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吸血塾2ブラッドサッカー  作者: クオン
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熊には逃げられ、新たな吸血鬼との邂逅

若生はこの先の展開を想像して焦り始めた。

このまま消耗戦が続いたら自分の方が不利ではないのか?

熊の質量はほぼ自分の3倍、低く見積もっても2倍以上の血液を有しているとみていい。

同じ吸血鬼なら内蔵する血液が生命力のキャパシティーを決定する。

若生の攻撃は相手に苦痛を与え攻撃力を殺いではいるが、生命力の削減、死に至るダメージを与えているかといえば甚だ疑問だった。

更に若生のモチベーションが下がる一因として、本当に目の前の熊を殺さなければならないのかという疑問の湧出があった。

相手は動物だ。

すでに何度が逃走を試みている。

このまま逃がしておけば、二度と、いやもう一、二度退かせば若生のテリトリーを認識して、ここには出没しなくなるのではないか?

そもそもこの熊はリタを追いかけてきた可能性がある。

敵の敵は味方とまではならないにしても互いが敵対すべき理由はないのではないか?

師なら?

マルリックならどうする?

この熊が人に危害を加える可能性は大だ。

スレイブを作って穏便に血を吸うとは思えない。

つまり襲われた人はグールかゾンビと化すのだろう。

それを放置するマルリックではあるまい。

殺せないそして放置しない、すなわちこれを捕獲する方法があるだろうか?

「ある・・・か?」

若生はズボンのベルト背中側にある一本のケースに思い至った。

中に入っているのはマルリックからもらった銀の長針だ。

使ってみる価値はある。

若生は熊から距離をとった。

銀針を隠していない左足を前にして膝を落とした。

革製のケースから元は棒温度計を入れる30センチ弱のケースを引き出し、蓋を外し針を摘んで引きずり出す。

熊に見えないよう死角で針を握って固定するが、相手は今までとは違う身構え方をし警戒をしてしまったようだ。

若生は想定していたし納得もした。

自分だって銀の匂いを嗅ぎ分けられる。

嗅覚が人よりはるかに鋭い熊になら容易に気づかれてしまうだろう。

若生は針を持っていない左手を突き出して熊に迫った。

先ずは針毛化で衝撃波を作る。

次は手のひらの獣の口に変形。

熊の眼前でブレード!

三連続の衝撃波で熊の攻撃を押し込めておいて右手の銀針を耳の下方に打ち込んだ。

「しまった!?」

若生は自分の試みの失敗を瞬時に悟った。

熊に針を突き刺した瞬間、周囲の剛毛が渦を巻き突き入れられた針を巻き込みながら体内に潜り込んでいったのだ。

銀を吸血鬼の弱点としてに有効に作用させるためには、それが中枢神経近くのVアメーバを介して脳まで麻痺させるという条件を満たさなければならない。

剛毛で針を包みながら体内を保護されては吸血鬼の体において、まさしく毛ほどのダメージしか与えられなかっただろう。

熊の腕があり得ない縮み方をしたその直後、あり得ない延び方をしながら若生を突き刺し数メートル突き放した。

まずい!

熊は両腕を伸ばし地面に突き入れ、そこを支点に尺取虫のように逃げ始める。

今逃がしては――

しかし若生の筋肉はまともに伸縮しない。

それでも衝撃波のダッシュを使ったが連続使用はかなわず熊に追いつけないで地に倒れこんでしまった。

「ペース配分ミス・・・か」

敗北感に苛まれながら若生は独りごちた。



とにかく体温を下げ水分を補給しなければならない。

相手よりこちらのダメージが大きかったのは明白だった。

「これを飲まれよ」

聞いたことの無い声?

いや聞いたことがある・・・自分の記憶ではなく、どこかで。

差し出されたのは竹筒であった。

木枝の栓を抜いて穴の空いた部分を口元に寄せられた。

「薬草と硫黄を少々混ぜた水でござる」

白髪と黒髪の混ざった左右の突き上がった頭。

目付きの鋭い濃い眉毛の整った顔、目は細められ口は薄く笑いを含んでいた。

マフラーのようなものを首に巻き、作務衣の下にメッシュの下着の様にみえるのは鎖帷子だろう。

そして体温と流れる血の動きは吸血鬼だった。

「『風魔の飛び鬼』?」

思わずそう口に出した時、男の手から竹筒が落ち、不意に白い鋭利な刃物が飛び出した。

刃先は若生の首に突き付けられた。

「それは『聖剣しろがね』・・・」

男は表情を変えなかった。

むしろ全く顔が変わらなくなった。

男は口を閉じたまま声を発する。

「その方何者でござる? 我忍び名を知るばかりか、この剣の銘まで口にできようとは?」

口を閉じたままの声に関わらずはっきりとした音声だった。

「フェイリペラース、覚えているかい?」

「『原のへりぺらあす』・・・忘れることが出来ようか・・・しかし・・・まさか」

「島原であんたは味方し、後に新免武蔵を助け敵対したよね?」

「まさか・・・まさか・・・」

「武蔵に渡したその剣、回収したんだね?」

「これは別物にござる。『しろがね』は3本数鍛えられもうした。武蔵殿の剣は御身に埋め込み共に埋葬いたしたのでござる」

そう言いながら風馬は剣を引いた。

「フェイリペラースは元から明に変わる中国経由でシャム~インド洋回りで西洋に帰ったよ。そして今年来日した時はロード・フィルと名乗っていた」

若生は体を起こしながら話を続ける。

「その以前の来日も聞いてはいたのでござるが、事後のことでござった」

「そしてこの九月に俺が倒し、記憶の一部を引き継いだ」

「なんと、かの者を倒したというのでござるか? いや、『クレナイ』を素手で退ける者なれば叶えることも出来ようか」

「『クレナイ』なるほど胸の赤毛からつけた名だね? そのクレナイという熊が追いかけていたのが、フィルの眷属リタ・ギオレンティーノ」

「然様な因果でござったか」

「あの熊はあんたの縁者なのか?」

「某の祖縁の者より派生した忌みし獣にござる。鬼の血肉を喰らい鬼の力を手に入れ、人を襲う不死の怪。我らの手により300年前に封印しておいたのござるが」

「なるほど、そりゃ侮っていたね。敗因はフィル並みの心構えが必要だったのに、相手を過小評価していたからか」

「貴殿の名は?」

「緋波若生、若生と呼んでくれ」

「某、今は荒賀風馬と名乗ってござる」

「甲賀の風魔? 冗談のような名前だね」

「戯けたかぶき者のような生き様ゆえ」

「高みの見物も生き様?」

「見てはござらん。凝った人除けの結界のせいで音を頼りに『場』を探していたのでござるよ」

だから、あれだけ衝撃波を連発しても人がこなかったのか、と若生は納得した。

風馬は再び竹筒を若生に差し出した。

若生は口に含んで確かめてみてから飲んでみた。

毒の類ではなかったようだ。

むしろ、疲弊した若生の体はてき面に回復しているような気がする。

「追いかけるかい?」

「あれだけ痛めつければ、しばし大人しくするでござろう」

「消耗を補給するために人を襲わないか?」

「人よりも獣を襲おうとするもの。庭に縛られた犬など格好の獲物でござろうから」

「人と行き会えば、やはり襲うんじゃないか?」

「否定はいたさぬ」

「仲間に連絡してもいいかい?」

「随意になされよ。某も会ってみたいものでござる」

「喜ぶ吸血鬼がいるよ。この国古来の吸血鬼に会うため、はるばるドイツから来た人もいるからね」

若生は腰のベルトの革ケースから携帯を取り出した。

厚手の牛革のおかげで壊れてはいない。

画面を見ると、すでにメールが何件か着信していた。

確認した若生の表情が固まった。

メールのタイトルは『姉が逃げた』内容は『弥生を皆が手分けして探しています』というものだった。

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