荒賀風馬とエディー・フランソワーゼの世間話
「お久しぶりです」
まず声をかけたのはエディーだった。
「考明塾では失礼いたした。あの後ろくな挨拶もせずの撤収でござった」
「いえ、再訪の早さに驚いております。この騒ぎの中で再会できたのは幸いです」
立場的には風馬がリタを追って、若生がここで待ち構えるという選択肢だってあり得たのだし、そうなるとエディーと風馬の接触はまだ先の事になっていたはずだ。
「そこもとはこの日本の吸血鬼を訪ねてここに来られたということでござったなあ」
「はい、私というよりも元の主がですが。ゾーイ・ブルー・ウィリアムスという名に聞き覚えはありませんか?」
「その御仁がこの地の吸血鬼に知り合いがあったと? それがしは聞いたことはござらん」
「そうですか? そういうことでしたら、敢えてこの地の既存の吸血鬼のコミュニティーについては聞きますまい」
「今のトラブルを抱えたまま接触するという事は、そのコミュニティーを崩壊させることにもなりかねんでござるなあ。とは言っても在野の吸血鬼コミュニティーにはそれがしここ100年ほどは接触できてござらん。特に戦後からは全く音沙汰なしでござる」
「今となっては主ゾーイがどのような意図を持って接触しようとしていたのか定かではないのですが、私としてはコミュニティーへの参入ではなく、人社会への関わり方や血液の確保の手段を教示してもらいたかったのです」
「教示など必要あらず、若生殿から一応の面々の主従や医大からの血液供与を聞いてござるが、中々に良好な吸血関係を築いてござる。崇血者がかくもそろっているコミュニティーは貴重でござろうな」
「『すうけつしゃ』ですか?」
「吸血鬼を従え血を与えし者のことにござる。貴殿らとは主従が逆でござろうが吸血鬼の謙虚さと崇血者の与える付加価値によっては珍しき事ではなく代々にわたっていくつかが続いていたのでござるが、家社会の変遷と崩壊でそういうコミュニティーは消失したようでござる」
「イエ社会ですか?」
「戦前までの法律で、家に家長とか戸主が定められて、一族を統率していたんです。今でも形としては蓮夏先輩の家はその習慣が残ってますよね」
早紀が短く説明した。
「おめーんちも似たようなもんだろ」
「我家は宗教的な特殊な家長制度ですね。本庄家は元は豪農ですか?」
「農業だけじゃ、すたれちまってただろーよ。うちは明治から商売にも手え出してたみてーだな」
「主従関係を結ぶにあたって吸血鬼一人を維持するにはそれなりの規模の家なり組織なりが必要でござるが、それが戦後は大幅に激減したわけでござる」
「欧州でも第二次世界大戦は吸血鬼にとって大きな転機でした。あの後隠棲していればまだ違った吸血社会が残されていたかも知れません」
「欧州の人対吸血鬼の比率はどのくらいでござるか?」
「地域によって全く違いますよ。統一直前の東ドイツは2000対1程度でしたが、今は2000万分の1以下でしょう。そして他のEU加盟国では激減したままのはずです。周辺の紛争国家に紛れ込んでいる可能性はあるんでしょうが、それも多くはないでしょう」
エディーが統一前の東ドイツで眷属のコミュニティーを乱発して、そのことで吸血鬼ハンターに指名手配されていたことは既に蓮夏や早紀も聞き及んでいることだった。
「吸血鬼の多い国はどこよ?」
蓮夏は逆に素朴に思った疑問を上げてみた。
「おそらくロシアでしょう。司法・行政サービスなどの国家組織の関与が行き届いていない地域に吸血鬼は潜伏しやすいですから」
「加えて吸血鬼は寒冷地の方を好むという傾向もあるでござる」
「体温調節が人より優れているからですか?」
訊いたのは早紀である。
「グールやゾンビによる被害が寒冷地の方が少ないからですよ」
「良くも悪くも人を糧と考えている吸血鬼にとって、活動時間の夜間は人には家屋に引きこもっていてもらったほうが関係の破綻がしにくいのでござる」
「こちらの国でも北部の方が吸血鬼は多いのですか?」
「200年ほど前はその傾向はござったなあ。江戸時代初期は南蛮の吸血鬼が多かったゆえ、上方・九州が目立ってござったが、次第に討伐され北国の吸血鬼の隠れ里が残っていったのでござる。それも戦時中の国民総動員で崩壊していったのでござるが」




