1.どこにもなくなってしまったお話
金曜日の国語の時間に、『物語をつくる』という授業がありました。
こよみは、先生のお話を聞きながらも、ちょっぴり優越感を持ったのです。
これって、わざわざ学校で習うことなのかな。
小学四年生のこよみには、自由にお話をつくって書く、ということは、家でいつもやっていることでした。
「授業時間内にできなかった人は宿題です」と、先生は話しました。でも、こよみは家でじっくり考えたかったので、宿題として持ち帰ることにしたのです。
週末に家でよく練って、しっかり書いてから月曜日に提出する。そのほうが絶対にいいお話になる。
そう思っていたからです。
まずは、どんな物語にしようかな。
家に帰ると、こよみは頭をひねって、いろいろ考えてみました。けれど、なかなかよいアイデアは浮かんできません。いいお話にしようと力を入れすぎているせいでしょうか。
結局、夜が更けても何も思いつきませんでした。
もう遅いから、明日にしよう。
あきらめて、布団に入ることにしました。
明日の朝のほうがいいストーリーを思いつくかもしれないし。でも、早く書くことを決めたいなあ。
そう思いながら電気を消します。部屋は真っ暗になりました。
ここは、うさぎの赤ちゃんが眠っている洞穴なんだ。鳥の巣箱のなか、というのもいいかも。深海にすんでいる魚も、こんな暗いところにいるんじゃないかな。
いつも心のおもむくままに想像しながら、こよみは目を閉じるのです。
眠りに誘われつつも、さまざまなお話のかけらがひとつふたつ、と思い浮かびます。やがて胸のなかに、何かきらめくものが生まれたような気がしました。
こよみははっとします。
素敵な物語を思いついたのです。
これ、いいかも。きっとみんなもおもしろいって言ってくれる。
わくわくどきどきしました。
明日の朝、書こう。
ところが、朝起きたとき、こよみは「あれ?」と気づきました。
昨日の夜、何かお話を思いついたんじゃなかったっけ。どんなものだったかな。忘れてしまったみたい……。
でも。もしかしたら、何かのきっかけで思い出すかもしれない。
そう思って一日を過ごしましたが、何ひとつ思い起こせないのです。まるで何ひとつ。
夜、布団に入ってみて、昨日と同じことを考えてみました。
……だめでした。
いくら考えても考えても、そのストーリーのほんのひとかけらさえ、記憶から呼びもどすことはできなかったのです。
日曜日の朝、こよみは気持ちを切りかえるしかありませんでした。
あの物語は、もうなくなってしまったんだ……。
仕方なく、宿題をすることにします。思うような筋立てが出てこなかったので、教科書に載っているようなお話を書きました。
どこにでもありそうな物語でした。
月曜日の授業で、そのお話を提出しました。
上手な子のお話は読まれましたが、こよみのお話は読まれることはありませんでした。けれども、別にそれでよかったのです。
失われてしまったお話のことで、頭のなかはいっぱいだったのですから。
もうどこにもなくなってしまったお話。あれこそ、わたしの語りたい物語じゃなかったのかな。
あのお話は、どこへ行ってしまったんだろう。
そんなにすごいものじゃなかったかもしれない。だけど、ひらめいたときは心がわくわくした。もう消えてしまったなんて、思いたくないなあ。
胸もとがひどく重くなり、気持ちが沈んだまま、こよみは学校から帰ってきました。
自分の部屋にランドセルを置くと、こよみはふと窓から庭をのぞいてみました。
春にはまだ遠い季節、家の前の小さな庭にはたいして植えられているものがありません。くすんだ緑色の植木がいくつかあって、パンジーの黄色や紫の花だけが色鮮やかに目立っているはずでした。
それなのに、何かいつもと違うものが目に入ったのです。
見覚えのないダンボールの箱が、庭のすみに置いてありました。
「何の箱?」
みかん箱のようなありふれたものです。こよみは靴をはいて玄関を出ました。庭を進んで、ダンボールのなかをのぞき込みます。
真っ暗でした。ダンボール箱の底は見えなくて、果てしない闇。
よく見ると、無数の小さな星が輝きを放っています。
「星空、なのかな」
もっと顔を近づけると、こよみはなかへ引っ張られるように入ってしまいました。
「わあっ」
あわてて箱の端を手でつかもうとしますが、うまくいきません。なぜか反対側に出られたと思った途端、いきなり砂の上に尻もちをついていました。
「何これ……」
辺りは、いつもの見慣れた庭ではありませんでした。一面こまかな砂の地面で、他には何もないのです。さっきまで昼間だったのに、夜になっています。
ダンボール箱のなかにあった、きらきらと星の瞬く夜が頭上に広がっていました。
一体ここはどこなのでしょう。






