アバヨ!
綾士きょうだいの双子の兄、通称アニーが突然泣き出した。
「うわわわーーーん!!! みんなゴメンよ! 転移する前の日の放課後に、僕が魔法陣を教室に書いたんだ! オカ研で流行ってたんだよ! 消そうと思ったんだけど、下校時間になっちゃって消せなかったんだ! 教室の後ろの方だから、目立たないしいいやと思ったんだ!この世界に転移するとき、魔方陣が光るのを僕は見たんだ! みんなをこの世界に連れて来てしまったのは僕なんだ!!! 」
そう言って、アニーは泣き崩れた。
アニーの話を聞いた蹴人が口を開く。
「よくわかったよ。ありがとうアニー、本当のことを教えてくれて。いいかい、アニー? 王女のスキル『召喚』っていうのは、実は魔法陣から魔法陣へ人を移動させるスキルなんだ。だからアニーの書いた魔方陣が入口になっちゃったみたいだね。でも、入口は出口にもなり得るだろ? 今度は王宮にあった魔方陣を入口にすれば、きっと日本に帰れるよ」
「でも、もう絶対誰かが教室の魔法陣を消してるよ! 僕たちがこの世界に来て、半年も経ってるんだよ? 残ってるはずがないよ!」
「カケルの話だと、日本とこの世界では時間の流れ方が違うそうなんだ」
「でもカケルの話じゃ……」
「おい、アニー! お前もかよ! お前らきょうだい、どうでもいいとこだけ似てるんだな! いいか、よく聞けよ! 俺はお前らが転移して6時間後にこの世界に来たんだよ。でもこの世界では6ヶ月経ってたんだ。ちなみに、俺はこの世界に来て、まだ半月ほどしか経っていないんだ」
「じゃあ、まだ魔法陣は残っているってこと?」
すがるような目で、カケルを見つめるアニー。
「ああ、日本じゃ警察が学校を封鎖してたから、多分警察以外、誰も俺たちの教室に近づいてないはずだ。警察が消すわけないしな」
カケルの言葉を受け、蹴人が更に補足する。
「あとは王女を捕らえて、スキル『召喚』を発動させるだけだよ。大丈夫、王女にスキルを使わせる方法はあるんだ」
そう、委員長のスキル『説教』を使えばいいのだ。
「俺も帰りたいぞ! ハーレムの件は謝るからさ!」
「ハーレムのことは悪かったよ。ちょっと調子に乗っただけだよ!」
「男なら誰でも一度ぐらい夢を見ていいじゃないか! なあ、俺も日本に連れて行ってくれよ!」
男子たちから、哀れな声が聞きえてきた。
「うむ、よくわかるぞ。正確には真の恋愛というものを知らなかった、昔の俺ならよくわかったと言うべきかな。真の愛を手に入れたこの俺が、お前たちの罪を許そうじゃないか。フッ、ハーレムに憧れるなど、まだまだ本当の愛を知らぬが故の過ちというところか」
と、なにやら大人の階段を登ったような口ぶりで、よくわからないことをカケルが口走ると——
「そ、そんなバカな……」
「ま、まさかお前……」
「彼女が出来たのか!!!」
驚愕の表情を浮かべる男子たち。
男子たちの発言を聞いたコダチが、ヤレヤレといった表情で——
「安心しろ。カケルが勝手に脳内でキモチワルイ妄想をしているだけだ」
「コダチ、お前というヤツは——」
「だよな。おかしいと思ったんだ」
「カケルがモテる訳ないよな」
「やっぱりお前は、俺たちのリーダーだ」
「ち、ちょっと待てよ、俺は——」
「まあまあ、カケル。恋愛の話は後でゆっくりしなよ」
困り顔の蹴人が口をはさんだ。
だが、このとき、
「アタシは帰らないからネ!」
という、イモトーの声が聞こえた。
「どうして?」
という蹴人の言葉に対して、
「日本だとジミ女のアタシは全然モテないんだヨ! だからアタシは、この世界で一発逆転を狙うんだヨ!」
と、男子たち顔負けの欲望を炸裂させた。
イモトーの言葉を聞いた蹴人がつぶやく。
「あの…… 僕、結構いろんな男子から恋愛相談を受けるんだけど…… アニ研の男子が、イモトーのこと、結構いいなって言ってたよ?」
「アンタたちィィィ!!! なにグズグズしてんのヨ!!! 今すぐ日本に帰るわヨォォォーーー!!!」
せめて相手の名前ぐらい確認しろよ……
でもまあ、これで一件落着かな。
「ハーレムの件は、後で女子たちにちゃんと釈明するとして…… それじゃあ、みんなで王宮に戻ろうか」
蹴人がそう言うと——
「お前たちの言いたいことはそれだけか?」
これまで黙って話を聞いていた剣道部のケンイチが、このとき初めて口を開いた。そして——
「俺は帰らネエぜ?」
ケンイチの言葉を聞いたコダチがひと言。
「あっそう。じゃあ私たちはこれで」
「テメー! 社交辞令でもいいから、一緒に帰りたげなひと言とか言えネエのかよ! 俺はテメーのそういうとこが嫌いなんだよ!!!」
「まったく同感だ。あっ、いや、まったく遺憾だ」
本音の言葉を無理やり訂正するカケル。
「俺は王女様から聖剣をもらったんだ。だから俺が真の勇者なんだ。この世界で俺は成り上がるんだよ! 今まで帝国のために戦おうとか、しょーもネエこと思ってたけど、これでスッキリしたぜ。ありがとうよ、カケル!」
清々しい表情で雄叫びをあげたケンイチ。しかしコダチは——
「聞き捨てならないな。真の勇者は私だ。私がちゃんと品行方正に魔王を討伐するんだ。だから聖剣は私に渡して、お前はサッサと日本に帰れ」
「ハン! 俺はこの世界で王になるんだ。帝国のために、ニッシーノ国の王になろうと思ってたんだけど、洗脳が解けたおかげで、今では帝国も支配下に置いてやろうと思ってるよ。そんでもって、俺は自分の王国を作って——」
「ハーレムを作るんだろ?」
コダチがツッコんだ。
「ちげえよ! 平和な世界を築くんだよ! テメー、ちゃちゃ入れんじゃネエよ! それから、人の話は最後まで聞けよ! 」
……気のせいだろうか。なんとなく、ケンイチが憐れに見えてきた。
「言っておくが、俺も帰らないからな。俺はこの世界でセイレーンさんと幸せに暮らすんだ」
カケルがそう言うと、
「え? 私、みなさんと一緒に日本へ行こうと思っているんですけど。じゃあ、カケル様とはここでお別れですね」
と、隣にいたセイレーンから、まさかの一撃をいただいた。
「さあ、みんなで一緒に、日本へ帰ろうじゃないか!!!」
と、何事もなかったように、元気よくカケルは叫んだ。
やっぱりカケルは調子のいい男だった。
ここで、イライラした表情で話を聞いていたケンイチが、再び口を開いた。
「ああもう、茶番はここまでだ! 俺はこれからひとりでニッシーノ国に行って、ひと暴れしてやるさ。ここからが俺のサクセスストーリーの始まりだ! じゃあ、みんな元気でな! アバヨ!」
ケンイチの言葉を聞いたコダチが心底不思議そうな顔をしている。そして——
「おい剛田。アイツ今、『アバヨ』って言ったのか? 私は噂で、別れ際に『アバヨ』と言う絶滅危惧種がいるという話は聞いていたが…… まさか実際に自分の目で見ることになるとは」
「そう言ってやるな、コダチ。ケンイチは今、一生懸命カッコつけようとしてるんだろう。暖かく見守ってやろうじゃないか」
「お前は青少年の健全育成を見守る、地域の指導員さんかよ! 今のは、なんとなく…… そう、なんとなく言ってみただけだよ! お前らのそういうとこ、ホント、嫌いだよ!!!」
ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしたケンイチであった。




