学院を出る日
学院を出る朝は、思っていたより静かだった。
荷物は少ない。
研究ノートと、着替えと、最低限の魔道具。
それだけで、十分だった。
「……ほんとに、行くんだね」
アルトが、寮の前で言う。
「うん」
「学院、楽しかった?」
少し考える。
「大変だった」
「でも」
「アルトがいたから、悪くなかった」
アルトの尾が、ゆっくり揺れた。
「……それ、ずるい」
出立前、公爵が見送りに来た。
「道は、いつでも戻れる」
「だが」
視線が、俺とアルトを交互に見る。
「自分で選んだ道は、力になる」
「忘れるな」
「はい」
短い言葉なのに、重い。
門を出ると、学院の塔が遠ざかっていく。
「あ」
アルトが、急に立ち止まった。
「どうした?」
「……振り返っても、いい?」
「いいよ」
二人で、学院を見る。
あそこで、出会って。
あそこで、並んで。
あそこで、選ばれた。
「……もう、戻れない気がする」
アルトが言う。
「戻らなくていい」
そう答える。
「前に行こう」
街道は、思ったより穏やかだった。
馬車は使わない。
歩いて、時々、宿に泊まる。
「れおん」
「なに?」
「こういうの」
「二人だけで歩くの」
「……好き」
胸の奥が、あたたかくなる。
途中の村で、簡単な依頼を受けた。
魔力の流れが乱れて、畑が枯れかけているらしい。
「見てくる?」
「うん」
調べてみると、原因は単純だった。
結界の継ぎ目が、古くなっている。
「直せる」
俺が言うと、村人が目を丸くする。
「二人で?」
「二人で」
アルトが、当然のように言う。
魔法を組む。
俺が構築。
アルトが安定。
学院祭と同じ。
でも、今度は観客も、評価もない。
ただ、誰かの役に立つためだけ。
終わったあと、村人が深く頭を下げた。
「助かりました」
その言葉が、胸に残る。
夜、宿の小さな部屋。
ベッドは一つしかなかった。
「……どうする?」
アルトが、少し困った顔。
「寝るだけだし」
「……うん」
距離は、近い。
でも、触れない。
呼吸が、聞こえる。
「れおん」
「なに?」
「この旅」
少し、間を置いて。
「終わっても」
「終わらせなくていいよね」
俺は、暗がりで微笑む。
「終わらせない」
「続けよう」
「二人で」
アルトの尾が、布団の端で、そっと動いた。
学院の外は、広い。
怖いことも、面倒なこともある。
でも。
選ぶ自由がある。
並ぶ相手がいる。
それだけで、十分だった。




