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守られる理由

八歳になった。


鏡に映る自分は、もう赤子でも幼児でもない。線は細いけれど、姿勢を正せばそれなりに「貴族の子供」に見える程度には育った。


字を書く速度も上がり、読める本の範囲も増えた。法律の条文や歴史書の脚注に目を通すようになったのは、完全に俺の意思だった。


――知らなければ、守れない。


あの茶会以降、そう思うようになった。


公爵は、以前より明らかに警戒を強めていた。

護衛の人数が増え、移動の際には必ず結界が二重に張られる。アルト以外の同年代と会う機会は、慎重に選別されるようになった。


「……おれ、だめ?」


ある日、ぽつりと聞いた。


公爵は少しだけ驚いた顔をして、それから俺の前に膝をついた。


視線が同じ高さになる。


「なぜ、そう思った」


責める声ではない。

ちゃんと、答えを求める声だった。


「みんなと、あんまり会えない」


そう言うと、公爵は一瞬、言葉を探すように視線を逸らした。


「……会わせないのではない」


「選んでいる」


その言い方が、胸に残った。


「お前は、目立つ」


淡々とした事実の提示。

「存在そのものが、政治になる」


俺は黙った。


難しい言葉の意味は、完全には分からない。でも、重いことだけは分かった。


「だから、守る」


公爵はそう言って、俺の頭に手を置いた。


「閉じ込めるためじゃない」


「生き抜くためだ」


その手は、優しかった。

でも同時に、簡単には離れない力も感じた。


その頃、王都から正式な書簡が届いた。


王立学院の存在が、はっきりと話題に上る。


通常なら、貴族子弟は十歳で入学する。しかし、俺については「例外規定」の検討が進められているという。


理由は、明示されていなかった。


でも分かる。


――人族だから。


夜、俺は公爵に聞いた。

「がくいん、いく?」


公爵は、即答しなかった。


「……行く」


少しの間の後、そう答えた。


「行かねばならない」


その言葉には、避けられない未来への覚悟が滲んでいた。


数日後、アルトが来た。

以前より、少し背が伸びている。耳も尾も、子供特有の丸みが抜け始めていた。


「れおん、きいた」


開口一番、そう言われる。


「がくいん」


情報が早い。


「いっしょ?」


期待と不安が混じった目。


俺は頷いた。

「たぶん」


アルトは、ぱっと笑った。


「じゃあ、まけない」


「なにに?」


「べんきょう」


その言葉に、思わず笑ってしまった。


競う相手がいる。


並んで進む未来がある。


それだけで、胸が軽くなる。

別れ際、アルトは少し真面目な顔で言った。


「れおん」


「なに?」


「いやなこと、あったら、いう」


短い言葉。


でも、それは約束だった。


その夜、公爵は一人、書斎で王都からの資料を読んでいた。


そこには、人族に関する古い記録、過去の粛清、失敗した共存政策の痕跡。


そして、最後に書かれた一文。

――人族は、管理されるべき存在である。


紙が、静かに破られた。


「……管理など、させるものか」


低く、怒りを孕んだ声。


その背中は、完全に“父”のものだった。


守る対象が、世界と衝突することを、もう覚悟している背中。


俺はまだ、それを知らない。


でも確実に、学院という場所が、運命の歯車を回し始めていた。

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