本当に、決戦のとき来たれり! 前編
ここは小高い丘の上に建つ歴史ある砦。通称キタノ砦。
砦の北には大峡谷が横たわり、その向こうには魔王が支配する世界が広がっている。
この砦は、北から帝国を脅かす魔王軍と戦うために設けられた。
しかし、今——
この砦をかすめ取ろうと画策する野心に満ちた帝国の貴族たちが、砦の南から虎視眈々とその機会をうかがっている。
カケルと蹴人は砦の最上階から、南から迫り来る大軍を眺めていた。
丘の麓には、ジユージン公爵を総大将とする地方貴族連合軍およそ3千が、攻撃開始の合図を待っている。
ジユージン公爵とは現国王の弟で、カケルたちを召喚したあの王女にとっては、叔父に当たる人物である。
この砦の総指揮官ガンコロジン将軍によると、ジユージン公爵は野心などまったく持ち合わせない、人畜無害な人物であるという。
おそらく、この砦の支配を目論むワルダークミ伯爵に担がれているだけなのであろう。
実質的な司令官は、ワルダークミ伯爵であると考えて間違いない。
ジユージン公爵を旗頭とする貴族連合軍は、中央軍、左翼軍、右翼軍からなる3つの集団で構成されていた。
左・右翼軍は、近隣の中小貴族の連合軍で構成されており、中央軍の前衛にワルダークミ伯爵軍が布陣。ジユージン公爵は中央軍の後方あたりに控えていた。
軍の配置については、一昨日捕縛したアヤシゲナーから聞き出した情報通りだ。
「じゃあ、お客様をお迎えすることにしようか」
カケルの隣で敵軍を見つめている蹴人が、そう言って笑った。
蹴人には自信があるようだ。
♢♢♢♢♢
話は少し遡る。
これは昨日、砦内の会議室でカケルたち日本から来た勇者全員と、砦を守る将軍や上官クラスの兵士たちが作戦会議を開いていたときの話だ。
まず、今回の作戦の指揮をとる蹴人が口を開いた。
「この砦がある丘の南には、平原が広がっている。北には峡谷が広がっているため、北から敵が侵入することはない。だから、この丘の南側を取り囲むように、半円形の陣を敷くのさ」
「ハンエンケイ?」
舞がポカーンとした顔をしている。
「丸を半分に切った形だよ」
と言った蹴人の言葉に、
「丸を切るなんて、まるっきりわかんないよ」
と言って、ちょっと得意げな顔をする舞。
「舞、今はふざけたらダメ。半円形っていうのは…… お饅頭を横から見た形だと思えばいいと思うの」
「なるほど! おい蹴人、お前もミサちゃんみたいに、わかりやすく説明しろよな!」
「ああ、操は本当に説明が上手だね」
蹴人は大人の対応が出来る男だった。
「砦の北側、つまり砦の背後には峡谷が東西にはしってるから、背水の陣ならぬ背谷の陣? になるけどいいの?」
委員長がそう尋ねると、
「問題ないよ。僕たちが後ろに逃げることなんてないんだから」
と、強気の発言をする蹴人。
「なんてったって、僕らには自然の城壁があるんだから」
そう言って、蹴人は会議室の窓から身を乗り出し、外の景色へと目をやった。
砦を取り囲むように、丘の南側には高さ2mほどの雑草が生い茂っている。
別に、特殊な草や木が植えられているのではない。
これは、農山育栄のスキル『農耕』の力で、そこら辺に生えている雑草を、高さ2mにまで成長させたものだ。
「農山さん、本当にお疲れ様! おかげでスッゲエ天然の障壁が出来たよ!」
ここまでカッコいいところを全部蹴人に取られていたカケルが、今こそ発言の好機! とばかりに口を開いたのだが……
育栄は疲れて眠っていた。
カケルの言葉は虚しく会議室に響いただけだった。
カケル、ちょっとカッコわるい。
それはさておき。
この草の海のような天然の障壁は、丘の裾野に向かって約1kmほど続いている。
丘の頂上目指して進軍してくるであろう敵の兵士たちは、目の前に広がるこのバケモノのように背が高い雑草をかき分けながら、前に進んで行かねばならない。
敵兵の目に入るのは高さ2mを超える雑草のみ。どこかに砦側の兵士が隠れていてもさっぱりわからない。
敵ながら、ちょっと気の毒になってくる。
さて、その後も蹴人から細々とした作戦が伝えられたのだが、ここでは割愛することにしよう。
それは見てのお楽しみってヤツだ。
♢♢♢♢♢
さて、そろそろ敵軍が攻め込んで来る頃合だろう。
砦の最上階で敵軍を見つめるカケルと蹴人の目にも、緊張の色合いが見えてきた。
育栄が作った天然の障壁と、今、カケルと蹴人が敵を展望している砦の間には約25m程のスペースが設けられている。
ここに、ガンコロジン将軍率いる砦の将兵約100人が布陣していた。
カケルたちの同級生やセイレーンも、将軍たちと共に配置についている。
その一方で、飲食物補給大将軍の大役を拝命した舞は、透明ボードの上に委員長を伴い、そわそわした様子で兵士たちの頭上を飛び回っている。
透明ボードはあまり高く飛べないため、敵弓兵の格好の的になってしまう。
そのため今回、舞はお留守番なのだ。
食料配給大将軍…… あれ、違ったか? まあいい、そのナントカ将軍というのは単なる名目で、そそっかしい舞が変なことをしないよう、砦にある食料や水を兵士たちの元に配る役割を与えたのだ。
お目付役に委員長までつけてるし……
そわそわしている舞は別にして、砦を囲むようにして布陣している砦の兵たちは、実に堂々としている。
流石は帝国内で最も危険なこの砦に自ら志願した強者たちだ。
しかし、もし敵兵に雑草の海を突破され、将軍率いる砦の兵士たちの元まで到達されれば、この戦いは負けだと蹴人は言っていた。
それまでに、蹴人は勝負をつけるつもりのようだ。
将軍や兵士たちの出番がないことを祈ろう。
♢♢♢♢♢
敵兵3千を眼下に見下ろすカケルと蹴人の耳に、太鼓を打ち鳴らす大きな音が聞こえてきた。
どうやら敵の進軍が始まるようだ。
「ここからだと、敵の様子がよく見えるな。ほら、敵サンったら、ビクビクしながら雑草の海の中飛び込んで行きやがった!」
ハイテンションのカケルが、双眼鏡っぽい聖道具を使って敵の様子を観察しながら、大声で叫んだ。
もちろん、この聖道具も蹴人が自宅から持ってきたものだ。
「ああ、そうだね。でもカケル、あんまり浮かれてちゃ困るよ。カケルには大事な仕事があるんだからね」
「ああ、わかってるよ」
敵は事前の情報通り、中央軍、右翼軍、左翼軍の3軍に分かれて、同時に行軍を開始した。
中央軍の後方に公爵の旗がなびいている。やはりあそこに敵本陣があるようだ。
右翼、左翼の軍を見ると、これも事前の情報通り、公爵に無理やり従わされている中小の貴族たちが配置されているのが旗から見て取れる。
「ほら、両翼の軍は雑草の海の中に入ると、これ幸いと言った感じで、進軍の速度を緩めて来たね」
「そうだよな。仕方ないよな。だって視界が悪くて前になかなか進めないんだから。ぷぷっ、まったく、蹴人の読み通りだぜ」
近隣の中小貴族たちは、中央からの命令に従い仕方なく兵を出しているらしい。
ましてや、総大将が現国王の弟ともなれば、出兵を断るわけにはいかない。
ちなみに、中央からの命令というのは……
あの勘違い王女が出した、『貴族総動員令』というものであった。
『全ての地方貴族は、変態転移者に協力する勇者から国を守れ』という、地方領主たちにとって、とても迷惑な命令だった。
チッ、王女のヤツ、余計なことしてくれて。
まあ、この状況を上手く利用した、ワルダークミ伯爵が一枚上手だったとも言えるが。
話を戻そう。
行軍している現場の指揮官たちには、周囲の雑草が邪魔をして、友軍の様子などまったく見えないはずだ。
無理やり連れて来られた近隣の中小貴族たちは、これぞ神の恩恵とばかりに、進軍の速度を落とした。手伝い戦で自分の兵を失いたくないのだろう。
「ほら、中央軍だけ突出し始めた。ホント、ここからだと敵の動きがよく見えるね」
蹴人はどこまでも冷静だ。
しばらくして、中央軍が雑草の海の三分の一あたりにまで達したとき——
「うわっ!」
「おい! 先頭の兵士たちはどこに消えたんだ!」
「穴です! 大きな穴に落ちたんです」
草の海の中から、敵兵の叫び声が聞こえてきた。
「さあ、いよいよ僕がスキル『罠猟』で作った落とし穴ゾーンに入って来たようだね」




