カケルの物語の行方〈 最終話 〉
ここは王宮の奥深くにある召喚の間。
床には大きな魔法陣が描かれている。
カケルが始めてこの世界にやって来たあの場所だ。
カケルたち日本から来た19人は、魔法陣が描かれた床の上に立っている。
王弟、いや、新しいこの国の王ジユージンが、魔法陣の外からカケルたちを見つめている。
虚ろな目をした王女が兵士に連れられ、召喚の間に姿を現した。
「国民には王女は死んだと発表しましたが、この後は北の離宮に入れて、反省を促します」
新国王ジユージンがカケルたちにそう告げた。
これは、王女を哀れんでの措置ではない。現在スキル『召喚』を持つ者は、この世界において王女ただ一人である。コダチに万が一のことがあった場合を考えて、新しいこの国の重臣たちは、王女を生かしておく選択をしたようだ。
この世界に残るカケルの幼なじみ、鶴木心立が、新国王ジユージンの隣で、聖剣を握りしめ仁王立ちしている。
「後のことは任せろ。私が責任を持って魔王を討伐してやる」
コダチは決意に満ちた表情で、カケルたち同級生19人に向かって別れの言葉をかけた。
カケルたちは大きな魔法陣の中で、コダチの言葉を受け止めた。
いよいよ、これからコダチを除く、カケルたち19人の高校生たちは日本に帰るのだ。
「じゃあ、みんなもう心残りはない?」
委員長が、クラスメイトたちの顔を見渡す。
昨夜、コダチやジユージン新国王たちとの別れは済ませている。
結局、未だ西の治安維持に努めるセイレーンとは会えなかったが……
「じゃあ、スキル『説教』を使うわよ」
そう言って王女を見た委員長は、少し哀しげな表情を見せた。
その感情を振り払うように、頭を二度、三度と揺らしたあと——
「王女よ、スキルを使って、私たちを日本に『送還』しなさい」
委員長が命じると、虚ろな目をした王女の両手が、カケルたち19人に向けられた。
すると——
カケルたちの足もとにある魔法陣の外縁から、白い光が浮かび上がってきた。
「委員長、これ、成功なのか?」
カケルが委員長に尋ねる。
「わからないけど…… たぶん成功だと思う」
委員長の言葉を聞いたカケルが、何を思ったのか——
魔法陣から飛び出した!
「ちょ、ちょっと早瀬君! 何やってるの!?」
委員長が驚きの声を上げるがもう遅い。
魔法陣からダッシュで飛び出したカケルの姿が忽然と消えた。
『疾風』と『隠蔽(本当は姑息)』が発動しているようだ。
「なに!?」
コダチが叫んだ。
コダチが手に持っていた聖剣が、突然消えたのだ。
その直後——
「うわっ!」
コダチが前にツンのめるように、魔法陣の中に転がり込んだ。
「カケルの仕業だな! お前、いったいなんのつもりだ!」
態勢を立て直し、急いで魔法陣から出ようとしたコダチが、今度は尻餅をついて倒れた。
透明化したカケルに押されたようだ。
「ゲエエエエ!!! 痛エエエエ!!! 肩を押すつもりだったのに、誤ってコダチの胸を押しちゃったよ…… わ、わざとじゃないからな!」
激痛に襲われながらも、なんとか走り続けるカケル。
「早瀬君、こんなときまで、いったい何やってんのよ……」
あきれ顔の委員長。
「カケル、お前いい加減に…… な、なんだ? 動けないぞ? い、委員長、どうなっているのだ?」
よく見ると、魔法陣から浮かび上がった白い光が、クラメイトたちの膝辺りまで立ち昇っていた。
膝の下が透明化している?
いや違う。どうやらコダチたちの膝から下は、もうこの世界に存在しないようだ。
「たぶん…… 足だけ日本に行っちゃってるんじゃないの? これはもう、どうやっても魔法陣からは出られないみたいね」
委員長が、そうつぶやくと——
「そ、そんな…… カケル! お前、やって良いことと悪いことの区別もつかないのか!」
コダチの声が召喚の間に響いたそのとき、カケルは走るのをやめ、透明化を解除した。
「ウッセエんだよ! お前ら半年もこの世界にいたんだろ! 俺はこの世界に来てまだ半月なんだ! 俺はまだ帰らないからな! コダチの代わりに、俺が魔王を討伐しといてやるよ!」
「ヘナチョコのお前に、魔王が倒せる訳ないだろ!」
「フフフ…… ハハハ…… アーーーハッハッハ!!! この聖剣さえあれば、俺だって魔王を倒すことぐらい出来るさ!!!」
「なんて姑息なことをするヤツだ! だいたいお前は昔から——」
「ああ、そうだよ。俺は昔から姑息なことが大好きなんだよ! 最後に一つ教えてやろう、俺のプライベートスキルの本当の名前をな。俺のスキルは『隠蔽』じゃない。本当の名前は『姑息』なんだよ! 俺はプライベートスキル『姑息』を使って、これから不意打やら待ち伏せやら、いろいろ姑息な手を使って、魔王を討伐してやるさ!」
そう言って、カケルはコダチからふんだくった聖剣を、高々と掲げ、そして叫んだ。
「俺の名前は早瀬走! この世界で勇者となる者だ!」
召喚の間にカケルの声が高々と響きわたる。
カケルは大きく息を吸い込み、そしてもう一度叫んだ!
「そして俺は、セイレーンさんを世界一愛する男だ! 言っとくけど、イヤラシイことなんて考えてないからな!」
自分で弁解するなよ……
カケルの言葉を聞いたクラスメイトたちは——
「まったく、カケルは本当に奇想天外だよ。それじゃあ、カケル、この世界で頑張るんだよ!」
と、蹴人が応援の言葉を贈り——
「チェ、カケルが残るんなら、アタシも残ればよかったな。まあいいや、また遊びに来るからな!」
いや、近所の家までちょっと遊びに行ってくる、みたいに言われても……
まあいい。舞もカケルに別れを告げ——
「カケル君、もうキョドル君に戻っちゃダメだよ!」
と、操からは操なりのエールが贈られ——
「あたしの名前はトテキじゃなくて、戸瀬木だからな! 忘れんなよ!」
いや、それは舞に言えよ……
「流石は俺の親友カケルだ! 最後までお前らしいバカっぷりだったよ! これからも、お前はバカなままでいろよな!」
と、親友ヒサシからは、バカを賞賛する励ましの言葉が添えられ——
「ここまでコダチにやられっぱなしだったけど、最後にスカッとしたぜ。ありがとうよ、カケル! 案外、お前みたいなヤツが、勇者に向いてるのかもしれネエな!」
と、ケンイチからも心のこもった言葉が届き——
他のクラスメイトからも、口々にカケルへの別れの言葉が伝えられた。
コダチだけは、イヤダイヤダと言って地団駄を踏んで…… いるのかな?
足が消えているのでよくわからない。
魔法陣から浮かび上がった白い光は、クラスで一番背が低い綾士きょうだいの口のあたりにまで達した。二人の声は、もうカケルには届かない。
白い光が委員長の首の辺りにまで達したとき、スポーツ科19人を代表するように、委員長こと、真締聖羅が、カケルに向け大きな声を放った。
「早瀬君! セイレーンさんと、幸せになりなさいよ!!!」
「ありがとう! みんな元気でな!!!」
カケルの言葉を聞いて、満足そうな表情を浮かべたクラスメイトたちと、悔しそうな顔をしたコダチの姿は……
ゆっくりと消えていった。
いやぁ、なんだかいい最終回だったよ。ふざけた話の割には、最後ちょっと感動しちゃったよ…… って、あれ? なんか変な声が聞こえるんだけど、どうしたんだ?
「な…… な…… な……」
声の発生源はジユージン新国王みたいだけど?
「なんてこと、やっちゃってくれたんですか!!!」
あ、新国王が怒った……
「カケル殿の卑怯なスキルで、魔王を倒せる訳ないでしょ! コダチ殿が勇者として残ってくれるっていうから、ワタシたち、大喜びしてたんですよ!!!」
「い、いや…… ほら、聖剣があれば、俺も魔王と戦えるかなって、思ったっていうか……」
笑顔を引きつらせながら、カケルが全力で言い訳しているが……
「とにかく! カケル殿を真の勇者と認めた訳ではありませんので、聖剣は返して下さい!!!」
「嫌だ! 俺はセイレーンさんと一緒に、魔王を倒すんだ!!!」
そう言うと、カケルは王宮の出口目指してダッシュした。
「ああっ! 待て、聖剣泥棒! あっ、また姿を隠したぞ。なんと姑息な……」
カケルは走った。
姑息にも、姿を隠したまま走った。
セイレーンはカケルに、これから自分の果たすべき役割を見つけて欲しいと言っていた。
でも、カケルは自分が果たすべき役割を、もう見つけていたのだ。
それはこの世界の平和のため、魔王と戦うという役割だった。
もちろん、セイレーンと一緒に。
でもそれって自分勝手にも、ほどがあると思うのだが……
「俺の新しい物語は、もう始まってるんだ。俺の物語のヒロインはセイレーンさん以外、ありえないんだよ!今度こそ、俺は物語のヒーローになってやるからな!待ってて下さいよ、セイレーンさん!!!」
そう叫んだカケルは、王宮を飛び出しガムシャラに走った。
もうこうなったら、自分の本懐を遂げてこい!
走れカケル。
西を目指して走れ。
セイレーンのもとまで走れ、カケル!
〈了〉




