茶道ごっこ?
奈津は茶碗にポットの湯を少量注いで中で数回回してからボールのような大きな茶碗型の器に捨てて中をふき取って、茶さじで棗の中の抹茶をすくい、柄杓で茶釜の湯を注いで盆の上に置いた。
次いで茶せんで茶碗の中を器用に攪拌した。
「湯加減、泡立てはこんなものか。早紀殿、ヌシ殿から配ってたもれ」
桐蔭寺が立てられた茶をすでに茶菓子を食べ終わった若生の前に置いた。
若生は茶碗を両手で取り上げ目の前でしばし眺める。
「今宵は一人一杯ずつ茶碗を用意したゆえ、飲み口を気にする必要はない。飲みたいようにたしなむが良い」
「普通は一杯の茶碗を回し飲みするのですよ」
桐蔭寺が点て終わった茶を配りながら付け加える。
「回し飲みぃー? 桐谷くっそ先輩はオレの後な!」
「なんだとぉー? むしろご褒美だぜ蓮夏!」
「前言撤回! オメーなんかと茶なんか飲まねー」
「まあ、そういうことがないように袱紗という布で口を当てた部分をふき取って次席に回すのですがね」
その間奈津は茶釜にポットのぬるい湯を足しながら湯加減を調整しては茶を点てていた。
「うぬも席について飲むがよい」
奈津に促されて桐蔭寺も桐谷と貴美香の間の席に着いた。
「あー、もー、足崩すぜ!」
と言って蓮夏が正座から胡坐に替えて座りなおした。
「テメーも崩していーんだぞ若生?」
「まだ、足は痺れてねえよ」
「かぁー飲んだ気がしねー」
「そうか? 美味しかったぜ」
「そういう時は、『結構なお点前です』と意思表示するものですよ」
最後に配られた茶に口を付けながら桐蔭寺が解説をする。
「お点前か」
「茶道の作法に興味があるならば個人指導しても良いぞ」
「この道場で良いのなら是非」
「マジかよ若生。侘び寂で干からびた吸血鬼なんてサマにならねーよ」
「干からびることはないだろ?」
「マジにとるんじゃねーよ若生」
「クレナイと姉さんの番をする間、良い暇つぶしになりそうだ」
「ちぇーっ、本気かよー」
「クレナイや弥生さんは昼もずっとこのままなの?」
桐蔭寺が若生に聞く。
「いや、姉さんはトイレに行くし、クレナイは外で用を済ますし、水も飲むし」
弥生とクレナイが用を足そうとする時はほぼ同時だった。
弥生に連れだって貴美香がトイレに向かうのに対しクレナイは庭の芝生で放尿する。
その時には使用人の毛利が尿をホースの水で洗浄するのだが、そのホースからクレナイは水を飲んだりするのだった。
「毛利さんにも襲い掛からなかったのか?」
蓮夏が訊く。
「クレナイはね。姉さんは狙ってたみたいだけど」
「なんじゃと? それは聞き捨てならんな」
奈津の口調はきつかったが若生を見る目はそれほど厳しくは無かった。
「大丈夫ですよ。ちゃんと毛利さんには注意しておきました。姉さんを視界に入れながら行動してくれって」
「そんなんで、でーじょーぶか?」
「姉さんの運動能力は人間以下だからね。動きをよく見ていたら簡単にかわせるし逃げられるだろう」
蓮夏の隣りでは桐谷が耐えられなくなったのか勝手に足を崩して胡坐をかいた。
結局、奈津は茶釜の火の始末だけをして残りの器を貴美香と桐蔭寺に引き上げさせてその日は道場から母屋に戻った。
残ったのは若生と蓮夏、桐谷だった。
「よー?、さっきの話本気かよ?」
「ああ、俺の暇つぶしと言うより貴美香さんの暇つぶしになるだろうからな」
「詫び寂びで年増女口説こうってか?」
桐谷が意地悪そうに訊く。
「貴美香さんて、暇だろうから、こんなので気がまぎれるといいかなとか思って」
「ちっ!」
蓮夏が舌打ちした理由はやはり若生の優しさが気にらないか、いや、その優しさが自分だけに向けられていないことが気に入らないし嫉妬しているからだ。
「そう、いつまでもって訳じゃない。忍者さんが来てくれれば俺も動かないといけないからな」
若生のその言い方に見透かされているような気がして蓮夏は立上がった。
「ちょっち花摘みしてくるぜ。くっそ先輩は俺が戻るまでそこに釘付けにしとけよ若生」
「何だと? 花摘みならっ――」
何を言い出すか予想できた蓮夏は座布団を桐谷の顔面に押し付けて足蹴にして踏みつけておいて道場を出て行った。
「ふふふふふふふふふふふふ」
座布団の下から桐谷が不気味に笑った。
「蓮夏……これこそサイコーのご褒美だぜ! オメーの温もりと匂いが染みついた座布団を顔面で堪能できるたーなー」
「相変わらずブレませんねえ。先輩は」
と、若生はため息交じりに言った。




