惜別〜セイレーンの決意とカケルの涙〜
カケルを含めて全員揃ったスポーツ科の生徒20人とセイレーンは、西の国境地帯を後にした。
ケンイチの右腕と左足には包帯が巻かれている。
アニーの肩を借りながら、ケンイチはトボトボと歩いていた。
先ほどの卑劣な…… いや、壮絶な戦いの後、20人のクラスメイトたちは和解したのであった。
西の国境地帯からゴキンジョーの街へと引き返して来たカケルたちを待っていたのは、更に人数が膨れ上がった兵士たちであった。
周辺にいた帝国兵も王弟ジユージン公爵の噂を聞きつけ、この街までやって来たようだ。
肝心の公爵サマはというと……
「ちょっと! みなさんヒドイですよ! ワタシだけ置いていくなんてあんまりです!」
とてもお嘆きのご様子であった。
舞が、仲良しになった王弟ジユージン公爵に尋ねる。
「オーテー(王弟)がこの人たちのキャプテンになったんじゃないの? アタシはオーテーがここに残って、この人たちの面倒をみるんだと思ってたんだけど、違うの?」
「自分で言うのもなんですけど、ワタシ、威厳なんてまったく持ち合わせていませんから。すぐにワタシがヘナチョコだって、バレてしまいますよ」
「あのね、舞。オーテーさんはここには残れないのよ——」
委員長が説明を加える。
「——オーテーさんには王宮に行ってもらって、国王から王冠を受け取ってもらわないといけないから」
委員長がさらっと述べた衝撃のひと言に、
「え? ワタシ、国王になんてならないですよ?」
と、あくまでもお気楽公爵生活の続行を主張する公爵サマ。
「じゃあ、ここに残ってみんなのリーダーになりますか?」
「……とりあえず、王宮に戻ってから考えさせてもらっていいですか?」
「なによそれ。ホント、煮え切らない人ね」
委員長がため息混じりにつぶやいた。そして——
「ねえ、オーテーさん。あなたもわかっているでしょ? 王女はもちろんのこと、現国王だって、もう国民の信頼を失っているということを。王女の言いなりになって、戦争なんか始めようとしたのだから当然よね」
「な、ならば、王子たちが王位を継げばいいのです!」
「……あなた、私が知らないとでも思っているの? 王女のお兄さんたちは、みんな行方知れずなんでしょ?」
そう。爺こと、ウサンクセーゾのじいさんが、王子派の重臣たちを権力の座から引きずり降ろしたとき、身の危険を感じた王子たちは、どこかへ身を隠したのだ。
噂では、ウサンクセーゾが暗殺したとも言われているが、真相は闇の中だ。
「現国王のきょうだい、子どもの中で、生存が確認できるのはあなた一人だけじゃない。今、この国の混乱を収められるのは、誠に遺憾ながらあなたしかいないのよ?」
誠に遺憾な表情で、そう語る委員長。
そのとき——
「私がここに残ります」
聖女セイレーンの口から言葉が溢れた。
それを聞いたカケルが——
「ほら、セイレーンさんが気を使ってるだろ! 公爵のおっさん、やっぱりあんたが残れよ! 王冠は俺が代わりに預かっといてやるからさ。セイレーンさんは俺たちと一緒に日本に行くんだからな!」
カケルはとても憤慨しているが……
「カケル様、待って下さい。私はここに残りたいのです」
「え? でも俺たち、もう直ぐ日本に帰ることになると思いますよ。あっ、そうか。別に2回に分けて日本に帰ってもいいよな。じゃあ、俺たちは2回目の転移で日本に行きましょう」
「カケル様、私、先ほど嘘をつきました。みなさんと一緒に日本に行くというのは嘘です」
「え? それはどういうことで……」
「だって、そうでも言わないと、カケル様が日本に帰らないと言うんですもの」
「いえ、俺はセイレーンさんと一緒なら、どこへでも——」
「それ以上、言わないで下さい!」
セイレーンがカケルの言葉を遮った。そして——
「私はこの世界の人間です。確かに帝国の出身ではありませんが、それでも私にとって、この世界の人々はみんな大切なのです。カケル様にも日本に大切な方々がおられるのではないのですか?」
「俺には、セイレーンさんより大切な人なんていません!!!」
「カケル様…… どうか私の話を聞いて下さい」
カケルの言葉を受け止めたセイレーンは、穏やかに語り出した。
「私たちは、勇者様方を帝国の魔の手からお救いするという、大きな目的を果たしましたね。王女の野望を打ち砕くという目的も、成し遂げたと言って良いと思います。大変なこともありましたが、カケル様と共に歩んだ道のりは、私にとってかけがえのないものになりました。でも…… カケル様と私で共に紡いできた物語は、どうやらここで終わりを迎えるようです。これからは、別々の物語が始まるみたいです。カケル様、どうかあなたはこれからも、あなたの物語の主人公でいて下さい。カケル様がこれから始める物語を、いつの日か笑顔で拝見出来ることを、私は願っています」
「…………そんな」
「私はこの世界で私の役割を果たします。カケル様には、勇者様方を日本に連れて帰るという役割が、まだ残っているのではありませんか? そのあとは…… どうかカケル様が果たすべき役割を、日本に帰って見つけて欲しいのです。今はまだその役割がどんなものなのか、よくわからないかも知れません。でも日本に戻られれば、きっといつか見つかるはずですよ」
そう言ってカケルに背を向けたセイレーンは、一歩、また一歩とカケルの元から離れて行く。
そして——
兵士たちが待つ大井戸へ向けて、歩みを進めて行った。
セイレーンの後ろ姿が揺れている。きっと泣いているのだろう。
カケルの背後には、これまでずっと二人の様子を見つめていた、王弟ジユージン公爵の姿があった。
「まったく…… いい話を聞かせてもらいましたよ。若者たちがこれほど心が張り裂けそうな思いをしているというのに…… おっさんのワタシが逃げる訳にはいきませんね。では、ワタシも自分の役割を果たすことにしましょうか」
そう言うと、王弟殿下は広場に設けられた演説台へと進んだ。
「皆の者、よく聞け! これよりワタシは王宮に戻り、この国を絶望へと導いた罪人たちに制裁を加える! その間、兵士諸君は水の聖女セイレーン殿をワタシの名代と心得、忠義を尽くせ! 我が兄より王冠を譲り受け、再びワタシは皆とまみえようぞ!!!」
広場に集った帝国兵から、今までで一番大きな歓声が上がった。
王弟殿下の言葉に応えるように、兵士たちの集団の中に身を置いていたセイレーンが、大きな声を張り上げた。
「さあ、ここより南の地で紛争が起こっています。南の地の治安を取り戻すため、これより出発しましょう!」
次の進軍先を定めたセイレーンは、将軍や士官たちに伴われ、大将旗の元へと進んで行く。
そのとき、セイレーンは一度だけ振り返った。
涙で滲む瞳をぎゅっと閉じ、再び開いた瞳をカケルに向けた。
強い意志を感じさせる瞳だ。
セイレーンはカケルに向けて、なにか叫んだ。
しかし、兵士たちが放つ歓声にかき消せれ、その声はカケルに届くことはなかった。
それっきり、セイレーンが後ろを振り向くことは一度もなかった……
カケルは生まれて初めて、恋をする喜びを知った。
そして、生まれて初めて、恋を失う哀しさを知った。
男子たちはロクでもない話をしてカケルを慰め、女子たちは悪態をつきながらカケルを励ました。
クラスメイトみんなに共通していたこと。
それは、みんな瞳が潤んでいたことだ。
カケルは泣いた。
声を上げて泣いた。
涙が枯れるほど泣いた。
そして…… 友だちがいて良かったと思った。
今、こうして自分の周りに友だちがいてくれるのは、すべてセイレーンのおかげだ。
セイレーンが友だちを救おうと言ってくれたから、今があるのだ。
この世界に来て、本当に良かったと思った。
セイレーンに心からの感謝を送りたい。
カケルはそう思って、また泣いた。




