 国後要

ネクローシス -Necrosis- とは、生物の組織の一部分が死ぬことである。壊死。細胞死の分類方法のひとつをアポトーシスと構成するもので、細胞質の変化により細胞が死にいたる形態である。-Wikipediaより抜粋-

 この世に生きている存在がどこまで減ったのか。それはわからない。

 ただ静かに生き続けているうちに、仲間が増えていった。

 何百年かに一人。そんな長いスパンで仲間が増える。

 別に子供が生まれたっていうわけじゃない。ただ、どこかからやってきて、住み着くようになった。


 不思議と誰もお互いのことを詮索しなかった。

 ただ共生関係にあり続けた。お互いのことを知らなくても別に何とかなるから。

 そんな不可思議な関係を続けていくうちに、次第に最初の二人である自分と、最初に助けた人が、集まりの中でのリーダー的な存在になっていた。


 ただ、仲間たちの行動を把握して、利害調整をするだけの面倒な役割だったけれど。

 ただ、それで全体の生活がうまく動くのならば仕方ないと容認して自分たちはその役割を受け入れた。

 そして、共同体の生活は続いていく。何百年も、何千年も。何万年も。


 誰一人として老いるものはいなかったし、死ぬものもなかった。

 病にかかる事もなければ、寿命が訪れる事もない。

 ただ、昨日と変わらない今日を、何千何万何億と繰り返し続ける。

 その繰り返しに飽きることはあれど、止めることはなく。


 誰一人として生きることを放棄せずに、誰もが生き続けていった。


 そうして、その生活が何万年も続いただろう時のこと。

 唐突に、あるものが死んだ。

 要領の悪い奴だった。誰かがそいつを憎んだか、疎ましく思って殺したのか。そう思って調べたが、結果は何もわからない、それで終わりだった。


 そして、誰もがそいつの死を悼んで涙を流した。

 だが、その次の日には誰もが折り合いをつけて生活を再開していた。

 忘れたわけではない。ただ割り切った。そうして、生活は続いていく、いつまでも。


 数億年にも及ぶ生活の中で、次々と死人が出ていった。

 それはやはり、数万年に一人とか言ったように、異常なまでに長いスパンだったけれど。

 それでも、一人ずつ死んでいった。

 異性はいくらでもいるのに、誰も子供を作らなかったから、共同体の人数は減り続けていくばかりだった。

 けれど、誰も問題にはしなかった。

 どうせ、誰もが自分の食い扶持を自分で作っている。だから、誰かが死んでも生活が回らなくなるわけじゃない。

 そんな単純な利害関係で、誰も問題にしないままに時は流れ続けていく。


 そして、人数はいつしか最初の二人にまで戻っていた。

 もしかすれば、もっと遠いどこかにはほかの誰かが生きているのかも知れないが、それでも、ここにいるのは二人。それが事実。

 たった二人の共生関係の中で、自分たちは生命を刻み続ける。

 誰も後に遺すことのない、生命の証を、ずっと、ずっと。


 そうやって、また何万年も時が流れて。やがて、自分が最初に助けた人が死んだ。

 今までに死んだものと同じ、唐突に死んだ。死因ももちろんわからない。

 そして、手を下すものがいるとすれば、自分しかいないのだから、それが自然死であることは間違いようのない事実だった。

 自分はまた一人ぼっちになった。けれど、それで何か変わるわけでもなかった。

 ただ、一番最初に戻った。それだけのこと。


 そして、自分はその死体を前にして一晩泣き崩れ、そして、死体を埋葬した。

 死体を埋葬しながら、考える。


 かつて、何かとてつもない存在が、何らかの目的で人類の多数を滅ぼし、ほんのわずかな小数を生き残らせた。

 その小数が、なぜか次々と死んでいく。それは、いったいどんな目的によるものなのだろうか。

 それとも、そのなにかとてつもない存在の予期しない、何らかの不測事態なのか。

 そもそも、そんな何かは存在しなくて、ただの偶然を自分が深読みしているだけなのか。


 もしも前者だとするのならば、そのとてつもない存在とは人間には想像もつかないような、何かすごいもの。

 そして、不測の事態がありうる存在。言ってみれば、それは宇宙人だとでもいおうか。

 そんな宇宙人が、この宇宙のどこかには存在しているのだろうか。


 もちろん、考えたって答えは出ない。

 けれど、疑問は自分の中でくすぶり続けていく。

 暇をつぶす事も出来ない状況では、その疑問をもてあそび続けるしか自分に出来ることはなかった。


 その疑問ももてあそび尽くして、いつしか忘れて。自分はまた、全てを忘れたように生きていく。


 生命はずっと刻まれていく。

 誰も知ることのない、誰も知らない、生命が。


 そうして生き続けていくうちに、自分の中でささやく声が、次第に鮮明になっていった。

 ただ、生きろとささやく声は、目的意識をもって。

 原始的でいながらも、本能に根差した確かな行動で、自分は生き続けていく。

 何の目的があるのかはわからない。けれど、生物的な本能で、自分はいつまでも生き続けていく。


 生きていく中で、様々なものを失っていった。

 誰とも話すことがなくなって、言語を失った。言葉を失った。

 本を読む知識を失った。字を書く動作が出来なくなった。


 その代わりに、様々な能力が身についていった。

 毒物をかぎ分ける能力を得た。夜間の中でも周囲を見渡せる目を手に入れた。

 たった一代の中で、自分は退化と進化を繰り返して、どんどんと環境に適合し続けていった。


 そうしているうちに、世界が荒廃し始めていることに気付いた。

 作物の実りが悪くなり、気候が急激に寒冷化し、土そのものが乾き始めるようになった。

 海に無数の魚の死骸が浮かび、魚の腹で白く染め上げられた海。

 空往く巨大な鳥類はいったいどこへと行ってしまったのか、大地を暗くするほどのそれは影も形もなく。

 空に浮かぶ太陽は異常なほど巨大で赤みを帯びているようにみえ、月は何か不吉なものを予感させる色へと。


 地球全体に訪れる嫌な感覚。


 そして、異常なまでに紅い朝焼けの来た日に、信じられないほどに巨大な地震が引き起こされ、大地の全てを津波が洗い流していった。


 その前に山に逃げていた自分は、全てが洗い流されている光景を眺めながら、全てが終わった事を不思議と理解した。


 大地を埋め尽くす塩の平原。

 完全なる不毛の大地と化した世界を、自分一人だけが生きている。


 そして、世界そのものが滅びて、自分はさらに進化した。

 食べるものがなくなって、食事をしなくとも光合成することでエネルギーが得られるようになった。

 光合成に適した肉体に体は変化し、エネルギーの消費を抑えるために身動きをしなくなった。

 身動きをしなくなったために、足は退化した。


 塩で埋め尽くされた世界に、まともに飲める水はなかった。雨は数か月以上も降らず、備蓄した水もなくなった。

 水分がなければ人間は生きてはいけない。それにすら自分は適応した。水分を取る必要もなくなった。空気中の水分だけで十二分に生きていけるようになった。

 食事を取る必要も、水分を取る必要もなくなって、歯が退化して、舌が退化して、口が退化した。


 必要と不必要をもとに、肉体が再構成され続けていく。

 いっそ不気味と言っていいほどのそれ。

 それでも、自分はただ生きていたいから、それを静かに見つめ続けて、生きていた。


 何のために生きるのかなんて言う疑問は、とっくのとうに捨てていたから、疑問にすら思わず、生きていられるのならばと、生き続けた。


 やがて、自分は世界の全てを覆うほどに巨大に進化した。

 面積を稼ぐために、体は薄く、広く。

 光合成のために、体色は緑色になっているのだろう。

 既に、五感のうち、触覚しか残っていないために、それはもうわからないが。


 地球の全てが自分であり、また自分は地球となり。

 そうして、自分はこの世界全てを覆うほどに巨大に、それでいながら、無意味な存在として、この地球に存在し続けていた。


 昨日も今日も明日も、ずっと変わらないまま、自分は世界が終わるその日まで、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。生き続けていく。

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