ヒサシ、心の叫び
男子たちの背後にある大岩に隠れていた、セイレーン、蹴人、コダチ、剛田が姿を現し、カケルの元へと歩みを進めた。
舞たち他のメンバーは、まだ大岩の後ろに隠れたままだ。
「まったくカケルは…… 勝手に透明化をやめちゃうんだから」
あきれ顔の蹴人がつぶやいた。
8人の男子とイモトーこと綾士妹が、一気に警戒の色を強めた。
「おい、お前ら落ち着けよ。ところで、温泉味のスープは美味かったか? 実は——」
カケルがヒサシたちに語りかけようとしたところ……
「ああっ、あれはお前の仕業か!?」
ヒサシが驚きの声を上げると、他の男子たちもそれに続いて……
「ど、毒を混ぜたのかよ!?」
「お前、それイタズラの範囲を超えてるぞ!?」
「俺、前からお前は、友達を裏切る姑息なヤツだと思ってたんだ!」
男子たちが、次々と非難の声を上げる。
「ウッセエな! 毒じゃねえよ! 俺はお前らのためにやったんだよ! お前らは帝国に洗脳されてたんだ。お前たちのスープに入れたのは、洗脳を解除するクスリみたいなもんだよ。どうだ、もう帝国のために働こうなんて思わないだろ?」
「あれ? なんで俺たちは帝国のために働いてたんだっけ?」
「そりゃ…… なんでだろう?」
「……俺たち洗脳されてたのか?」
さあ、ここからだ。コイツらは、ハーレムを作ってやるって言われてノコノコここまでやって来た連中だ。今までとは訳が違うぞ。
気合を入れ直したカケルが口を開く。
「ここの兵士はみんな逃げ出したようだな。そりゃそうだろうよ。だって、他国と戦争するどころか、今や帝国内が大混乱だからな。もうわかってんだろ? 王女はもうダメだ。ハーレムなんて作ってもらえないぜ」
カケルの言葉を、暗い顔をして聞いている男子たち。しかし——
「アンタたち、騙されるんじゃないわヨ! カケルの言うことなんて、信じられる訳ないでショ!」
ここで初めて、綾士きょうだい妹、通称イモトーが口を開いた。
「残念ながら、本当なんだよ」
カケルの隣にいる蹴人がそう言うと……
「……どうやら本当らしいわネ」
「おい、イモトー! お前、ふざけたこと言ってんじゃねえよ!」
「相変わらず、カケルはおもしれえな」
ヒサシが笑いながらそう言うと、カケルの側にいたコダチが、ヒサシに言葉を向けた。
「おい、ヒサシ。私たちは寛容だ。ハーレムにつられてノコノコここまでやって来た、ゴミのようなお前たちでも許してやるさ」
「……コダチ、お前はもう喋るな」
ボソりとつぶやいたカケル。
「な、なにがゴミだよ! 男なら誰だって、ハーレム作ってやるって言われたら、ヨッシャーって思うだろ? なあ、そうだろ! お、おい、カケル! なんで俺と目を合わせないんだよ!」
「…………俺にもいろいろあるんだよ。俺は今、セイレーンさんへの愛を貫く、聖戦士なのさ」
要は、セイレーンに嫌われるぐらいなら、友だちを裏切ってしまえ、といったところだろう。
カケルは本当に姑息だ。
「お前ってヤツは…… まったくもって変わらねえな。なんだか嬉しいぜ」
しかし、ヒサシはカケルのよき理解者だったようだ。
でも、本当にそれでいいのか、ヒサシ?
カケルとのおかしな旧交を温めた後、ヒサシは自分の心の内を曝け出すように、大声で語り始めた。
「ああもう、正直に言うと、ハーレムとか言われて、ちょっと浮かれて騒いでたのは確かだよ! でもそんな話、本気にはしてなったよ! チクショウ、なんで俺たち男子は、ケンイチの『剣士』以外、みんなハズレスキルばっかりなんだよ。女子ばっかりいいスキルもらいやがって。女子たちは調子に乗って、いつもエラそうなことばっかり言いやがるし。だから女子とは別行動したかっただけだよ。そんでもって…… ハーレムとかじゃなくても、ちょっとカワイイ子を紹介してもらえたらそれでいいかなって言うか…… それぐらいの気持ちだったんだよ!!!」
ヒサシの話を聞いたコダチが——
「フッ、まあ、ゴミはゴミなりに、いろいろ考えていたようだが、所詮はケンイチのイソギンチャクらしい発想だな」
コダチの発言を聞いたカケルが——
「おい、コダチ! それ、イソギンチャクじゃなくて、腰巾着だよ! ああもう、お前、今すぐ北の砦に帰れよ! この、悪口の宝石箱め! お前は全男子の敵だ、バーーーカ!!!」
カケルの心の奥底から、コダチに対する偽りのない感情が、言葉として溢れ出た瞬間であった。
ただし、カケルがコダチに向ける悪口は、『バカ』か『ブス』の二つしか持ち合わせていない。
どうやらカケルは、悪口の宝石箱を持っていないようだ。
というか、カケルもコダチも、もっと国語の勉強頑張れよ……
カケルの心情など御構い無し、といった様子で、イモトーが再び声を荒げて叫んだ。
「ゴミってなんだヨ! そう言うお前たちの方がゴミじゃないカ! アタシとアニキのこと、おじいちゃんが理事長だからウチの高校に裏口入学させてもらえたんだって、いつも言ってたじゃないカ!」
「いや、それ事実だから」
アニーがあっさり疑惑を肯定した。
「え? 事実なのカ?」
「事実だよ。それからその話は恥ずかしいからもうやめろよ」
「悔しくないのかヨ!」
「悔しくないよ、事実だから。スポーツ科に入学したけど、僕たち運動苦手じゃないか」
「え、そうなのカ?」
「気づいてなかったのか…… 学力的に普通科に入るのが難しい僕たちに、おじいちゃんが裏で手を回してくれたんだよ。しかも運動まで苦手な僕たちのために、おじいちゃんがカバディ部まで新設してくれたじゃないか」
「おい、カバディをバカにすんなヨ!」
「してないよ。むしろ賞賛を送りたいよ。やってみたらすっごくハードだったし、競技人口が5000人もいたんだよ。カバディ部がある高校だってあったんだよ。このままじゃ、絶対練習試合とかやらなきゃいならないと思って、かなり焦ったものだよ……」
それほど運動が苦手だったとは……
「だから僕は、カバディ部は廃部にして、競技人口2000人と言われているセパタクロー部を作ったんだから。これで試合をしなくて済む可能性がぐっと高まったんだ」
「そ、そうだったのカ……」
そんな事情があったとは……
後ろの岩陰に隠れている委員長が、ボソッとひと言。
「薙刀は競技人口6万人って言われてるんだからね」
……なに張り合ってんだか。
「ほら、こんな僕たちきょうだいでも、スポーツ科のみんなは優しく接してくれたじゃないか。もう、みんなに迷惑をかけるようなことを言うのはやめよう」
「迷惑なんかかけてないヨ!」
「かけてるさ! 僕が…… 僕がかけたんだ!!!」
そう言うと、アニーが突然泣き出した。




