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吸血塾2ブラッドサッカー  作者: クオン
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フィルの系譜スレイブの訪問

翌日、早朝、まだ空が白み始めた頃、考明塾は思わぬ者達の訪問を受ける。

ケンジというリタ・ギオレンティーノの眷属とリタの女スレイブだった。

迎えたのは十海七緒だ。

ケンジは女スレイブを肩で支えるというより、脇を釣り上げて引きずるように玄関を入ってきた。

「座れるところで話がしたいのだが。緋波若生を呼んでもらえるとありがたい」

ケンジは上ずったような声で言った。

緊張しているようだった。

「もう、下りてくるわ。診察室に来なさい」

七緒は診察室のドアの前でドアを開いて案内する。

ケンジは女を支えながら診察室に入った。

「彼女は診察台に寝かしなさい」

ケンジは診察台に座らせると、女は靴を脱いで横たわる。

コートがはだけて包帯を巻いた左腕が顕わになった。

包帯には血が滲んでいた。

若生とマルリックが診察室に入ってくる。

「悪い知らせがある。これはまだ確定事項ではないのだが。もう一つは緋波若生にお願いがあってここに来た」

ケンジが診察台の横の壁際で言った。

「聞こう」

マルリックが促した。

「私がベン・マルリックだ。フィルから聞いていよう。同席させてもらぞ」

「異議は無い。むしろ都合が良い。俺はリタ・ギオレンティーノの眷属、篠原健司だ。そこの娘は戒田貴美香。リタのスレイブだ」

戒田貴美香というスレイブとは若生とは二三度接点があった。

尾行に気づいて捕獲した時とコンビナートの一室に控えている時だったか。

「用は何?」

若生が手短に訊いた。



「主様が姿を消した。東京の眷属の所に行ったわけでもないようなんだ」

篠原健司は端的に要件を言った。

「珍しいことなのか?」

と、マルリック。

「我々から離れて単独行動すること自体はあの方にしてありえそうなんだが、ただ今回はスレイブを残して6日になる。もうこいつは出血し始める頃なんだ。そうまでする理由は一つしか思い当たらなくてな」

「近々若生を狙う算段をしているか?」

「出来れば直前に止めさせたいんだ。つまり、あんたに手出しさせないよう、近くにいさせてもらいたい。もう一つは――」

「この女か?」

「『若生のスレイブになりたい』と言い出してな」

「容認できんな。他のスレイブならともかく、こいつの主は若生を狙っているのだ。スレイブまで奪われたリタという眷族の襲撃理由が増えるだけではないか? それで貴様は掣肘出来るのか?」

「主様が若生殿を狙う理由が一つ二つ増えたところで俺のやることは変わらん。まあ最初に貴美香の話を聞いた時はよりにもよってと思って強引に俺のスレイブにしようとしたのだが、自分の腕を切り落とそうとする始末でな」

「この包帯は壊死の始まりじゃなくて自刃によるものだったのね」

七緒の言葉に女スレイブ戒田貴美香は薄く笑っていた。

「フィルのグルーピーに対する扱いは知っていたのか?」

マルリックがどちらに無く訊いた。

「グルーピーなどと一緒にするな!」

貴美香が始めて声を出した。

「私は始めてあなたに会った時から後悔していた。命を捨ててスレイブになるのなら例え脆弱でもあなたのような吸血鬼に噛まれれば良かったと思っていた。たまたまあなたがフィルに勝ったから、こんなことを言い出したのでは無い!」

「この国ではなんと言ったかな? フラグという奴か。大分前の回収だな」

マルリックが呆れたように若生を見ながら言った。

主のリタが見せしめに女の腕の噛み跡にテレパシーで痛みを与えていた時、若生がそれを防いだことがあった。

あの時から意識されていたということらしい。

「俺に噛まれると暴走する可能性がある。その時、処分は俺がすることになるけど、いいのか?」

「あなたの手にかかるのなら悔いは無い」

「条件がある。スレイブになったら出来るだけ早く眷族になる準備、つまり君のスレイブを探してくれ」

「努力はするが、難しいと思う」

貴美香はやや沈んだ声で言った。

「それでいい。これは暫定処置だということだと認識してくれればいい」

若生は貴美香を失望させるかなと思いつつもダメ押ししておいた。



「協力するにあたって、情報提供はしてもらわなければね」

七緒が健司に向き直って言った。

「判っている。主様の能力のことだな」

「知っているのなら素性もだ」

マルリックが質問を加える。

「主様は元はノマ、ジプシーだったと聞いている。ユーロ圏の移動民族なのだが、親の代からロード・フィルとは交流があったらしい」

「ほう、親もスレイブだったと?」

「流石に察しがいいな。あの方の母はスレイブ状態で主様を身ごもり出産したのだ。あの数々の特殊能力は字の如くその産物でスレイブになる前から行使していたらしい」

「能力は火と吸血鬼の索敵か?」

「元々火と風は魔法術式で行使していたようだが、眷属になってからは超能力的に使っている」

「その前後の違いはどこなのかしら?」

「つまり、スレイブであった時は魔術を使う際、前準備が必要だったが、眷属である現在は常時発動できるということだ。しかも火の場合は触媒の選択肢も相当広範囲に及んでいる。水や氷の中でも触媒があれば発火できる」



「鵜呑みに出来ない情報だね。わざわざスレイブを放置してまで別行動をしているということは新しい能力を得る当てがあるんだろう。俺の前に出てくる時には別物になっていると考えるべきだ」

若生は静かに言った。

「未知数能力に備えられるか?」

と、マルリック。

「リタが俺に勝てると思って来てくれるのなら良い。勝てないと思ったまま時が経過すれば別の策を練ってくるだろう。狙ってくるのは俺のスレイブという事だね?」

「…対吸血鬼の兵糧攻めは定番だからな」

健司が気まずそうに言う。

「リタという吸血鬼には捨てるものが無い、と考えないといけないのかな?」

と、若生。

「そうは思いたくはないのだが、特にあんたの立場ではそう考えるべきだろう」

「俺のスレイブの保護を最優先にしてくれるのなら、一緒に行動してくれても構わない」

「待ちなさい。この塾にはもう余った部屋はないのよ。二人も居候を増やすわけにはいかないわ」

家主の七緒が異議を唱えた。

「居候はその貴美香だけだ。俺と、俺のスレイブについては少し敷地の外観を変えてもらえれば問題は解決する。あんたも知ってる、あのバスが入れるように塀の一部を撤去してもらえればいい」

「悪くはない。いざという時、全員の移動手段に使える。玄関前をバスで塞げば簡易なバリケードにもなる」

と、マルリック。

「簡単に言ってくれるわ」

「七緒先生、俺と姉さん他2、3人を本庄家の本宅にかくまってもらえるように話をつけてもらえない?」

「刀自殿に? 説明が面倒ね」

「あそこに結界が張れるのなら、俺一人でスレイブ数人を守るのに都合がいい」

「まったく、あなたは何処でそんな戦術を仕込んでくるのかしらね?」

七緒はため息をつきながら続ける。

「塀の工事と刀自殿の話は同時で進めるわ。蓮夏にはあなたから伝えておきなさい。そろそろ切れるわよ。あの子」

「ぐっ」

久しぶりに若生は冷や汗というものを流した。



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