緋波姉弟の引き渡しを迫られる十海七緒
苅田笙子は十海七緒を署の取調室に連行して事情聴取を行っていた。
既に緋波隆の死亡まで再調査されており、死因がスレイブ特有の壊疽出血死であることも特定されていた。
しかし、七緒は弥生の引渡しには精神診断書をたてに了承しない。
「その診断書は貴女が作成したものですか?」
苅田は引き下がらなかった。
「いえ、梓大医学部の精神科医に診断していただいたものです」
手元に無いとは言え、この点に関しては七緒の虚言などではなかった。
緋波隆の暴行事件の際一時的な保護もかねて梓大医学部に七緒が匿った際に正式に診断してもらったのだ。
警察からの事情調査を避けるために取った診断書で、当時弥生は被害者と言う立場であったため提出の要求はされなかったが、それが今になって役立ちそうだった。
「しかし、それは貴女方の人権を認めているからであって、吸血鬼を正式にゴミとみなしてしまえば強制的に回収廃棄できるのですがね。生態廃棄物と呼ぶことにしていますが」
「ふふ、生態廃棄物ね。ファンタジーではアンデッド、死人なのだけれど」
「死体以下の扱いにしなければ法的処分が難しい、これはベン・マルリック氏の意見なのですがねえ」
「彼ならそう言うでしょうね。でも今、若生君を人の敵に回すのは得策ではないわ」
「緋波弥生さんを保護すれば、彼も司法に対して従順になるのではありませんか?」「取り戻すためなら県警程度を相手にするくらい、今の彼なら容易い筈。それよりもマルリックから命令させる方がまだ確実だわ」
「どうあっても、緋波若生を止めないおつもり?」
「論点は止める止めないではなく、警察に緋波姉弟を引き渡すか否かでしょう。そしてその警察と司法は虐待されていた緋波姉弟を見捨てたのよ。今、彼が警察に協力的なのは利害が一致しているからに過ぎないわ。彼の善意を裏切らないことね」
もちろん七緒が弥生を警察に引き渡したくない、と言うより見せたくない本当の理由はあのクレナイの存在である。
弥生を守るように寄り添っているあの異形の人もどきの獣が警察の知れるところとなってしまったら大捕り物になってしまうのは目に見えている。
若生の話していたクレナイの戦闘能力が事実なら警察に相当数の犠牲者が出てしまうはずである。
そうなれば自分たち吸血鬼コミュニティーと人社会との共生共存は不可能である。
七緒の携帯電話が着信音を鳴らしたのはそんな時だった。
「若生君からだわ。出てもいいわね?」
苅田は一瞬だけ視点を上に向けたが、すぐにOKの合図を出した
『今、どこにいるの?』
「警察署よ」
『悪いね。迷惑かけちゃって』
「どのみち私も容疑者なのだから気にしないでいいわ」
『マルリックもそこにいるのかい?』
「ええ、同じ取調室ではないのだけれど」
『出来れば合流して警察を説得してほしいんだ。リタの居場所を特定した、いやできたと思う。潜伏場所は鈴ヶ丘槙野9マーベラスホスピタル、警察で包囲してほしい』
「どういうこと?」
『リタは吸血鬼を索敵できる。だから潜伏場所がわかっても吸血鬼の俺たちはうかつに近づけない』
「確かに」
『だから警察で包囲して潜伏状況を遠目で確認してから一気に踏み込みたいんだ』
「警察が何と言うかしらね?」
七緒はそこで携帯の音声をスピーカーに切り替えた。
若生の声が取調室に響き始める。
『一網打尽に出来る最初で最後の機会だ。駄目元でいいから説得したみてくれないか?』
「本当に駄目だったら?」
『今夜俺たちだけで襲撃する。おそらく何体かは逃してしまうだろうけど、少なくとも今後やつらは自由に犠牲者から血を吸うことは出来なくなる』
「被害の拡大にならないかしら?」
『どの道、作っていた眷属が一体減ったし、やつらは戦力強化をするはず、ということは手元のスレイブが減り新しい犠牲者を探して被害を広げることになる』
「分かったわ。なんとかマルリックに相談してみましょう」
『また、連絡する。悪いけどそれまで電源は落としておくよ』
七緒は通信の切れた携帯を確認してから苅田を見た。
「今の話、リタの隠れ家が特定できたかもしれないという報告なのだけれど、警察は乗ってくれるのかしら?」
「吸血鬼の争いに介入して、あたら警官を危険にさらせと?」
「高みの見物で漁夫の利を得るチャンスかも知れないわよ?」
「県警本部を動かすには確証が必要ですね」
「マルリックに相談してみるわけにはいかないのかしら? 彼なら遠目から吸血鬼の存在を確かめる術を知っているかもしれないわ」
「良いでしょう。そもそもあなた方は容疑者ですらない。私たちの前で話し合いはむしろ歓迎です」
苅田の物わかりの良さに七緒は感心していたが、逆にその柔軟さには警戒しなければと思い始めていた。
今後の投稿は毎日は無理で、不定期になります。
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