茶道塾?
同日夕食後、本来なら夕食を用意した貴美香が洗い物もするはずなのだが、昼呼ばれた件もあって先にダイニングを出、奈津の私室に向かった。
「何を始めるつもりなのかな、あの婆様は?」
剣道場での若生の一声はその後貴美香が持ち込み始めた木箱の数々のせいである。
三往復目に座布団まで持ち込み始めたことで若生もおおよその見当は付き始めた。
止めるわけにはいかないのだろうな、と思いつつ貴美香の準備を眺めていると入り口でガタゴトと物が落ちる音がした。
立ちすくんでいたのは蓮夏だった。
「お、俺は用を思い出した。今夜はキャンセルさせてもらうぜ」
「ふん、外に出ることなど、ままならぬのであろうが」
蓮夏の真後ろで奈津の声が響く。
「うぬは座布団でも並べるが良い。その前に床に散らばった飲み物を脇にどけよ」
そう付け加えて蓮夏の背を押す。
「いや、課題と宿題が――」
「教師には捨て置かれておるくせに。ほれ、ヌシ殿は茶釜の用意をいたせ。分からずば教えてしんぜよう」
若生は逆らわずに一番大きく重たい木箱から鋳物の茶器を出し、奈津の指示する位置に据え置いた。
その間に桐蔭寺と桐谷が剣道場の入り口で立ち止まっていた。
その蓮夏と同じ反応に座布団に座った蓮夏が隣の座布団をバンバンと叩いてここの座るように無言だが騒々しく促した。
「なんだよこれ?」
桐谷が小声で蓮夏に聞く。
「うっせー! 俺が訊きてーよ!」
「飲み会ではなかったんですか?」
桐蔭寺も誰にとなく訊いた。
「なんでかこうなってしまって」
と若生。
「探してみたが、洋茶のセットなど人数分揃わなんだでな。これならば十分に数が揃うゆえ、持ち込んでみたまでよ。まあ、わしの趣向というわけじゃ」
「テメーか若生? よりによって婆あに話漏らしやがったのは!?」
「こんな大げさにしてもらうつもりは無かったんだが・・・・・・」
「安心せい。このような床間で礼も何もあったものではなかろう。堅苦しゅう講義するつもりはないし、最後まで正座で通さずとも良い。一通りの茶の作法など見知っておくも悪くはなかろう」
などと言いながら奈津は茶釜の下に火のついた木炭を七輪から移し、釜にぬるい湯を入れたりしていた。
「ふむ、面白い。湯加減が斯様に目に見えて判別出来ようとは。スレイブという身もおつなものよな」
スレイブは赤外線を視覚にとらえることができる。
湯加減も今までとは違った光景に見えるのだ。
「貴美香殿、数が多いゆえ点前を手伝うていただこうかの?」
「て、てまえ・・・・・・ですか?」
貴美香は柄にもなく体が強張っているようだった。
「表千家でよろしければ多少の心得があります。半東は私が務めましょう」
桐蔭寺が助け船を出した。
「ほお、真言宗は禅寺ではあるまい? 高晏寺でも茶道を嗜むか?」
「真言宗とて禅寺との付き合いもあります。あまり知られていませんが、あの寺には茶室もあるのですよ」
「それは初耳じゃ。しからば、こちらで茶菓子を器に分けてもらおうかの」
「茶釜の湯は足りそうにありませんね?」
「ポットも用意しておる。風情はないがの」
「ふふ、そういうこだわらないのって好きですよ」
「質問とかしていいんですか?」
若生がやや小さい声で聞く。
「これは茶道ごっこじゃ、下世話なことでなければなんなりと」
「半東って助手のことですか?」
「いかにも、対して茶を点てる、わしの事を亭主と呼ぶ」
奈津は答えながら四角い大きな容器を手前に引き寄せ中のモノを切り分け始めた。
「ゼリーですか?」
横で菓子用の小皿を並べながら桐蔭寺が訊く。
「ミルク寒天じゃ。ほぼ水物じゃからヌシ殿にも食せるのではないかと思うてな」
「お心配りありがとうございます」
「礼には及ばぬ。体の良い実験じゃ。ヌシ殿で腹の経過が良ければ、わがアルジ様にも献上するゆえ」
なるほど、本庄奈津の言うヌシとは若生で、アルジが十海七緒を指すのか。
桐蔭寺が盆に乗せた分の茶菓子を配り始める。




