本庄家への移動
本庄家に移動するにあたって最大の懸念はクレナイの移送だった。
七緒のホンダフィットに乗せるという大前提をクリアできなければ夜間徒歩による移動ということになる。
幸いなことにクレナイは雄のツキノワグマとしては大きい方ではない。
体長150㎝といったところだろうか。
体重は不明だが軽く見積もっても100㎏は超えている筈だった。
小型車だが内部が広いフィットなら十分に乗車できるが、シートに導き座らせることができるのか?
外に出した途端、逃げだしたら捕獲のしようが無い。
七緒が現実に効果的な方法を取ることにした。
すなわち血液の入った注射器をちらつかせて車までクレナイを誘導するのだ。
この作戦はうまくいき、クレナイ、弥生を同時に車内後席に誘導することが出来た。
若生が前席から後ろを向いてで針のない注射器で解凍した血液を与えながら七緒の運転で発車する。
本庄本家に到着するまでにクレナイと弥生の二本ずつの血液は消費されてしまったが幸いなことに一頭と一人は暴れることはなかった。
若生と弥生、クレナイは本庄奈津に面談することなどなく、使用人の毛利に案内された。
前回若生が奈津に指を砕かれ、奈津が強制的敵に若生に接吻された剣道場に通された。
椅子も座布団もない板間で小一時間ごろごろしていたら七緒が戒田貴美香を連れて、再来した。
七緒が奈津と別室で事情説明をしている間、もしくは本庄蓮夏、桐蔭寺早紀、桐谷翔太が揃うまでの間、ここで控えていなければならないということになるのだろう。
熊の扱いがネックになるのではと思っていたが、剣道場に顔を出した七緒は落ち着いた顔をしていた。
「お婆さん、来ないってことは怒ってんの?」
「意外にすんなり受け入れてくれたわ。こちらに来ないのはクレナイ用の檻を調達してくれてるの」
「すんなり入ってくれるかな? 半端な檻なら入っても簡単に出ちゃうんじゃね?」
「形だけよ。もし近所に熊の姿を見られたら安全に管理してるって言い訳するためのね」
「着ぐるみだとでも言ってやった方が現実的じゃね?」
「それも良いのだけれど臭いがね」
「やっぱ、臭うか。吸血鬼レベルの嗅覚のせいかと思ってたけど人レベルでも臭いのかな?」
「ここの風呂は大きいから使わせてくれると良いのだけれど、そこまで面倒は言えないわね。せめてブラッシングと布拭きしても怒らなければいいのだけれど」
「ここの環境に慣れて落ち着いたら試してみるよ。もっとも今でも十分落ち着いてるように見えるけど」
「そうね、おかげで取りあえずは塾に戻れそうだから、これで私は引き上げるわ」
「ああ、色々面倒を押し付けちゃってごめん」
「大丈夫よ。どうせ刀自様のこともあるから、ここにはしょっちゅう顔出ししないといけないしね」
結局、七緒が剣道場を出る時まで貴美香は一言も口を利かなかったが、最後には深々と礼をして送り出した。
午後になって蓮夏と桐谷がほぼ同時に訪れた。
「これが熊かよー? 思ってたよりデカくねーしー」
蓮夏はトラベルバッグを置いてしげしげとクレナイを見分した。
「桐蔭寺は?」
と、訊いてみる若生。
「少し遅れてくる。アリバイ工作? ダチん家を泊まり渡るふりをするらしい」
「大丈夫か? 家出人捜査とか警察が絡むとやばいんじゃねえか?」
「そうならないように工作するとか言ってたけどなーって、来たか」
「遅くなりましたあ! ああっ? なんかいる!」
さっそく桐蔭寺早紀もクレナイを見てテンションが上がったようだった。
さすがに騒がしくなりつつある道場内に喝を入れると言う訳でもないが若生は最小限の注意事項を説明することにした。
「その熊、クレナイと言うんだけど極力近づかないようにしてくれ。姉さん、弥生は隙を見て噛みついてくると思うけど噛まれても慌てないで。牙が短いから傷になることは無いはずなんで、むしろ噛まれた部位を口に押し付けるようにしてやると顎を開いてくれるから。上顎の牙が触れないように口から出せば大概大丈夫だから。部屋については蓮夏のお祖母さんから説明してくれるのかな?」
「あーあー、男は離れの客間を使ってくれってさ。早紀と俺は同室、キミ姉は――」
「キミネエ?」
貴美香の声は裏返っていた。
「そ、キミ姉!」
しかし蓮夏は気に留めることもない。
「俺の部屋の向こう隣が空いてっから。でー、想定外の熊とヤー姉はどうすっかな?」
「ヤーネエっておい?・・・ここでいいよ。ここも離れになってるからな。夜は俺がずっと一緒についてる」
「待てコラ! 若生がここにいてどーすんだ!? おめーは眠らねー特技使ってこのケダモノの番してもらわねーと困るんだよ!」
と言って蓮夏は桐谷の太ももに膝蹴りを喰らわした。
「テメッ蓮夏! この清純な俺様に向かってなんてこと言いやがる? 何しやがる?」
「てめーの清純は童貞属性だけじゃねーか? むしろ未使用不純物質で満ち満ちてんだよ! その股間!」
「おめーのただれた股間と一緒にするんじゃねーよ。名ばかり処女の不純同性交友百合娘!」
「俺の同性愛は自由平等博愛の英知に満ちたHで子猫ちゃんたちに絶賛指示されてんだー! 寂しく枯れススキの中にポチンとたたずんでる如くのテメーの一本マッチ棒とは断じて違うんでい!」
「人の巨根を馬鹿にしてっと破瓜で泣かすぞコラ!」
「何が巨根かオラ! 破瓜られっか! テメーの虚しい根っこなんぞマッチ箱とおんなじ容量だろーが! はかなく萎びてろ!」
「おーし! そこまで言いやがるなら見せてやろうじゃねーか俺の巨根が虚根かどーか」
「本性出しやがったな! 言い負かされたら小汚ねー粗チンを露出か? 真性ヘタレ性犯罪者!」
どこまで続くのかと思われた下ネタの罵り合いはいつの間にか竹刀を手にしていた本庄奈津に止められたのだった。
「えーい! うら若い女子高校生が巨根じゃ粗チンじゃと大声を出しおって!」
蓮夏と桐谷に容赦のない竹刀の一閃が振るわれ、バチンバチンと後頭部に派手な音がさく裂する。
「止めるタイミングを逸してしまった・・・」
若生は冷や汗をかきながら言う。
「放っておいても、桐谷先輩がズボン下ろしたタイミングで蓮夏先輩の連続蹴りがさく裂してジ・エンドでした。お約束なんですよ」
涼しい顔で桐蔭寺が解説する。
その間、貴美香は引きつった口元をして、ただただ固まっているばかりだった。




