番の契約と獣人の誓い
獣人の「番」は、
契約であり、誓いであり、人生そのものだ。
軽い言葉じゃない。
冗談でも、勢いでも、成立しない。
だから。
「……今から説明する」
アルトは、いつになく真剣な顔で言った。
「途中で、やめてもいい」
「拒否しても」
「誰も、責めない」
場所は、辺境の古い神殿。
石造りで、飾り気はない。
でも、空気が澄んでいる。
「獣人の番契約は」
「力を縛るものじゃない」
「選択を、共有する契約だ」
「生き方を、並べる」
「……それでも、いい?」
俺は、うなずいた。
「うん」
「アルトとなら」
「並びたい」
神殿の中央。
円形の魔法陣。
古いけれど、よく手入れされている。
「人族が、番になる例は、少ない」
「でも」
アルトは、俺をまっすぐ見た。
「不可能じゃない」
「むしろ」
「対等じゃないと、成立しない」
司祭役の老獣人が、静かに声をかける。
「意思の確認を」
「アルト・グランフェルト」
「そなたは」
「この者と、生を共にするか」
「守るだけでなく」
「選択を、尊重するか」
アルトは、一切迷わず答えた。
「はい」
次に、俺。
「レオン・アシュフォード」
「そなたは」
「この者と、並び」
「依存せず」
「それでも、支え合う覚悟があるか」
胸の奥が、きゅっと締まる。
「あります」
「アルトと」
「一緒に、選び続けたい」
老獣人は、満足そうにうなずいた。
「では」
「魔力を」
二人で、魔法陣に手を置く。
魔力が、触れる。
――混ざらない。
でも、拒絶もしない。
「……不思議だね」
俺が小さく言う。
「近いのに」
「ちゃんと、別々だ」
アルトが、微笑む。
「だから、番なんだ」
魔法陣が、淡く光る。
強くない。
でも、安定している。
老獣人が、低く告げた。
「契約、成立」
その瞬間。
胸の奥に、温かいものが流れ込んだ。
命令でも、束縛でもない。
――「ここに帰れる」という感覚。
儀式の後。
外に出ると、夕暮れだった。
風が、気持ちいい。
「……どう?」
アルトが、少し不安そうに聞く。
「後悔、してない?」
俺は、笑った。
「してない」
「むしろ」
「安心した」
「不思議だよね」
「縛られた感じが、ない」
アルトは、耳を伏せて、少し照れる。
「……それが、正しい」
「支配じゃない」
「溺愛はするけど」
「奪わない」
その言葉に、胸がいっぱいになる。
その夜。
同じ部屋で、同じ灯りの下。
触れ合う距離だけど、急がない。
「ねえ、アルト」
「ん?」
「これから」
「大変なこと、増えるよね」
「増える」
即答。
「でも」
アルトは、静かに言う。
「一人じゃない」
「俺たちは」
「並ぶって、決めた」
その通りだった。
この世界は、優しくない。
獣人社会。
貴族の圧。
王都の思惑。
でも。
選択は、もう奪われない。
この日。
人族と獣人の番契約が、
正式に、辺境の記録に刻まれた。
――それは、
後に「価値観を揺らした契約」と呼ばれる。




