幕間 王女と宰相のじいさん⑦
ここは王宮にある爺こと、宰相のじいさん——最近本名が発覚——の部屋。
じいさんが覚悟を決めた表情でなにやら作業を進めている。
ついに謀反でも起こす気になったのだろうか?
じいさんは力強く自分のローブを手に取り——
そして、他の衣類と一緒に、いそいそと旅行カバンに詰めていった。
なんだよ、 逃げるのかよ……
どうやらじいさんは、王宮からバックれる覚悟を決めたようだ。
「失礼します」
そう言って、じいさんの部屋に入って来たのは——
「おお、フクシーンか。もうすぐ荷物の準備は出来るぞ。それで、馬の準備は出来たのか?」
「はい。ただ——」
フクシーンと呼ばれた男は、じいさんに質問の言葉を向ける。
「——本当に、王宮から逃げ出すのですか?」
「フン! もう何度も言ったであろう、この国はもう終わりじゃと。経済は破綻し、地方貴族たちには見放され、国を正す賢臣もおらん。最近では市民の暴動まで起こる始末じゃ。それに北では我が盟友ワルダークミ伯爵も勇者たちとの戦に敗れ、なんと反省文を書かされたというではないか。なんという屈辱! それから、王弟ジユージン公爵も、勇者どもの手に落ちたとのこと。もはやこの国に未来などない。私が落ち着き先を見つけたら、いずれお前も——」
じいさんが急に話すのをやめた。
フクシーンの背後から現れた人物を目にしたからだ。その人物とは——
「あら爺、大きなカバンなんて用意して、どこかへご旅行にでも行くのですか?」
「ひ、姫様! なぜここに!?」
王女サマ登場のようだ。
「あら? 隣の街へ視察に行った私がなぜここにいるか、とても不思議だという顔をしているわね。いいわ、フクシーン、教えてやりなさい」
「聡明なる未来の女王陛下は、クルセーゾフ卿の謀反にお気づきであられたからです」
そう言うとフクシーンは、じいさんことウルサンドル・クルセーゾフ卿に、冷たい視線を向けた。
「ひ、姫様、私は謀反など企んではおりません! 私はその…… 少し視察に出かけようと……」
「フクシーン、事実ですか?」
「いいえ。クルセーゾフ卿は王宮から逃亡するつもりでした」
「フクシーン、キサマ裏切ったな!」
「なにを言われますか。私は未来の女王陛下の家臣。陛下に忠誠を誓うのは当たり前のことです」
「ひ、姫様! この爺めは姫様の——」
「お黙りなさい!!! おかしいとは思っていたのです。このところ入ってくる情報は、みんなおもしろくないものばかり。どうして、こう、おもしろくないことばかり起こるのか、わたくし、やっとわかりましたの!」
「そ、それは姫様が公布された命令があまりにも的外れで——」
「黙れって言ってんだよ、このクソジジイ!!! テメーは、このおもしろくない状況を作ったのがアタシだって言うのかよ!!! テメーが裏切って、あの変態たちに情報を流してたんだな!? 今から王宮を出て、あの変態と一緒になって謀反を起こすつもりだろう!? アタシはすべてお見通しなんだよ!!!」
王女サマは…… もはや気品や礼節まで失ってしまったようだ……
じいさんも、もう口を開こうとはしない。
「陛下、この裏切り者を、いかが致しましょうか?」
「フン! とりあえず、王宮内の牢獄にでも、放りこんでおきなさい。そうそう、せっかく旅行の準備をしていたようだから、そのカバンを持って行ってやるといいわ。せいぜい牢の中で、有意義なバカンスを過ごすことね、アハハハハハ!!!」
そう言うと、王女サマはサッサとじいさんの部屋から出て行った。
王女サマと入れ替わるようにして部屋に入って来たのは近衛兵だった。
近衛兵に拘束されたじいさんは、王宮内の牢獄へと連れて行かれるようだ。
「フクシーン、このままではいずれ、お前も同じ目に合うぞ……」
そう言い残して、じいさんは自分の部屋から出て行った。
♢♢♢♢♢♢
所変わって、ここは王女の部屋。
「フクシーン。爺はもう牢獄へ入りましたか?」
「はい。《《陛下》》のご命令通りに」
「まったく…… どいつもこいつも、わたくしの心がわからぬ者ばかりで、あきれますわ」
「おっしゃる通りでございます」
「それにしても、市民まで暴動を起こすなんて…… ニッシーノ国との開戦を宣言してときには、あんなにわたくしのことを讃えていたくせに!」
「おっしゃる通りでございます」
「……あなた、『おっしゃる通りでございます』しか言えないの?」
「おっしゃる…… い、いえ、滅相もありません」
「まあいいわ。あなたはわたくしに命じられたことだけ、やればいいのだから」
「仰せのままに」
「それにしても忌々しい愚民どもめ…… フクシーン、各地の貴族に伝えなさい。言うことを聞かない愚民どもに、しっかりと王家の力を見せつけてやりなさいと。力でねじ伏せるのです!」
「仰せのままに」
「それから、ニッシーノ国との戦争をすぐに始めましょう。占領とか統治とか、もうどうでもいいわ。勇者どもを使って、戦争に勝てばそれで良いのよ。開戦を宣言したとき、愚民どもは歓喜したんだから。やはり王室の威信を示すには、戦争が一番ね。さあ、戦争に勝って、再び帝国中に歓喜の声を響かせましょう!!!」
もう王女には戦争に勝利して、一発逆転を狙うしかないようだ。
恭しく王女の部屋から退出したフクシーンがひとりつぶやく。
「いくら戦争に勝っても、もう市民は王女を讃えたりしないさ。市民はとっくに王女を見放してるんだから。国中で広がっている市民の暴動を抑えることなんて、もはや誰にも出来ないんだよ。俺も出来るだけ甘い汁を吸いまくって、サッサとここからトンズラしないとな。あのじいさんの二の舞はごめんだよ」
王女はこれまで、国の蓄えを失い、有能な家臣を失い、健全な経済基盤を失い、地方領主の信頼を失い、この国の頭脳を失った。
そしてついに、市民からの信頼まで失った、いや、自ら投げ捨てたのだ。
もう、王女に未来などありはしない。
王女サマ、ザマァ! ……と言いたいところだが——
帝国の人々にとって、とても危険な状況になってきた……




