孝明塾メンバーの指針
考明塾、元の診察室に戻って診察台に腰かけている佐紀波若生と事務椅子にもたれている十海七緒は、しばらく窓際の座ったままのクレナイとその横で膝枕ならぬ腹枕状態で横たわっている弥生を見比べながら沈黙を続け合っていた。
「何か言いたいことが――」
「何か言いたいことが――」
若生と七緒は互いに右手を差し出して先にどうぞと促した。
「・・・フィルの記憶が見えると言うのは意識的に見ることが出来るの?」
結局、先に七緒が気になっている質問をする。
「目を閉じていればそのうちに見えるようになるんだけど、どんな記憶になるのか選択することは出来ないみたい」
「それは意識が元に戻ってもはっきり覚えているの?」
「覚えていることもあるし、すぐに忘れることもある。戒田誠也の顔は何度も見ていたけど、今日会うまで完全に忘れてたし、島原の乱の記憶の中の宮本武蔵や荒賀風馬なんかははっきり思い出せるよ」
「あの忍者は島原の乱に関係していたというの? 370年前のフィルの知人という事はそういうことになるのね」
「もう少し報告すると、さっき見た島原の乱の記憶は風馬さんに会った影響が大だと思う。見ていた時間が今までになく長くて鮮明だったよ」
「それで辛くはないの? ストレスを感じたり、動悸がはげしくなったりとか?」
「むしろ楽になったよ。緋波家時代の記憶が随分印象薄くなったからね」
姉弥生が性的虐待をされ、若生が食事的なネグレストを受けていた時期の記憶割合が小さくなったということか。
フィルの腕を吸収しクロスブラッドしてからの若生が妙に大人びて見えただけでなく精神的に落ち着いたように見えたのはそんな理由もあったのか、と七緒は納得した。
「戒田姉弟の事なんだけど」
若生は言葉を切って七緒に質問していいかと暗に問うてみた。
「あなた達姉弟とは違うのよ。あなた達は純粋に被害者だったのだけれど」
「分かってるよ。俺達の敵は父親だった。実父だった。あいつは法的に犯罪者で道徳的にも咎人だった。でも戒田の敵は第三者、いや外部からの見方によっては味方だったのかもしれない」
「そう、戒田誠也が身を引くべき恋愛ゲームだったのかもしれないわ。結果は悲劇的な幕引きになったのでしょうけれど」
「それでも俺にはあいつのあの眼の意味が分かっちまったんだ。ちょっとしたシチュエイションの違いに納得できるわけがないさ」
「私たちが介入する余地も必要もないのではなくて?」
「介入は出来なくても、むしろ懐柔する必要はあるんじゃないの?」
二階から降りてくる気配がした。
左右対称の硬い足音はベン・マルリックであった。
「若生、ロード・フィルを倒したお前は我々の中のリーダーなのだ」
マルリックは部屋をのぞくなり切り出した。
吸血鬼の聞き耳で今までの話の内容は知っているのだろう。
「俺はあんたの弟子を自負してるんだけどね」
「それは我々内での事情だ。外部、特に敵対組織からみれば我々の中核は紛れもなくお前でお前の動向は我々の指針になってしまうのだ。私情を交えるなとは言わんが敵性の相手には私情を見せない心配りはしてもらわなくてはな」
「リタ・ギオレンティーノとの決着をつける方が先と言う訳だね」
しかし、その決着のつけ方によっては新たな敵を増やしてしまうことにもなりかねない。
「本庄家に移る準備があるのだろう? 弥生と熊は私が見ていよう。何かの時には時間稼ぎぐらいはできるだろう」
若生はマルリックの申し出に甘えて荷物をまとめることにした。




