本当に、決戦のとき来たれり! 中編
敵兵は、蹴人のスキル『罠猟』で作った落とし穴ゾーンに入って来たようだ。
蹴人は後ろを振り向き、
「でも安心していいんだよ? そんなに深くは掘ってないからね」
という言葉を発した。
カケルと蹴人の後には、育栄が椅子に腰掛けている。
育栄は昨日から今朝にかけて、雑草の海の整備・点検に走りまわっていたため、現在休息をとっている。
育栄の仕事はここまでで、これ以降の戦闘については、仲間たちに任せることになっていた。
ひょっとして、自分が作った天然の障壁のせいで死者が出るのではないか。
そんな心配をしていた育栄に対して、蹴人は声をかけたのだ。
蹴人は気遣いの達人なのだ。
「罠に恐れをなして帰ってくれれば、別にそれでもいいんだけど…… やっぱり帰ってくれないようだね」
「多少の犠牲は覚悟の上で、数の力で押してくるようだな」
カケルはそう言った直後、
「おっと、犠牲って言っても、死んでるわじゃないからな。穴に落ちた兵士を助け出すのが面倒だから、放ったらかしにして進軍を続けてるだけだから」
後ろにいる育栄に向かって解説した。
カケルも少しは成長しているようだ。
「まったく…… 部下に優しくない上司なんて、僕は嫌いだね」
蹴人にはまだまだ余裕があるようだ。
両翼に布陣している混成軍の動きに目を移すと、先ほどと変わらず、積極的に軍を進める気配は見受けられない。
ひょっとして、右翼、左翼両軍に、変にヤル気があった場合を想定して、こちらも砦を守る兵士たちの両端に、遠投3人娘を配置していたのだが……
このままいけば、どうやら3人娘の出番はなさそうだ。
蹴人が投擲用の武器として選んだのは、殺傷能力のない聖道具だった。
これは、破裂すると足がベトベトして歩けなくなる不思議なボールで、舞はこれをスライムボールと呼んでいた。
蹴人が自宅から運び出した箱の中には、こういったお役立ち聖道具が、たくさん入っていたのだ。
さて、再び視点を敵中央軍に戻そう。
「さあ、そろそろ敵が『道』に気づいたようだね」
蹴人は敵中央軍の進路に、砦まで真っ直ぐ伸びる5本の『道』を用意していた。
罠を設置せずに、砦まで一直線に進める『道』——と言っても表面は雑草で覆われているが——を、あえて用意していたのだ。
その『道』に群がる敵兵たち。
ここから見ると、まるでストローに吸われたジュースのごとく、敵兵が一直線に丘の上へと吸い上げられているように見える。
「さあ、カケル。そろそろ出番だよ」
そう言った蹴人に向かって、
「わかった。蹴人、農山さん、それじゃあ俺、行ってくるよ!」
と力強く答え、階下へと駆け出したカケルに、
「待ってカケル! ちゃんとイヤリングは付けてるかい?」
と、確認の言葉を送る蹴人。
「ああ! メチャクチャ恥ずかしいけど、ちゃんと付けてるよ! まったく、イヤリングを付けるだなんて、俺の黒歴史確定だよ!」
そう言って笑うカケルに、農山育栄が——
「大丈夫よ! なんというか、それなりに、まあまあ、よく見ると、似合わないこともなくはないわよ!」
「ありがとう、農山さん! 俺、この作戦が終わったら、もう二度とイヤリングなんて付けないことにするよ!」
微妙な笑顔を残し、カケルの姿は階下へと消えた。
このイヤリングが何なのか。
それはこの後、明らかになるだろう。
蹴人は砦から身を乗り出し、砦の下で待機している操とセイレーンに準備の合図を送った。
操とセイレーンを守るように、彼女らの前面に布陣していた兵士たちが、サッと左右に移動した。
操とセイレーンの目の前には、雑草の海が広がるのみ。
カケルも、砦から降りて所定の位置についた。
♢♢♢♢♢
蹴人の用意した5本の『道』を通って、敵兵たちが砦目指して駆け上がってくる。
それはまるで、蹴人が5本ストローで敵兵たちを吸い上げているかのように見えた。
そして——
真ん中の一本を残して、他の4本の『道』から悲鳴が上がった。
「はい残念。当たりは真ん中の1本だけでした。他の4本のストローは途中で折れているって訳さ。おっと、僕としたことが、ちょっと調子に乗っちゃったかな」
蹴人はそう言って、後ろにいる育栄に、幾分か気まずい表情を見せた。
砦まで一直線に伸びていると思っていた5本の『道』。
実は、そのうちの4本の『道』の先には、蹴人が仕掛けた罠が張り巡らされていたのだ。
いや、これはもう罠なんていうレベルではない。
敵兵の前面は全て、足をつければ穴が生じる仕掛けになっている。
物理的に、絶対前に進めない仕掛けになっていたのだ。
「せっかくここまで来たのに申し訳ないんだけど。だって、1本だけ道を作ったら、罠だと思われるかなって思ったんだ」
育栄に言葉向ける蹴人。
「別に、そんなに私に対して気を使ってくれなくてもいいのよ? 私だって、みんなの勝利を願ってるんだから」
蹴人の発言に、少し申し訳なさそうな顔をして応える育栄。
「そうかい。なんだか逆に気を使わせちゃったかな?」
そう言って、蹴人は育栄に微笑みかけた。そして——
「よし! じゃあ、真ん中の1本の『道』に向けて、攻撃を仕掛けようか!」
いよいよ攻撃開始だ。
蹴人が操に向けて、攻撃開始の合図を送った。
操がスキル『水操』を使って、真ん中の『道』に向けて水を放った。
——ドドドドド!!!
水の流れは勢いよく、真ん中の『道』を丘の裾野めがけて下って行く。
操の横には大きなため池が広がっており、そこからどんどん裾野へと向かい、水が流れ出て行く。
このため池は、蹴人のスキルで複数の穴を掘った後、剛田のスキル『怪力』で各穴を繋げて作ったものだ。
ため池の横では、聖女サマがスキル『水成』を使って、せっせとため池の中に水を補充していた。
操のスキル『水操』は、水を操るだけで水自体を生み出すことは出来ない。
だが、聖女サマのおかげで、水は使い放題という訳だ。
最初、聖女サマがこの攻撃を担当すると申し出たのだが、頼むからやめてくれと、みんなに止められた。
聖女サマの『水成』は威力が強すぎる。死人が出ては困るのだ。
蹴人が用意した『道』の横幅は5m。
操は幅5m程の水の流れを、丘の下まできっちりコントロールして敵本陣近くまで流し続けなければならない。
波の高さは約0.5m。敵兵が溺れない配慮も必要だ。
やはりこういう細やかな仕事は、冷静沈着な操が向いている。
というより、ポンコツ聖女サマには絶対に向いていないと、みんな心の中で思っていたはずだ。
『道』にいた兵士たちは、ある者は左右に弾き跳ばされ、またある者は水の流れに足を取られ、遥か後方まで流される。
雑草は約三分の一ほどなぎ倒された。本当はすべての雑草をなぎ倒したかったのだが、それは仕方ない。
不完全だが、砦の上から見ると、本当の道が出来ているように見えた。
「さあ、そろそろ俺たちの出番だ!」
力強く、カケルが声を上げた。
いよいよ我らがカケルの見せ場がやってきたようだ。
カケルの右隣にはコダチが、左隣には剛田が控えている。
「それじゃあ、準備に入るぞ」
そう言って、カケルは二人の手を握る。
「ふっ、カケルと手を繋ぐなんて、幼稚園以来かな」
「な、なんだよコダチ、急に変なこと言いやがって」
「相変わらず、お前の手はベトっとして気持ちが悪い」
「よ、幼稚園児のころは、もっとサラっとしてたはすだ!」
「おい、お前らいい加減にしろ。カケル、蹴人からの合図を聞き逃すんじゃないぞ」
剛田がカケルとコダチに鋭い目を向けた。
『カケル、そろそろ行くよ』
カケルが右耳につけているイヤリング——蹴人が自宅から持ってきた聖道具『通信のイヤリング』——から、蹴人の声がカケルの耳に届いた。
——操がスキル『水操』で放った水の流れが、もうすぐ敵本陣まで届く。
『オン・ユア・マーク』
蹴人の声がカケルの耳に響いた。
——水流が敵本陣に到達。
『セット』
——砦から敵本陣まで、誰もいない1本の『道』が完成した。
『ゴーーー!!!』
カケル、コダチ、剛田の3人が、敵本陣目掛けて駆け出した!




