事後の対応
若生は地面に降りて、最後に二分割された獣に近寄った。
胸から首に掛けて切断された頭部は牙をむき出しにして顎を動かしていた。
空気を吸うことも吐くことも出来ないので歯のかみ合わせる音だけを出していた。
「これを放って逃げたら、マルリックが怒るんだろうな」
若生はポシェットから包みを取り出し、ロール状にしていた布地の包みを広げる。
中から太さ1mm×100mmの銀の針を取り出し獣の耳に突き入れる。
動かなくなる頭部を確認して、直ぐ横の胸から下の体、切断面の背骨の切り口に針を突き刺すと痙攣を起こし動かなくなった。
若生は1階のリビングに戻って首無しの2体に銀針を突き刺し、若生が目算を誤り無駄に開けた壁を通り抜け、裏庭と言いうほどのスペースも無い、塀との間のやや広い敷地に踏み出た。
塀に上半身だけになった獣が蠢いていた。
ガリガリとブロック塀を引っかき、こちらに向かってこようとするのか威嚇しているのか牙をむき出しに大口を開けている。
若生は一息で獣に迫り、銀針を顎の下に突き刺す。
麻痺した獣は塀から力なくぶら下がった。
「動くな!」
後ろから声を掛けられた。
と言うより怒鳴りつけられた。
若生は左半身で首だけを声の方に向ける。
若生の目に入ったのは制服の警官だった。
拳銃を構えてこちらに向けている。
そこまで警戒しているということは転がっている、分断されたり首がなかったりした獣を発見してしまったのだろう。
「手をあげろ!」
若生は左手を右から左に、つまり警官側に向けて動かした。
シュルンと髪の毛が警官に向かって飛び、拳銃に巻きつく。
若生は髪の毛を手元に引き寄せ、拳銃は空を飛び若生の手元にキャッチされた。
「き、貴様! 抵抗するか?」
上ずった声を出す警官に若生は右手で銀針を突き出して見せた。
「転がっている獣にはこの銀の針を突き刺してます。調べたりする時にも絶対抜くなと仲井刑事に伝えてください」
「仲井刑部補?」
「俺は緋波若生。『考明塾で会う』そう伝えてください」
「ひ、ひなみ?」
「もう一度言うけど、そこいらに転がっているのはただのゾンビやグールじゃない。新種の怪物です。銀針を抜くと暴れますよ」
そう言って若生は拳銃を地面に置いた。
その屈んだ姿勢から跳躍した。
更に1階の屋根を踏み台に上空に飛び上がった。
警官が見上げた時は視界の限られた上空には、すでに何も見当たらなかった。
若生はそれほど高い跳躍をしたわけでもなく、そう離れてはいない場所に着地した。パトロールカーのサイレンはまだ遠い。
さっきの警官は地元でパトロール中偶然に佐紀波家の異状を発見したのだろう。
若生は歩きながら携帯を取り出した。
幸い、あの戦闘で機能が損なわれたりはしていなかったので、急ぎ蓮夏に連絡を入れる。
蓮夏は寝てはいるだろうが緊急事態・・・になっている可能性もあるわけだから致し方がない。
コール音も意外に短く蓮夏は通話に応じてきた。
「なんでー若生? 夜這いに来て欲しいってかー?」
「その様子じゃ何も起こっていないようだな?」
「あ゛ー? 俺の怒りを買うようなことやってるってか? こら」
機嫌悪そうだなこいつ、とか思いつつ若生は蓮夏が寝起きであることに思いやり、穏やかに話を続ける。
「蓮夏が怒ってるかどうかじゃなくて、何かまずいこになってないかと思って電話したんだ」
「あー? 別に何にもメンドーはねーぞ?」
「ならいいんだ。俺、さっき襲われてさ。撃退はしたけど一応塾に報告してから帰るから」
「何サラッと業務連絡してんだテメー? てか何勝手に外出てんだ? 襲われてんだ?」
「大丈夫だ。ほぼ無傷だから。それより相手は複数の獣人型の吸血鬼だった。風馬さんにちゃんと伝えて用心するように言っておいてくれ。」
「何サラッと伝言頼んでんだテメー?」
「帰ったら、ちゃんと怒られるてやるから、今は用心して待ってろ。クレナイの様子次第で全員道場に集まるか、母屋にスレイブだけで固まるか、風馬さんに判断してもらってくれ」
何か言いたそうだった蓮夏に申し訳ないが若生は携帯を切った。
あれだけの気配、鬼気というか獣気だ。
近寄ればクレナイが反応するのは容易に想像できた。
若生は考明塾に向かった。
『これからすぐに戻る』とだけ携帯で十海七緒に告げておいた。
考明塾で異常な事態にはなっていないようだった。
やはりリタ・ギオレンテイーノは律儀に約束を守って若生だけを狙ってくれるようだ。
しかし、あの獣・・・あれだけの数を維持する血の確保をリタはどうするつもりなのだろう?
リタには若生の身内を狙うなと要求をしておいたが、他で無差別に、いや、恣意的に選択したとしても被害者やスレイブの数が鼠算的に増えたりしたら間接的に関係者に被害が及ぶ可能性は否定できない。
拙いことになるかもしれない。
そう、思いながら久しぶりに考明塾の門前に来た。
既に門扉と塀は取り除かれているのは、篠原健司の手配の結果だろう。
若生は鍵がかけられていない玄関をくぐり、教室に向かった。
始めは診察室を覗くつもりだったが、教室で知った吸血鬼の気配を察したからだ。
教室には考明塾に残っていた3人の吸血鬼がいた。
「また、派手にやったようだな?」
ベン・マルリックはどこまで知っていて訊いて来るのだろうかと若生は思いながら答える。
「確かに憂さ晴らしの感はあったよ」
「どこで?」
七緒の短い質問は怒っているなと思いながら答える。
「俺の家だよ」
「他に誰か一緒だったのですか?」
エディー・フランソワーゼはいつもと変わらない態度だった。
「一人で居るところを狙われた」
「相手はリタか?」
「リタの気配は無かった。しかし、今のリタの特徴を引き継いだ眷属だったよ」
「仲井という刑事から連絡があった。もうすぐ来るそうだ」
「という訳ですから、私は2階に引っ込んでいますよ」
エディーは杖を突きながら教室を出て行った。
警察には、エディーはここにはおらず逃亡中と言っていたのである。
「相手の数は?」
「その前に何故あなたは実家になんかに一人で居たの?」
「一人で居るとリタが俺の前に来やすいんじゃないかと思って、あの家なら何かあっても迷惑かかりにくいかと。相手は6人以上だったよ、マルリック」
「何体処分して何体逃がした?」
「4体処分、2体は逃げた。最初の感覚ではもっといたような気がしたんだが、確認できたのが6体だったんだ。能力特徴は全部似通ってた」
「複数一斉にかかってきたか?」
「2,1,1,3のパターンでかかってきたな。最初の2体の不意打ち以外は連携のいい攻撃とは言えなかった。最も俺が屋内に居たから全員で攻撃できなかったんだろうけど」
「あなたが待っていたのは本来はリタだったのよね? あそこでリタが火を使うことは当然想定していたはずよね?」
「さすが、先生は鋭いね。もちろんあの家を燃やしてくれれば、それに越したことはなかったんだけど、姉さんの部屋だけでも全壊に出来たのは僥倖だったよ」
七緒は若生を平手打ちしようとしたが、その手はマルリックの義手にさえぎられた。
「警察に対してその答弁は許さんぞ」
「正当防衛を主張してればいいんだろう?」
「分かっているのならいい」




