番(つがい)という言葉
アルトの家の話を聞いたのは、学院の休養日だった。
中庭の木陰。
風が通って、獣人たちの耳や尾が気持ちよさそうに揺れている。
「……れおん、さ」
アルトは、少し言いにくそうに切り出した。
「ぼくの家、聞いたことある?」
「ううん。あんまり」
「だよね」
小さく笑ってから、続ける。
「うちは、辺境伯家」
「戦う役目が多い家」
俺は、黙って聞く。
「で、獣人社会ではさ」
一度、言葉を切る。
「“番”って、概念がある」
「番?」
聞き返すと、アルトの耳がぴくっと動いた。
「うん。血とか、魔力とか、相性とか……いろいろ」
「必ずしも結婚って意味じゃない」
「でも」
少し、声が低くなる。
「一生、守るって意味」
……重い。
でも、嫌な重さじゃない。
「人族には、ない考え方?」
「ない、かな」
正直に答える。
「少なくとも、前の世界には」
アルトは、少し安心したように息を吐いた。
「よかった」
「なにが?」
「れおんが、急に決められたりしなくて」
その言い方が、やさしい。
「アルトは?」
「ぼく?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……まだ、知らない」
「分かるのは」
ちらっと、俺を見る。
「れおんと一緒にいると、落ち着く」
「それだけ」
それだけ、なのに。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
午後、魔法史の講義。
内容は「種族ごとの家族観」。
ちょうど、今の話題だ。
「獣人社会では、血縁より“役割”と“相性”が重視される」
講師の声が響く。
「人族は、感情と契約を重ねる傾向が強い」
「どちらが正しいわけでもない」
俺は、ノートを取りながら思う。
――違うからこそ、選べる。
放課後、図書塔。
調べものをしていると、ふと目に留まった文。
『異種族間の番成立例:稀だが、存在する』
心臓が、どくっと鳴る。
「……れおん?」
アルトが、覗き込む。
「なに、見てる?」
「……秘密」
そう言うと、アルトは不満そうに尾を揺らした。
「ずるい」
「そのうち、話す」
「約束?」
「約束」
その言葉に、アルトは満足そうに頷いた。
この世界は、常識が違う。
関係の作り方も、未来の描き方も。
でも。
ゆっくり知って、
ゆっくり選んで、
ゆっくり育てていける。
学院の空は、今日も高い。
その下で、
二人の距離は、少しずつ、確かに近づいていた。




