白日夢の風魔の飛び鬼とスレイブ化を受け入れる桐谷翔太
目の前を歩いているのは風魔の飛び鬼だった。
その後ろをついて行く。
砦の中の坑道は平坦ではない。
上に向かうにしても何度も梯子や急で不安定な階段を上り下りしなければならない。
その坑道が平坦になり左右に格子がはめ込まれた区画に差し掛かる。
格子の中の人影は目だけでこちらを窺っている。
音は立ててはいない。
否、奥、その先が妙に騒がしい。
格子から頻りに隣に腕を伸ばそうとしていたのはグール、鬼共であった。
その腕に狙われている格子の中には怯えて縮まっている男がいた。
「敵前逃亡ゆえ捕えたのでござる」
「四朗は逃げる者は追わずという方針であったが?」
「この者、山田右衛門作なる内通者にござる」
「ほお、副大将ではないか? 確証は?」
「この者が矢文を放つところを見たのでござるが、いかんせん某、外様の異教徒ゆえ信用されるか微妙にござる」
「汝、意外に気苦労しておるな」
「こやつ、このまま下僕にするがよろしいかと」
ひいっと牢の中の者が声を上げた。
「その上で口を絶ちて、口割るまで腐らせるも良し、眷属として今一度忠誠誓わせるも良し」
口を絶つとはスレイブにした者を放置し、腐れ死にさせることである。
「して、四朗ではなく我を呼ぶか」
「四朗様こそ某の事、信用するとは思えぬでござる」
「しからば飛び鬼、こやつを連れて幕府に投降できるか?」
「な、なんと、幕府に寝返るおつもりか? ヘリペラアス様」
「寝返るは汝のみよ、飛び鬼。切支丹に思い入れなどあるまい?」
「某、この原城に攻め入る伊賀者を屠ることこそが望みにござる」
「その伊賀、城攻め当初こそ諜報目的にて多くが見えたが、今や伊賀どころか忍びすら目にすることあるまいが」
「城落ちし後、落ち武者狩りは伊賀者にござろう。そのおりに潰して回るもよし」
「その頃には幕府も鬼の対処に備えておろうな」
「何故にこの時期に某とこの者を逃がすのでござる?」
「汝に成してもらいたきこと、その山田右衛門作を土産に新免武蔵に言伝して欲しいのよ」
「噛み傷が腐るはあと二日後、彼の武者を助けよと言うのでござるか?」
「汝が主となるも良し、彼奴めの左手を切るべく助言するも良し。その上で我の存在を幕府に知らしめるが良かろう。ここにて鬼を生みし者はこの我であるとな。特に伊賀者にのみ流布できらば抜け駆けで我を狙うて来るのではないかな? 汝自ら手を下さねばならぬという性でもあるまい」
「某が憂さ晴らしを代行していただけると言うことにござるか?」
「汝は我の趣味を代行してはならぬぞ」
「実は某も坑道で二度ほど剣を交えたでござるが、まともに勝負すらば恐らくは五体無事にあらず」
「確かに、腕一本くれてやったとて勝ち取れるものにあらずんば、何をくれてやろうかのう」
言いつつ山田右衛門作の入った格子の鎖を解いていく――
そうか、荒賀風馬が宮本武蔵に与したのはフィルの指示だったのか。
本条家の自室で一人でいたらまたもやの白日夢だった。
若生が剣道場に戻ってみると蓮夏はすでに母屋に戻っていた。
若生は律儀にクレナイの前に座っている桐谷の横に座った。
「襲われたりしませんでしたか?」
「いやー、ずうっとこのまんまだなー、こいつら」
「もしかしたら、眠っているのかも知れない」
「冬眠明けで寝ぼけてるってか?」
「いや、冬眠って言うのは精神ごと機能停止した状態だから休めていた訳じゃないんです。吸血鬼は基本眠れませんから」
「なんで眠れなくなるんだー?」
「回答に困る質問ですね。それを答えるには人間は何故眠るのかという問題が前提になりますが、実はまだ明確な回答は無いそうなんですよ」
「へっ、とか言いつつ相変わらずハキハキした受け応えだよなー、若生」
「まあ、分かっていることは、しっかり眠れることの出来る人間の方がマシってことですよ」
「そーかー? 最近睡眠時間が減ってる割には調子良いんだがなー?」
「そりゃ、短時間で熟睡できてるからでしょう」
「そんじゃー、若生」
桐谷が若生の眼前に自分の左拳を突き出した。
桐谷が若生を殴った時に牙で傷がついた拳である。
若生は桐谷の左手首を握って、まじまじと見つめてから口を開けて歯をむき出しにしてどうしたものかと思案してしまった。
傷のある部分は中指の付け根、拳のすぐ先である。
腕の肉の多い部分と違って噛めばすぐに骨に突き当たってしまう。
そんな傷でうまく血を吸えるのだろうか?
いや、別に吸わなくてもいいのだ。
自分のVアメーバとかいう細菌が傷口から静脈をさかのぼって、桐谷の体内に入ってくれればいい。
一瞬傷になっただけで感染したのだから傷が塞がるまで口につけていればほぼ間違いなく「接種」できるだろう。
若生は意を決して吸血を実行に移すことにした。
「その前に、こいつらから少し離れましょう。この距離で吸血中に攻撃されたら避けようが無い」
若生達は出入り口にまで下がって座りなおした。
若生は再び桐谷の手を握る。
「拳にしないで指を広げてください」
吸血鬼の犬歯、牙の先端は人と違って鋭く尖っている。
更にミリ単位ではあるが伸縮もする。
その伸ばした牙を桐谷の中指に当てて皮膚を突き破った。
そしてその傷口からこぼれる血を若生は吸い、飲みこんでいった。
これは男根を自慰しているのと似ているなと桐谷は思った。
噛まれた激痛の後、傷に痒みが生まれて、それが和らぐとともに自慰の時のくすぐったいような快感を得ていた。
自慰と違うのは傷口が塞がるにつれて、それらが消失していったところか。
でなければ、若生に変な感情を抱いてしまうところだった。




