若生以外の夕餉
「部屋割りは申し渡したな? では今宵は蓮夏が夕げの用意をいたせ。食材は用意しておる」
奈津が仕切る。
「はああ? なんで俺なんだよ? 毛利さん作ってくれねーのかよ?」
「たわけ! これだけの人数分の料理、毛利の給与で命令できようか。材料の調達までしか面倒見れぬわ。今後の料理、うぬがすべて賄うも良し。順番決めて持ち回るも良し。明日の夜以降、献立の好みがあるならば今日中に毛利に伝えておくが良い」
そう言い捨てて奈津は剣道場を出て行った。
「明日の朝は私やりますから蓮夏先輩」
フォローの意味で桐蔭寺が自分を候補に挙げた。
「私も手伝いますから」
「戒田さん? 貴美香さん? は、明日の朝私を手伝ってもらえませんか? 今日は台所の勝手を知っておきたいので私」
桐蔭寺は貴美香の申し出を延ばしてもらう。
「貴美香でいいですよ。では明日の夜は私の番ですね?」
「そのローテーションに俺も入んなきゃいけねーのかよ?」
桐谷が嫌そうに訊いた。
「順番に入らねー時は飯抜きだ。昼の学食で食い貯めするんだなー」
「無理に賄を任さずとも、食べ終わった食器の洗浄でもしていただければ良いのでは?」
と言う貴美香にしてみれば賄全部を自分に任せてもらっても良いと思っているのだが。
「確かに! 桐谷の作った飯ってのもゾッとしねーしなー」
「っんだと? 俺のスキルを見せてやろーじゃねーか。俺のカレーライスとサンドイッチを食らわせてやるぜー!」
「そんだけか? 二つだけか?」
「二つ作れりゃ、充分だろ? 俺なんかサラダしか作れねえし。味噌汁なんか鍋の中で味噌溶かすこともできなかったし」
話が進まないので若生は介入することにした。
「一先ず部屋に荷物運ぼう。俺達はどっちに行けばいい?」
「ちっ! 車庫の隣の対屋だ」
「桐谷先輩は先に行っててくれ」
「りょーかーい」
「貴美香さん、姉さんの荷物も一緒の部屋でいいかな?」
「こちらですね。かしこまりました」
貴美香は見た目は大きいが重さはさほどない弥生のバッグと自分のバッグを両方を軽々と持って出口に立った。
「じゃあ、蓮夏は女性陣の案内を頼む」
「本宅の玄関から入ってくれ」
面倒くさそうに蓮花がバッグを肩にかける。
「よー若生、俺は後でクレナイ見張ってりゃいーんだな?」
「ああ、交代してくれると助かる。俺のスペースは気にしないで使ってくれ」
喧噪のような騒がしさが去って、剣道場には吸血鬼だけが残ったことになる。
若生は振り返って姉と熊を見た。
塾にいた時のずっと座った状態とは違って今のクレナイは身を伏せて丸まったような体制でよりくつろいでいた。
弥生はその腹というか膝の部分に身を預けて目を閉じている。
吸血鬼の姉が眠るはずはないのだが、スレイブが周囲に居ても今回は全く興味を見せずにそのポーズのままだった。
間違いなく熊と姉はシンクロしたまま安定している。
どこまでこの熊を信じて良いものかと若生は懊悩している。
この安定、均衡が崩れた時、最も身近にいる弥生はクレナイの餌食になってしまう可能性が高い。
しかし、他のスレイブたちを守るためにはこの熊の存在は魅力的過ぎた。
ガーディアンとして機能してくれるのなら最高の手札だろう。
「ていうか、おまえ、いざって時に姉さん守ってくれんのか? それ以前に自分守れんのか?」
若生の問いかけに対してクレナイは黙して伏せているだけだった。
用意されていたのはカレーライス4~6人分の食材だった。
食卓についたのは若生のスレイブ4人のみだった。
一応確認をとってみた本庄奈津は夕食をとる習慣はないと言う。
いただきますも言わず皿のカレーライスを口にしながら蓮夏が独り言のように言う。
「・・・作りながら分かっちゃーいたんだ」
若生がテーブルにつくことがないことを、である。
「・・・盛り上がらねーってか? 一発芸で披露してやろーか?」
「止めましょうよ桐谷先輩。万が一ウケてもその後の反動が大きそうです」
「万が一かよ! まだ見せてもいねー俺芸の評価?」
「・・・明日の朝食、トーストと目玉焼きでいいですか?」
カレーライスを口に運ぶスプーンの手を止めて桐蔭寺が誰にとなく訊く。
「ツッコミも無しかよ!」
「・・・サニーレタスとレタス一緒に出すなよな」
「・・・サラダ用ホウレン草は良いですか?」
「・・・それはいいんじゃね」
「えー? 生のホウレン草?」
「・・・早紀、そいつのトーストで一緒に焼いてやれ!」
「なに、そのなにげな嫌がらせ?」
「・・・ごっち!」
盛り上がらないディナーを最初に切り上げたのは蓮夏だった。
「洗い物はシンクに突っ込んどいてくれー。後で洗うからー」
「蓮夏先輩、お弁当作りますから弁当箱出しといてください」
「あー、そんな気の利いたモン持ってきちゃいねーなー」
「じゃ、タッパーに詰めちゃいますよ。適当に」
「あー、すまねーなーって、俺の当番の時、弁当なんて無理だぜ?」
「あのー? 俺はってずーずーしーかな?」
「ついでだからいいですよ。女子の倍量でいいですかね?」
「文句ねーよ。なんでもいーよ」
とか答えている桐谷を尻目に蓮夏は若生達吸血鬼のいる剣道場に向かった。




