公爵はちょっと面白い人のようだ
王弟ジユージン公爵を捕縛して、無事、砦に帰り着いたカケルたち。
敵本陣から鐘を打ち鳴らす音が鳴り響いた。
「これは敵が撤退する合図だ」
カケルたちと共に戦っている、この砦の最高指揮官ガンコロジン将軍が、そう皆に伝えた。
「勝鬨を上げようではないか。蹴人殿、よろしく頼む!」
将軍にそう言われた蹴人であったが……
「僕はそういうのは苦手なんで、ここはカケルにお願いしよう」
「ヨッシャアアア!!! 俺に任せろおおお!!! うおおおーーー!!!」
まだ興奮冷めやらぬカケルが、大声で勝鬨を上げた。
「うおおおーーー!!!」
舞も叫んだ。
「うおおおーーー!!!」
砦の兵士も叫んだ。
「うおおおーーー!!!」
えっと…… この人は誰だ?
「なんで、ジユージン公爵がしれっと混ざって、勝鬨を上げているんですか?」
蹴人が冷静に、公爵にツッコんだ。
「あれ? バレちゃいました?」
どうやら公爵は、ちょっと面白い人のようだ。
公爵といろいろお話するのは後にすることとなり——
「本当に、ワシらは追撃しなくてもいいのかのう?」
ガンコロジン将軍が、今回の勝利の立役者である蹴人に問いかけた。
「はい。今回の戦いの目的は、あくまでワルダークミ伯爵の野望を打ち砕くことです。敵兵を殺すことではありません」
蹴人はキッパリと言い切った。
「では、事前の話し合い通り、勇者殿たちはもう行かれるのか?」
という将軍の問いに、
「はい。我々はこっそりワルダークミ伯爵のお宅に先回りして、みんなと約束した『お仕置き』をするつもりです」
と、いたずらっぽく笑った蹴人であった。
「ではみなさん、お元気で!」
砦の兵士が叫ぶ。
「私はまたここに帰ってくるぞ!」
コダチが兵士に叫び返す。
「俺たちのこと、忘れないで下さいね!」
砦の兵士がまた叫ぶ。
「ああ! でも私はまた帰ってくるぞ!」
コダチがまた兵士に叫び返す。
「お世話になりました! お元気で!」
「だから、私は帰ってくると言ってるだろ!!! それに、お前、ジユージン公爵ではないか! 私はお前になんのお世話もしてないぞ!」
「あっ、そう言えばそうですね」
「公爵さん、また何しれっと混ざってるんですか…… さあ、公爵さんも一緒に行きますよ?」
あきれ顔の蹴人がジユージン公爵にそう告げると、
「えええ!!! なぜ、私が一緒に?」
と、驚きの声を上げる公爵。
「ここにいたら、貴族たちがあなたを奪え返しに来るでしょ?」
「ととと、とんでもない。ワタシが誰に捕まったとしても、アイツらが助けに来るはずありませんよ! なんなら、断言してもいいですよ?」
「いや…… もうちょっと威厳とか持ちましょうよ……」
蹴人のあきれ顔は、一層深まった。
今、砦の兵士たちから、カケルたち日本から来た転生者11名とセイレーンに対して、『スキル防御の指輪』が贈られているところだ。
ささやかなお礼だと、兵士たちは言っている。
ありがたく受け取ったカケルたちは、早速、指輪を装着した。
これから舞のスキル『飛翔』で発現させた透明ボードを使用することにしているが、人数が増えたため、どうしても誰かが舞の近くに座らないといけない。
舞のプライベートスキル『芸人』対策として、『スキル防御の指輪』は、今や必須アイテムとなったのだ。
「では、みなさん、ありがとうございました。さようなら!」
みんなを代表して、委員長が砦の兵士たちに別れの挨拶を告げた。
透明ボードが宙に舞い、南の空へ向かって進んで行く。
剛田や遠投3人娘は涙を流していた。
彼女たちは約1ヶ月の間、ここにいる兵士たちと寝食を共にしたのだ。
彼女たちはコダチとは違い、もうここへ戻るつもりはない。
「お前らのことは忘れないぞ!」
剛田が泣きながら手を振った。
「今までありがとう!」
「お世話になりました!」
「あたしたちのこと、忘れないでね!」
遠投3人娘も大粒の涙をこぼしている。
他のクラスメイトたちも、もらい泣きしていた。
カケルも、うっすら目に涙を浮かべている。
透明ボードの上にいるみんなの悲しみが、最高潮に達したそのとき——
「ウキャキャキャキャ!!! は、腹が痛い…… アハハハハハハ!!!」
……ジユージン公爵が爆笑した。
カケルたち一同の、冷たい視線が公爵に向けられる。
「い、いえ、違うのです! 別に、あなた方を見て笑っているのではなく、なぜか突然笑いが…… ウヒョヒョヒョヒョ!!! 無理! もう無理! これ以上喋るの絶対無理ィィィ!!! ウハハハハハ——」
先ほど公爵は怖いからと言って、透明ボードの中央に寄って行ったのだ。
中央には舞が座っている。
公爵に『スキル防御の指輪』を渡すの、忘れてたみたいだな……
♢♢♢♢♢
疲れ果てた様子で、自分の館へ戻った来たワルダークミ伯爵。
しかし、使用人が誰も玄関まで迎えに来ない。
「まったく…… 負け戦の情報に怯えて、どこかへ逃げたのか……」
そう言いながら、玄関口のドアを開けたところ……
「やあ、伯爵。さっきぶりだね。あんまり帰りが遅いものだから、先に始めてるよ」
と言って、ワイングラスを掲げるジユージン公爵サマ。
「なぜ、あなたが勝ち誇った態度でいるのか、さっぱりわかりません……」
今日何度めになるか、もうよくわからないが、とにかく蹴人があきれた顔をして、ジユージン公爵にツッコんだ。
「いや、なんか『お前のウラをかいてやったぜ』みたいなこと、一度はやってみたいじゃないですか」
「あなたもウラをかかれたうちの一人なんですけど……」
「おっしゃる通りです。静かにしておきます」
やっぱり公爵サマは面白い人のようだ。
カケルたちも、室内で豪華なソファーに座りくつろいでいた。
厨房から勝手に持ち出した、肉やら魚やらを勝手に食べている。
食後はみんなで、室内ドッチボール大会——調度品や絵画の破壊とも言う——や、室内リフォーム大作戦——壁や家具の破壊とも言う——、室内ロデオ競技会——牛や馬に乗って大暴れ——など、ありとあらゆる嫌がらせ、もとい、みんなの団結を強めるためのイベントを催し、大いに盛り上がった。
その後、室内キャンプファイヤー大会を始めたところで、
『お願いですから、もう帰って下さい。今後は絶対悪いことはしませんから』
という言葉をワルダークミ伯爵から引き出せたので、400字詰原稿用紙10枚分の反省文を書くことを条件に、伯爵を許すことにした。
♢♢♢♢♢♢
翌日、ワルダークミ伯爵館から、少し離れた場所にあるジユージン公爵の屋敷を訪れたカケルたち。
「うおおおーーー!!! ドラゴンだ! 本物のドラゴンだ!!!」
カケルの興奮、天井知らず。
「やめて下さいいいーーー!!! ドラゴンだけは…… ドラゴンだけは勘弁して下さい!!! ドラゴンの肉が美味しいなんて、あれはどこかのバカが勝手に妄想して吹聴しているだけです!!!」
自分が所有するドラゴンを手放してなるものかとばかり、ジユージン公爵が涙ながらにそう訴えるが——
「へえー。ドラゴンの肉って美味しいんだ」
ヨダレを垂らして、ドラゴンを見つめる舞。
「し、しまった! ワタシとしたことが! 食いしん坊舞殿のまえで、なんという失態を!」
公爵は舞と仲良しになっていたようだ。
「何か誤解されているようですね。僕たちは、別にあなたからドラゴンを奪おうなんて、思ってませんよ?」
ニッコリ笑顔で、蹴人が公爵にそう伝えたのだが……
ジユージン公爵の話では、王宮を出て公爵として独り立ちしたとき、一切の持参金を要求しない代わり、このドラゴンだけをもらってきたらしい。
よほど、このドラゴンがお気に入りのようだ。
「このドラゴンで、我々を西の国境まで送って欲しいんですよ」
蹴人は笑顔で公爵にお願いした。
ドラゴンの背に飛行船を載せると、とても速く、そして大量の人数を運ぶことが出来るそうだ。
「でも…… このドラゴンは、私の言うことしか聞きませんので……」
恐る恐る、ジユージン公爵がそう言うと、
「知ってますよ。この辺りでは有名な話ですね」
と、やはり笑顔で蹴人が応える。
「いやぁーご存知でしたか。ならば仕方ない。ワタシとしては、是非、勇者殿たちに協力したかったのですが、いやはや、本当に残念です」
「何を言っているんですか。あなたが御者を務めるんですよ?」
そう、蹴人は知っていたのだ。この男がドラゴン使いであることを。
どうやら蹴人は、初めからこのドラゴンを使うつもりで、公爵を捕縛したようだ。
「え? あの…… 最近引いたおみくじには、遠方への旅行は控えるべしと書いてあったもので……」
「……あなたは信心深いんですね」
「はい、それはもう」
二人の会話を聞いていた舞がひと言。
「なら、このドラゴン食べちゃおうよ!」
「喜んで、皆様を西の国境までお送り致します!」
やっぱり公爵サマは、面白い人で間違いないようだ。
こうして、カケルたち一行は、公爵が御するドラゴンに乗り、一気に西の国境へと進むことになった。
「まったく…… 舞殿なら本当に食べかねませんからね…… 困った食いしん坊です」
知らない間に、公爵サマと舞は、とても気心の知れた仲になっていたようだ。




