戒田貴美香をスレイブにする若生
健司はバスの移動や現在のアジトの引き払い等の準備の為、戻って行った。
診察室には若生と貴美香が二人で残った。
「今は、あえてあなたのスレイブのことは聞かない」
口を開いたのは貴美香だった。
「俺のスレイブは3人いる」
「聞かないといったのに」
貴美香はくすりと笑った。
「昨日スレイブにしてしまったのは全くの事故だったんだ。そして翌日に君が俺のスレイブか、奇遇なもんだ」
若生は診察台に横たわっている貴美香の左腕に顔を寄せた。
すでに包帯は外されており、深手であったであろう肘の前の傷は塞がりかけていた。
若生は傷の無い肘の外側付近を自分の口に向けた。
「待ってください」
貴美香が言う。
「こちらから噛んで下さい」
貴美香は若生の首に回すように腕を向けた。
ひじ関節の外側ではなく内側を噛んでほしいということらしい。
「毎度血を吸う時はこのポジションになる訳か? 悪意を感じるような気がするが?」
「まさか、善意の塊ですよ」
「腕を伸ばしてくれないか?胸が当たるんだが・・・」
「善意ですから」
「・・・じゃあ、このままでいいんだな?」
「どうぞ、ごゆっくり」
若生は下腕の肉の厚い部分に牙を突き立てた。
そう言えば女に噛みつくのは初めてだった。
「ああ、変わっていく・・・血が・・・私が・・・」
ごく自然に貴美香は若生の首に回した腕の角度を縮めた。
若生はこのまま更に顎に力を加えたくなる衝動を抑え牙を抜いた。
「あ、あふうっ」
貴美香が腕に込める力をさらに強めた。
胸と頬を押し付けるなと若生は言いたかったが、傷跡から血を吸い続けているため抗議はできない。
(たしか、血が止まるまで吸い続けるのが作法だったな)
スレイブは吸血鬼ほどの治癒能力はなかったが数分で傷は塞がって出血も止まった。
「終わったよ」
もう完全に抱きついている状態の貴美香に若生は口を腕から離して言った。
貴美香は若生を見つめて自分の唇を押し付けようとするが、若生はその頭を押し返して防いだ。
「だめだ」
しかし貴美香は怒る風でもなく若生を悪戯っぽく見上げて、まだ血と唾液で湿っている自分の新しい傷跡をこれ見よがしに舌を伸ばして舐めとった。
「きっとお役に立ちますから、その時はチュウくらいしてくださいね」
軽く口をとがらせながら微笑む貴美香を見て、これは蓮夏より厄介な奴じゃないのかなと、些かの後悔を抱いた若生であった。
診察室を出ながら、このやり取りは聞かれているんだろうなと思うと若生は気が重くなった。
案の定、出たところで眉間に指を付けた七緒に不機嫌そうな顔を向けられた。
若生はすぐにでも外に出たかったが、自室に戻って下半身を着替えることにした。
男の吸血鬼は女の血を吸うと股間が勃起するのだ。
トランクスでは外から見れれるとハッキリ突き出しているのが分かってしまうため、サポーターパンツで上側に向けて固定する必要がある。
若生はズボンを履きなおして部屋の外に出て体の方が硬直してしまった。
この図は神社の狛犬というのだろうか?
十海七緒と戒田喜美香が玄関内側の両端で向かい合って無言で睨み合っているのだ。
「お出かけですか?」
沈黙を破ったのはわざとらしい笑みを作った貴美香だった。
「う、まあね」
若生はぎこちなく、曖昧に答える。
「お供いたします」
対面する七緒の顔が引きつった。
若生は貴美香がそんなことを言い出したら連れて行こうとは想定していた。
姉の弥生やシスターたちとは、まだ100%暴走の危険がなくなっていない貴美香を一緒にしない方がいいと思っていたのだ。
が、この七緒の反応は想定外だった。
「ああ、構わない」
若生は七緒を見ないように言った。
「若生君!」
若生の体をさらに硬直させてしまうような冷たい声だった。
「本庄家に陳情に行く時は一緒に来てもらうから」
「は、はい・・・」
「その時は余計なスレイブは不要だから」
七緒の本当に言いたいことが若生には分かった。
おそらく本庄奈津には孫の蓮夏がスレイブとなっていることが知れてしまっているのだろう。
若生はその件も含めて説明しなければならない。
奈津に若生をどうとりなすかは、この貴美香への態度次第だぞと七緒は暗にプレッシャーを掛けているのだ。
今俺は確実に女難の相が出てるだろうなと思う若生だった。




