紡いだもの
「ロド君、少しいいかな」
図書館で知り合いの少年に声をかけてきたのはミエルという女性。
彼女は王国で大公令嬢であり、極秘だが王宮騎士団の一員である。
普段であれば軽い感じでこの少年、ロドに話しかけるのだが、
今日に限っては口調も顔つきも真剣で、かなりの厄介事に思える。
珍しく顔色も悪く、必死に何かを堪えている様子だった。
ロドも雰囲気を感じ取り、居住まいを正して次の言葉を待つ。
「あたしの友人を救いたい。君の手を是非貸して欲しいんだ」
◆
ミエルと同期で、同じく王宮騎士団入りを果たした才女がいる。
彼女の名前はサヴィア。ミエル程ではないにせよ膨大な体内魔素と、
それを自在に操る才能を持った、学生当時次席だった令嬢である。
実家は侯爵家。内務大臣の姪でもあり、将来は安泰と思われていた。
が、半月ほど前に運悪く難病を発症してしまう。急性魔素欠乏症。
その名の通り、体内魔素が抜けていく症状で、最後には死に至る。
本来人間を含めた生物は体内魔素を消費しても、休息を取る事で、
おそらくは大気中に漂う環境魔素を取り込み消費分を回復している。
だが急性魔素欠乏症を発症すると、体内魔素の回復がなされない。
休息していても、ゆっくりとだが体内魔素が減少してしまうのだ。
理由は不明。神殿でも治癒魔術での回復が出来ない。治療法もない。
対処療法で魔素回復の水薬を服用し続ける事で延命は可能だが、
それでも進行を抑えているだけなのだ。いずれ力尽きてしまう。
水薬は高額だが、侯爵家の財力で現時点では何とかなってはいる。
しかし消費が早く追いついていない。途切れればサヴィアは倒れる。
ミエルも体内魔素の保護膜や魔脈の再構築などを試しているのだが、
未だどうしてもサヴィアを救う術が見いだせなかった。
魔脈の活用や活性化について、数々の試行錯誤をするロドである。
この少年となら、新しい道筋が見つけられるかもしれない、と。
ミエルには数々の恩義も好意もある。ロドは快諾した。
◆
侯爵家では、寝台に横たわるサヴィアの周りに複数の使用人達と、
彼女の母親と妹、治療を続けている神官の女性が囲んでいた。
互いに挨拶を交わし神官の説明を聞くが、好意的とは言い難かった。
大公令嬢の紹介とはいえ、十歳の少年に一体何が出来るというのか、
という侮った本心が言葉の端々ににじみ出ている。
が、当のロドは皮肉めいた説明も気にも留めていない。
というよりも、症状と治療に気をとられ皮肉に気が付いていない。
嫌味な神官を冷ややかな目で見ているのはミエルの方である。
「触れる事をお許しください、サヴィア様」
ロドは断りを入れ、使用人達の手を借りサヴィアに背を向けさせて、
寝間着の上からであるがサヴィアの魔脈の乱れを探っていった。
ここまではミエルも行っていたのだが、ロドはあえてそれを辿る。
この時点では、体内魔素の流れから新たに分かる事はない。
「サヴィア様、次は水薬を飲んでいただけますか?」
会話するのもつらいのか、サヴィアは言葉を発さずこくりと頷き、
使用人から吸い口でゆっくりと水薬を飲ませてもらう。
水薬を飲み終えた後、再び魔脈の乱れをロドは探っていく。
何かに気づいたようで、ロドは振り向いてミエルを手招きした。
「ミエル先輩、水薬の魔素の動きを観察してみてください」
言われるままにサヴィアの背中に触れ、確認するミエル。
そこで彼女も水薬の魔素の妙な動きに気づく。
「体内に留まらずに…抜けていってる?胸のあたりで」
◆
口をはさんではいないが、この女性神官はロドに懐疑的であった。
侯爵家からの依頼ゆえ、彼女は王都の神殿内でも優秀な治癒術師だ。
この場では必要ないものの、四肢欠損や視力喪失すら治癒出来る。
自分でも症状を遅らせる事しか出来ぬ患者を治せるとでも思うのか。
優秀な魔術師と聞いたが、たかが十歳の少年でしかないのだ。
この子にどうにか出来るようなら、神官などもはや不要だろうに。
さすがに侯爵家の人間も、さらには大公令嬢までこの場にいるゆえ、
表立って苦言を呈するのははばかられる。が、苛立ちは収まらない。
「…の方、神官の方」
そんな事を考えていたため、かけられていた声に反応が遅れた。
問題の少年が自分を呼んでいる。躊躇したが返事を返す。
「なんでしょうか?貴方が治療出来る方法でも見つかりましたか?」
治癒術など収めてはいまい、と皮肉を込めて返したつもりだったが。
「いえ、これは治癒術でないと難しいと思います。
サヴィア様の、おそらく肺の部分に病巣があるんです。
確認して治癒術の治療をお願いします」
何だと?原因が判ったのか?半信半疑ながら驚いた神官。
「…お待ちください。なぜ肺の部分がおかしいと?」
「まずはご確認を」
質問したが少年には流され、確認を急かされる。
この場にいる者達の視線は全て、自分へ向かっている。
これで対応しなければ心象も悪くなるだろう。
サヴィアの背中に手を当てて、肺の中の状態を確認する。
確かに彼が指摘しているように、肺の動きに違和感がある。
これまでサヴィアに対しては、状態異常回復の《聖者の救済》や、
単なる怪我の回復を行う《聖者の慈愛》しか試してはいなかった。
普通の病気や怪我であれば有効だが、サヴィアには効果がなかった。
今回は違和感を元に障害の矯正を行う《聖者の教導》をかけてみる。
これは例えば曲がって治ってしまった骨折などを修復する術である。
…これまでの治療で感じない、手ごたえを感じる。なんだこれは。
神官は治癒術を続けながらも、明らかに混乱していた。
こんなのは、知らない。
◆
治癒術をかけ終わると、サヴィアの顔色が明らかに良くなっている。
さすがにやつれは残っているものの、不快感はなくなったようだ。
「…治療出来たかはまだ判別出来ませんが、安定したようです」
困惑と不満と安堵が入り混じった表情で神官が告げた。
ロドとミエルはサヴィアの背中に触れ、魔脈を確認して理解する。
少なくとも最初に感じた胸のあたりの違和感は消失していた。
半月後。
サヴィアは無事完治し、王宮騎士団へ復帰を果たしていた。
何故突然、魔素欠乏症を起こしたのかは不明のままだったものの、
肺の異常を取り除いた事で体内魔素の量も元通りに回復している。
治療法の確立、とまではならないものの問題は解決出来たのだ。
神殿と、ロドの口座には、侯爵家から莫大な謝礼金が振り込まれた。
神殿は遠慮なく、ロドは恐縮しながらもそれを受け取る。
後日、神殿よりミエルを通じてロドへの公開質問状が届いた。
偶然かもしれないが、治療法がなかった魔素欠乏症を治したのだ。
今後の寄付金と治療の為に何としても神殿は情報を得たかった。
ロドは無償で答えようとしたが、ミエルはそれを許さなかった。
彼女にとって、あの神官の態度は相当癪に障ったらしい。
一連の流れを公表する事を条件に、ロドの報告書を神殿へ渡す。
面憎く思いながらも神殿側は条件を飲む代わりに治療法を得た。
対立したい訳でもなかったが、ロドは神殿と微妙な関係となった。
王国の神殿はこの事件より、ロドを注視する事となる。
魔素欠乏症:何らかの原因で体内魔素が徐々に体内から失われる。
今回のサヴィアの場合は、過去の古傷が原因で肺の魔脈が傷み、
異常な形で自然治癒した際に呼吸で体内魔素を放出するようになった。
怪我して治ってもしびれが残る、みたいなものとお考え下さい。




