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吸血塾2ブラッドサッカー  作者: クオン
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桐谷翔太を送る緋波若生

若生は診察台に座って、立ったままの桐谷を仰いだ。

「ごめん、取り返しが付かないことになったね」

「本庄や桐蔭寺にも謝ったのか?」

そう言えば謝ってはいなかった。

若生の意に反してスレイブ化してしまった時は後悔したものだが、蓮夏の方が若生を気遣って激励していたように思う。

「うーん? 謝ってはいないね。お礼は言ったけど」

「てめー、人の寿命ン十年縮めといて謝罪なしか?」

「謝ると、かえって怒られるような気がして。蓮夏の場合、眷属希望だし、桐蔭寺はエディーさんに鞍替え予定なんじゃないかな?」

「眷属?」

「正式なというのも変だけど普通に吸血鬼になること」

「エディーってのは?」

「姉さんを抑えてくれてた若作りに見える外人」

「てめー、自分の姉貴まで吸血鬼にしやがったのか?」

「違うよ。俺は姉さんの血で吸血鬼になったんだ。姉さんは七緒先生の眷属で、七緒先生はエディーさんの眷属だね」

「待てよ。じゃー、あの一番偉そうなのは何なんだ?」

「マルリック神父は吸血鬼ハンターなんだ。本当はエディーさん達を狩りに来てたんだけど今は和解してるんだ」

「へっ、じゃー、一番下っ端のてめーのパシリになる訳かよ。俺は」

「俺は系譜では下だけど眷属からは外れてるんだ。噛まれて吸血鬼になったんじゃないからね」

「噛まれねーで、どーやって吸血鬼なんかになんだよ」

「注射器でね、姉さんの血を打ったんだ」

「はああ? んな真似までして吸血鬼になりたかったのか?」

「そうしなきゃ、ゴリノというハンターに勝てなかった」

若生の声は小さく低かった。

しかし、鋭くなった目付きと眉間と鼻梁のしわだけで鬼気迫る豹変に見えた。

(これがこいつの本気の顔か?)

「本庄と桐蔭寺も注射器でスレイブか?」

「あの二人は接触感染。噛まなければ大丈夫と思ったんだけど甘かった」

それが接吻だと悟られてしまうだろうかと若生は不安だったが桐谷はそれ以上触れてはこなかった。

「で、てめーは俺をスレイブってのにしてーのか? それとも放置か?」

「指4本切り落とすのは結構決心がいると思う。しばらくはスレイブでいて、その不自由さと指の無い生活を秤にかけた方がいいと思うんだ。ただ、眷属になるのはやめた方がいい」

「けっ、20年後に死ねってか」

「俺の血は危険なんだ。眷属になる時、暴走させてしまうかもしれない。スレイブを作るのも本当はタブーだったんだけど。それに吸血鬼って結構デメリット大きいんだ。20年しかないけど人間として生きた方が良いと思う」

「人間として? はっ、あのマルリックってやつは俺のこと半人間とか言ってたじゃねーか?」

「関係ない。あんたが自分を人間だと言えば、まだ人間なんだ。人権は法律が保障してくれるし人格は家族が守ってくれるはずだろう?」

(こいつ、一々はっきり答えやがって・・・)

ドアがノックされて七緒がトレーにグラスに入ったジュースを持ってきた。



「粉ポカリを溶かしたもので良かったかしら? あなたもスポーツやってそうだから、これにしたのだけれど」

「ありがと」

若生はグラスを手にとって一気に飲み干した。

氷は入っていなかったが良く冷やされた水が使われていた。

桐谷も手にとって一口グラスに口をつけた。

「毒は入ってなかったでしょ?」

「毒盛ることもあるのかよ?」

「スレイブになれば味覚、嗅覚、視覚も常人より鋭敏になるわ。毒物程度は嗅覚による拒否反応で判るようになるわね」

七緒はデスクの引き出しから長い針を取り出した。

「銀の匂いを覚えておきなさい。吸血鬼の最大の弱点。スレイブにとっても同様に作用するわ」

その針を毛筆を入れる為の細長いプラケースに入れて桐谷に渡した。

「一応警告しておくけれど、私達には敵対組織が存在するわ。違う系列の吸血鬼ね。吸血鬼の目からはスレイブは一目瞭然で識別されるから。拉致されないように注意しなさい。そして吸血鬼に襲われたら銀で相手の脳や脊髄の近くを刺すと麻痺させることができるわ」

「今は停戦状態なんだ。仮に戦闘が再開されても相手が約束を守ってくれるのなら俺以外は攻撃しないはずだ」

若生は補足しておいた。

桐谷が、こいつ今さらっと、とんでもない事を言わなかったかと、思った時、ドアがノックされた。

「シツレイシマス」

黒い長袖のワンピースを着たシスター・ハンナニーナが入室して若生の空けたグラスを回収していった。

出る間際に桐谷に視線を向けて軽く会釈して出て行った。

何か不自然な感じがしたが、桐谷は手に残ったグラスの中身を飲み干した。



「どうやら、一番の心配だった暴走はしてないようね」

「へ? そりゃ吸血鬼になる時じゃねーの?」

「若生君のVアメーバはまだ人間に対してどんな反応するか未知数だったの。あなたの人間を見る反応で確認してみる必要があったのよ」

「暴走と言うか、グール状態、本能的に人を見ると噛み千切ろうとするようになってたら、やばかったんだけどね」

(あの異国の女の唐突な登場はそういう意味だったか)

「さっきのはスレイブじゃねーのかよ?」

「しっ、彼女はマルリック神父の信徒で人間なんだ。スレイブ呼ばわりすると怒られるよ」

「あいつだって血を吸うんだろうに」

「それも本人の前で言っちゃダメだ。あの人は300年人間に噛みついていない事にプライド持ってるんだから」

「でも、吸血鬼なんだろ?」

「注射器の献血や、冷凍血液でずっと凌いでるんだ。んな物の無い300年前はどうだったか知らないけど」

「・・・300年て喩話じゃなくてマジな年齢?」

「詳しくは本人も忘れてるみたいだけど、因みにエディーさんは121歳らしい」

「・・・」

桐谷は七緒の方をちらりと見てしまった。

「女性に年を聞かないデリカシーはあるのかしら? 28歳よ」

察しよく七緒は答えた。

「すんません」

素直に謝る桐谷は七緒に対して明らかに畏怖を持っているようだった。

「今日はもう帰りなさい。家でゆっくり考えるといいわ。期限は短いけれど」

「送るよ」

「うぜーよ! ほっとけって!」

「姉さんがスレイブになって、すぐに襲われた。せめて教訓は生かさせてくれ」

若生の真剣な顔には拒絶できそうに無い雰囲気があった。

「詰め込み過ぎな感はあったけれど、本来はスレイブになる前に説明しなければならないことなの。態度が強硬であったことも含めて謝っておくわ。一応の最後になるけれど、ごめんなさいね」


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